都 優美穂視点 ロードポイント2ー3
都 優美穂②
「……アニメとか好きなんだ?」
テーブルに置かれた漫画本、次いで棚にゾロゾロと並んだアニメのブルーレイボックスを眺めながらミーくんがボソリと呟く。
「そ、そ、そっスね。好きっス」
……もう少し掃除しておけばよかった。
いやでも、買い出しにコンビニに行ったらずっと話し掛けたかった人がいて、話せて、お礼を言うことができて……そのまま、お持ち帰りしてしまうなんて思わないではないか。
そういえば、ここに……というか、自分の部屋に男の子を招いたのは初めてだ。
いや……うんと子供の頃はあったかもしれないが、少なくとも異性カウントはしてなかった。
こんな時間に、異性の男の子をお持ち帰りするなんて、もしかして私は結構大胆なことをしてしまったんじゃないだろうか?
今更、緊張してくる。
いや、でも大丈夫だ。ミーくんはベロベロの私をベッドまで運んだ上で、何もしなかった程の聖人なのだから。
……私に、しようと思わせるだけの魅力がなかっただけかもしれないが。
何せゲボと涙と鼻水でグッチャグチャの顔を見せたのだ。
……あぁ、なんとお見苦しいものを……!
「ふうん」
なんて、私が頭を抱えていると、ミーくんが返事をする。
字面を見ると、全く興味のなさそうな風に見えてしまうが、ミーくんは意外と興味があるのか、さっきまでより弾んだ声を出した。
……もしかして、興味あるのかな?
「あ、アレっスよ。ウチ、小さい時アメリカに住んでたっスけど、向こうじゃ日本のアニメーションてすごい人気なんスよ」
何だか日本人の抱く『オタク』のイメージを持たれたくなくて、私は思わずそんなことを口走ってしまった。
「へぇ、そうなんだ」
「そっス。ミーくんは好きなアニメとか……ないっスか?」
「んーと、アレだな。今でも金曜の映画番組とかで、たまにやってる……」
「何スか!?」
自分でも声が跳ねたのが分かる。思わずご主人様が帰ってきた時の犬のように、目を輝かせて至近距離まで詰めてしまった。ミーくんが引いてるのが分かる。
「あの、アレ……女の子が空から降ってきて……城が、空飛ぶヤツ」
「ラ●ュ●っスね!!」
でも私は止まれない。嬉しさで胸が弾けてしまいそうだった。もし私に尻尾があったら乱舞していることだろう。
「ああ、それ。小学生の時、遠足の帰りのバスで観て面白かった」
「ミーくんラ●ュ●好きかぁ。いいっスねぇ♪」
嬉しかった。小躍りしたい程に嬉しかった。
ミーくんとアニメの話ができたことも。
『面白かった』と言った時にミーくんが少し笑ってくれたことも。
そして何より、彼がアニメを好きと言った自分を、穿った目で見ないでくれたこと、偏った目をして距離を取るような人じゃなかったことが。
「何だっけ? 主人公とヒロインが、手を繋いで呪文を唱えるヤツ。しばらくクラスで流行ったんだよな」
「『バ●ス』っス!」
「『バ●スッス』……?」
「ち、違うっス!『バ●ス』っス! ミャー! この『ス』はそーゆー『ス』じゃなくって!」
「な、何言ってんの……?」
ミーくんが、若干アホを見るような視線を送ってくる。
私のこの喋りは、ミーくんと話す時専用なのだ。
あの夜、私を助けてくれた人と再会し、話し掛けてお礼を言う。
私はずっと、その日が来る時のことを考えていた。それがミーくんだと知る前から。
そして知った後も、ずっと一人でその時のことをイメージし、練習していた。
色んなパターンを練習した。お淑やかなお嬢様風、無感情な不思議ちゃん。本当に色々なパターンを。
その
――うへへへ……このままマウントポジションへ移行っス~……そこからは三択っスよ~……
――ミャー! か、返し技持ちのキャラだったっス~!
自分が、限りなくアホなことを言って、彼にしがみついたことを。
顔から火が出るんじゃないかってくらいの、いや、全身燃え尽きてしまうんじゃないかってくらいの恥ずかしさに襲われた。
だが、同時に光明も差した。
もうアレだけ恥ずかしいアプローチをしているのだ。怖いものなんかないではないか。
「こんにちはっス橘くん……都っス」
ぽつりと呟き、手応えを感じた。このキャラなら逃げ腰にならずにグイグイいけそうだと。
決めた。コレでいこう。
そんな私の決意の賜物か、私は見事、彼にお礼を言うことができ、さらには友達になることを果たし、仕舞いには彼の助けになるという願いまで叶った。
だが、一つ問題がある。
ミーくんが私に助けを求めた時、その要望を口にした時、私は即座に『はい』と答えた。
正直、どんな要望だろうが応じようと思っていた。本気でだ。
彼は私に泊めて欲しいと言った。私はそれに即座に応じた。だから結果として、二つ返事でミーくんを連れ込んだ形になってしまった。
ミーくんが軽薄な男でないのは分かっている。問題は、ミーくんが私をホイホイと男子をお持ち帰りするような……ビッチだと思っていないかどうかだ。
「あの……もしよかったら、シャワー……使わせてもらっていい、かな?」
ぴゃああああああああ!!
……心臓が口から飛び出るかと思った。
馬鹿、落ち着け優美穂! さっき私は、自らシャワーはまだか? と彼に問うたではないか。
ならばコレは当然の展開ではないか。落ち着け。
「も、勿論っス。バスルームはあっち――あいったぁあああ! 足の小指をテーブルの脚にぃい!」
私は全然落ち着いていなかった。おもっくそ足の小指を
「あうううう~~」
涙目で
「大丈夫っス……あの、廊下出て右側のドアっス……」
「わ、分かった……大丈夫?」
「へ、へーきっス……ここは任せて……行って下さいっス……」
「わ、分かった。お借りします」
そう言ってミーくんが出ていく。
その瞬間、私は思い出した――
「あ」
――脱衣所に下着を干してあることを!
「待っ――」
遅かった。ミーくんが脱衣所のドアを開けて……数秒固まってからドアを閉める音が聞こえた。
……死にたい。
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