都 優美穂視点 ロードポイント0

都 優美穂①


 ウチこと……あ、違う。こういう場では……ごほん。


 私ことみやこ 優美穂ゆみほは、いわゆる転勤族というヤツでした。


 おと……父は単身赴任や海外出張を頻繁に繰り返し、それに付き合う形で、私と母は幾度も引っ越しを繰り返しました。


 普通既婚で、子持ちの社員は、そういった対象からは外れるものなんじゃないかと思うでしょう? 実際父も断ろうと思えば断れたはずです。


 でも、父は断らなかった。そしてあまりに優秀過ぎたのです。


 ……正直父から武勇伝というか、自慢話として聞いただけなので、多少盛っている可能性は否めませんが、現地に三人査察、指導官を送り込んで、三年間現地の社員を教育するより、父一人を送り込んで二年間監督をさせた方が効果があったんだそうで。


 そんなワケで、父はあらゆる現場から引く手数多の引っ張りダコ状態になり、暮らしは裕福ではあったが……私は、この歳になるまで四度引っ越しを経験した。


 父は数カ月などの短い期間で、私と母を二人だけ残して単身家を空けることもしょっちゅうだった。


 母はよく浮気をしなかったものだ、と正直思ってしまう。それだけ父を愛しているんだそうだが、私にはイマイチ理解できない感情だった。


 当然、私が父に良い印象を持っているワケがない。


 何せ幼稚園、小学校、中学、高校とそれぞれの人生のターニングポイントに引っ越しを余儀なくさせられたのだから。


 とにかく友達ができなかった。できても進学の度にリセットだ。


 正直、テレビ電話も、メールで写真を送る習慣もなかった時代は、父の顔も、僅かな時間関わった友人達の顔も覚えていなかった。


 都家の親から娘への愛情は、私の部屋を物で埋め尽くすことで示されるのだ、と当たり前のようにそう思っていた。


 一度、私が父への不満を漏らした時、母は私をいつもより強くたしなめた。


 少し驚きだったが、母の『お父さんは他の人にはない力を持っている勇者で、困っている色んな人達を助けようと、世界中を飛び回っているんだよ』という言葉を聞いて、当時RPGにハマっていた私は納得してしまった。


 しかし、しかしである。


 さすがにゲームのように、街に帰って話し掛ければ『パパ、魔王をやっつけて世界を平和にしてね!』なんてことを言うNPCのようにはなれなかった。


 だが、自分が勇者の娘なのかと、少し誇らしい気持ちにもなってしまった私は、決して父を好きだとは思わないが、とりあえず嫌うのはやめておこうと思ったのだった。


 問題は、久し振りに会ったとしても、何を話していいか分からないことだ。


 これで父の方も私との距離感が分からず、何を話していいか分からない状態だったなら、私達親子の間には、修復不可能な溝ができてしまっていただろう。


 だが、そうはならなかった。


 何故かというと、父は空港や駅で迎えにきた私と母を見ると、必ず号泣しながら私達を抱き締めるのだ。


 ただいま、会いたかった、帰って来たぞ……と、何度も、何度も繰り返すのだ。バリアなど張っても一瞬で破壊されてしまう。


 私は、どんなに気持ちを斜に構えていようが、この父の嗚咽混じりのただいまを聞くと、泣いてしまう。


 結局、どんなに不満を募らせようが、重たいほどの愛を、これでもかと浴びせられるので、若干うざいながらも、我が家の家族仲は概ね良好だ。


 しかしだ……話を戻します。


 しかしです……先述した理由によって……私には友達がいない!


 この歳になって『お父さんのせいで友達できなかったんだから、責任取って友達連れてきてよ!』なんて頭のおかしいことを言うワケにもいきません。


 そりゃあ今まで全くいなかったワケじゃないです。幼稚園の時はみんな仲良く遊びましょう、と和気藹々わきあいあいとやっていました。その歳だと、みんなと仲良くすることに疑問を持たないし、先生達が自然とそういう流れを作るから。


 問題は小学生の時だ。私は父について行ってしまったせいで、アメリカのジュニアスクールに入る羽目になった。


 当然、言葉が分からない!


 当然、孤立する!


 勿論向こうのクラスメイト達は話し掛けてくれるのだが、いかんせんコミュニケーションが取れないので、意思の疎通が成り立たない。


 少しでも日常会話を覚えようと頑張った。


 そして、一人の男の子に話し掛けた。


「日本からきた。友達になって」


 拙い英語で私がそう話しかけると、彼は喜色満面でジャパニメーションイズワンダホーとか騒ぎだした。


 そう、彼は日本のアニメとゲームが大好きだったのだ。アニメとゲームを一緒に観たり、やったりすることで私は自分の居場所を作ることができたのだ。


 いや、彼が作ってくれた。ウィットに富んだ人気者であった彼は、男女を問わず、友達の輪を広げ、そこに私を連れていってくれた。


 そして帰国した私は日本の中学校に入り……そして、絶望した。


 アニメを見てたり、ゲームをやってたりする女子がいない! 


 こっちではアニメやゲームは基本男子の領分だった。


 そしてその男子達は……何ていうか、あまり褒められた性質をしていない人達ばかりだったのである。


 アメリカとはとんでもない違いだ。


 向こうのオタクは爽やかで『アニメ最高!』と声高に叫び、同好の士とハイタッチしちゃうようなテンションだったのだが、こっちのヤツらは教室の陰でコソコソと、非合法のいけないブツを楽しむかのような何か陰気な感じだし。


 しかし、もっと厄介だったのは同姓であるはずの女子だった。


 彼女らに至っては、話が理解できなかった。自分が日本語を忘れてしまったのかと思うくらいだった。


 話題もJ-POPやらジャ●ーズやら何代目何チャラだとかで意味が分からない……!




「ねえ、ウチもアニメ好きなんだ。どんなの見てるの?」


 ……私は多少抵抗はあったものの、まだ理解出来る趣味を持っている、男子に話し掛けてみることにした。


 最初は向こうはテンパリまくっていたが、私がディープなアニメ、ゲームマニアだと分かるとあっという間に心を開いてくれた。


 やはりこれでいいんだ。見た目や、外向的か内向的かなんて、大した問題じゃない、仲良くなり方は日本もアメリカも変わらないんだ。


 私達はドンドン打ち解けて、軽口も叩けるようになった。


「髪が長くて重たいから鬱陶しく見えるんだよ。切ってきたら?」


 と私が言ったら、翌週には友達の男の子のほとんどが実際に散髪してくるなんてこともあった。


 ……これがきっかけだろう。私は女子からビッチ扱いされてしまった。


 そんなつもりはなかったのに、私のやり方が間違っていたのを裏付けるかのように、男子から告白されるようになった。


「キミのこと、そんな風に考えられないから付き合えない。でも……ウチ、友達いないから、疎遠にならないで」


 戸惑いながらも、縋るようにそんな返答をした私は、あっという間にオタサーの姫認定されてしまった。


 その時、男子が話している時に、私の胸ばかり見ていることに気づいて、そういう対象として見られていたことにショックを受けた。


 女子のハマる物や、好む物に一切興味や共感を抱かず、男子に異性として見られることに嫌悪する。


 正直、前に親が冗談交じりに言っていたけど、私は……心が男なんじゃないだろうか? と落ち込んだ。


 自分で自分が嫌になった。目の前が真っ暗になった。


『…ゆうじんなきあとの ちゅうがくせいかつは やみに つつまれて しまうであろう…。ざんねん!! わたしの せいしゅんは これで おわってしまった!!』


 と頭の中に、えらい昔のゲームのゲームオーバー画面のテキストを流したところで、現実は変わらず、私は孤立したまま、中学三年の夏に引っ越すまで孤独に過ごした。


 たまに男子と話すと、少しは盛り上がるのだが、どうしても異性と見られてしまうのが怖くて線を引いてしまう。


 そして女子から嫌がらせを受ける。


 それをたまに、女子に人気の先生や、男子が咎めてくれるんだけど……結局その後、その人のいないところで、嫉妬分を上乗せして、またいじめられるだけなので勘弁して欲しかった。


 ずっと一緒にいて守ってくれるのでないなら、一時いっときの自己満足の為に私を使わないで欲しかった。


 私はいつの間にか、学校では嘘の笑みを顔に張り付け、校舎から出た瞬間、それを外し無表情になる癖がついていた。


 学校では極力目立たないようにし、放課後は家でゲームや漫画に興じるか、ゲーセンで格闘ゲームに没頭した。


 五十円玉一枚で数時間は過ごせたし、大人も、子供も、おっさんも、ヤンキーも私に敵わなかった。


 私は学校での鬱憤を晴らすように、一切の手抜きをせず、誰も彼もボッコンボッコンにしてやった。


 ……勿論、みんながみんな悪い人ではなかった……と思う。中には仲良くなりたいと思う人もいた。


 文化祭の時に、無理矢理ステージをジャックして先生達に妨害されながらも歌いきり、自分を取り押さえた先生の頭にギターを振り下ろすなど、日本ではまるで見ることのなかったロックな人がいた。


 他の生徒達は彼を変人扱いしていたが、私はなんとなく彼は優しい人なんじゃないかと思った。歌の後に、必死に誰かに向けた言葉を叫んでいた時に……泣いていたから。


 少し彼に興味が湧いたものの、それでも私には話し掛ける勇気がなかった。


 高校に行っても状況は変わらない。いや、環境は変わった。


 だけど私は変わらなかった。家でゲームにのめり込むだけだった。


 自分の殻を破って話し掛けて、また傷つくのは嫌だった。感情の読めない他人が怖かった。


 私は……弱くなってしまった。


 心の底では、父の様な人間になりたいと思っていたのに。


 誰かを守り、助けられる人間に。


 尊敬していたのだ。


 ……どれだけ不平や不満を口に出しても、私は父を誇りに思っていた……!


 自分自身への失望。自己憐憫じこれんびんもあったかもしれない。様々な感情が渦巻いて溢れた時、私は部屋で一人、声を上げて泣いた。


 ……情けない。……どうしてこうなった? ……誰のせい? ……父のせい? ……ウチのせい? ……あの人達のせい?


 誰の、何が悪かったかなんて答えは出なかったが、実害を被っているのは私だ。嘘であって欲しかったが、それは間違いなかった。


 もし、別のやり方をしていたら上手くいっていたのだろうか? 誰とも打ち解けることができ、父のような人間になれただろうか? 


 ……でも、誰も私を守ってはくれなかった。誰かが私を守ってくれれば、私は誰かを助け、守ろうとしたかもしれない。


 私は……誰かに守られたかった。





 時は流れて、大学に進学した。


 さすがに今度は失敗しない。もう孤独は嫌だ。


 そんな思いを抱える私は、さっそく空回りしてやらかして、飲み会で酔い潰れた。前後不覚になるほどに酩酊めいていした。


 ……またやってしまった。居酒屋の前にセーブポイントがあればロードできたのになー……なんて、重たい頭で考えていた。


 そんな私を、縁もゆかりも、なんにもないのに、助けてくれた人がいた。


 私をおぶって、家まで送り届け、介抱して、寝かしつけてくれた。さらに翌朝に飲む水と味噌汁まで用意してあった。


 しかも彼は、次に顔を合わせた時、見返りを求めるどころか、恩に着せる類いの発言の一つもしてこなかった。というか話し掛けてこなかった。


 信じられない程の善人だと思った。


 そして、そんな善人の名前を聞いてなかったことに気がついた。


 まず、彼の名前を知ろうとした。


 次に、助けてくれたお礼をしようとした。


 さらに、友達になってくださいと言おうとした。




 ……そして、自分にできることがあったなら、何をなげうってでも、今度は私が彼を守ろうと思った。

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