橘 海月視点 現在2
ミャー子と僕
僕、
何についてかというと、友人であり恩人であり、良き理解者であると思っていた
都優美穂。ミャー子。
そう、今現在、仰向け状態で腕を組み悩める僕の上にまたがり、クッションで僕のことをボコボコにぶん殴っている女の子のことだ。
「ロード! ロードロードロード! ロードっス~!」
彼女は今も顔を真っ赤にし、大泣きしながら僕をクッションで殴打し続ける。
気がついたらこうなっていたんだ。普段から僕は考え事をすると、思考の旅に出てしまい、それ以外の情報を殆ど遮断してしまうきらいがある。
それをしょっちゅうミャー子に指摘されるのだが、今回はちょっと違う。
僕は考え事をして、自ら情報を遮断したのではなく、あまりにも破壊力のある言葉を耳に入れてしまった為、思考を強制停止してしまう程のエラーを起こしていたのだ。
「ロードロードロード!」
そして、何とか脳内CPUの再起動に成功したら、もう目の前でミャー子がクッションを振りかぶっていた。
さて、僕の思考を停止せしめた、あまりにも破壊力のある言葉とは一体何だったのだろう? 確か彼女は……
「ミャー子」
「ミャっ……!」
僕はミャー子の手首を掴み、上半身を起き上がらせた。すぐ目の前にクッションを大上段に振りかぶっていたミャー子の顔がくる。
「なぁミャー子」
「……はい」
目を伏せるミャー子の目尻に溜まった涙を見て、こいつは本当によく泣くな、なんて思いながら僕は口を開いた。
「……さっき言ってたエッチというのは、性行為のことか?」
「ミャ~~っ!」
ボスン! と僕の顔面にクッションがぶつけられる。
「いった! 結構痛いんだぞ!」
「知らないっス! もうロードしたっスから! ウチは何にも言ってません!」
僕が抗議するも、聞いちゃいない。ミャー子は僕から飛び退き、頭をクッションの下に隠すようにして蹲ってしまった。
「いや言っただろう。ちゃんと答えてくれ。ミャー子がさっき言ったのは、性行為……つまり、セッ――」
「ウチ、ロード後のミャー子っスから! 何の話をしてたのか覚えてないっス! 一体何があってどんな会話が交わされたのか皆目見当もつかないっス!」
「じゃあ僕が教えてやろう!『ミーくんは、いっつもウチに来て、ご飯作ってくれたり、ゲームしてくれたりする。いつも一緒にいてくれるのに、エッチはしないんスか?』と言ったんだ!」
「ミャ~! ミーくんの嘘吐き!『分かった。約束するよ……じゃあ、ここでセーブだ』なんてカッコつけて言ってたっスのに!」
「いや別にカッコつけてないけど!」
「つけてたっスよ! ミーくんいつもカッコつけてばっかじゃないっスか!」
「そ、それは今はどうでもいいだろ。てか僕が言ってたことを覚えてる時点で、お前はロード後のミャー子ではないぞ」
「し、しまったっス……」
この策士め、と言いたげな涙目でミャー子が僕をジト、と睨んでくる。
僕は彼女のこういったバカ正直……正直でバカなところは、心配であると同時に、愛すべき長所でもあると感じている。
「うぅ……。一日で記憶を失う設定にしておけばよかったっス……」
「何だそれ」
「ノベルゲーにあったんスよ」
まーたゲームの話か。
「そこまで有名なタイトルでもないんスけどね。ややウケというか。でもすごいいい設定だったんスよ?」
「はあ」
「でも、誰でも知ってる超メジャー作品より知る人ぞ知る名作の方がのめり込めると思わないっスか?」
「キャッチーなメジャーバンドになってからよりも、鋭いインディーバンド時代の方がハマるみたいな?」
「それっス! やっぱミーくん分かってるっス! それが有名になってきて他の人の口から『いいよね』って聞くと嬉しい反面『応援してるのは自分だけじゃないんだ』ってちょっと寂しくなったり……」
「なったり?」
話が逸れまくってるな、どう軌道修正したものか……と思っていたところでハイテンションで捲し立てていたミャー子が急に元気をなくした。どうしたのだろうか?
「ミーくん、結構……てゆーか、かなりモテるっスよね」
「……知らんな。興味ないぞ」
「モテるんスよ! 本当は気付いてて『ふっ、今日も俺はモテモテだぜ』とか思ってるくせに!」
「思ってないわ! 誰だそいつは!」
「どうせ言い寄られても『何か言ったか?』とか難聴カマしてるんでしょ! 今だって『何怒ってるんだ?』とか思ってるくせに! このラノベ主人公!」
「わ、ワケが分からんが後者は思ってるよ! 実際何を怒ってるんだお前は!?」
僕は意味が分からないものの、ミャー子の妙な迫力に気圧されないように、大きな声でそう言い返した。
「もういいっスよ! ミーくんのバカ!」
何だか今日は、ミャー子の思考がイマイチ読めなくてちょっと寂しい気分になる。
……いや、多分僕は分かったつもりになっていただけなのだろう。
実際、彼女が何故あんなことを言ったのかも分かってないのだから。
もしかしたら、まだまだ僕の想像もつかない言葉を彼女はいくつも胸に秘めているのかもしれない。
そう思うと、正直へこむ。気分が重くなる。
「正直……僕に近づこうと声を掛けてくる女子はいたよ」
「ホラ――」
「でも僕はああいった手合いは苦手なんだ。苦手というか……嫌いと言ってしまっても差し支えないくらい」
「――ああいった手合いって、どういった手合いっスか」
「え? うーん……何て言うか……一見相手に選択権を委ねているように見えて、自分の希望していること以外は認めない、みたいな」
「……?」
「だから……『ご飯どこ行く? あたしはどこでもいいよ』と言っておきながら自分の希望してるとこ以外の提案は『え~?』て言うタイプというか」
「あー! アレっスよね。『相談があるの』って言っておきながら『こう言って欲しい』がもう決まってるみたいなっスね!」
「そうそう。普通に第三者から見て、冷静な意見を言うと『分かってない』とか怒っちゃうタイプ」
「そういうの嫌いなんスか?」
「うん……嫌い。そんなヤツらといるよりミャー子といる方が好き」
「…………」
「?」
ミャー子が黙ってしまった。訝しげに思った僕は俯いていた視線を上げる。
「ふ……ふーん」
ミャー子は怒った顔のまま、真っ赤になっていた。でも口許はゆるゆるになっていた。
「チョロいぞ、ミャー子」
「ちょ、チョロくないっス! ミーくんやっぱりラノベ主人公みたいっス! この策士め!」
「策士かどうかは分かんないけど、やっぱり建て前の裏の本音が見えちゃうんだよな。そういう裏のあるタイプは嫌だ」
「う、ウチだって、裏表あるっスよ? 本当はこないだラーメン食べに行った時も、サッパリスープの細麺じゃなくて、ガッツリにんにくスープの太麺が食べたかったっス」
「知ってる。『一応女子だから』みたいに気取ってみたものの、それじゃ物足りなかったんだろ。それが僕にはすぐ分かったから取り替えてやったろ」
「ホントどうして分かるんスかねミーくん。超能力者?」
「ミャー子が透けてんだよ」
「えぇ? 何かカッコ悪い!」
「いいんだよカッコ悪くても。あんな腹黒くて、醜い心を着飾ることで隠してるヤツらより、何考えてるか透けてて、にんにくの臭いプンプンさせてるヤツの方がずっといい」
「に、にんにく……プンプン!?」
もう一度、僕の立ち位置というか、思想を確認しておこう。
僕はこのミャー子との関係に変化など求めてはいない。停滞を望んでいる。正直、ずっとこのままでいいとすら思っている。
目茶苦茶ご都合的に考えて、仮にミャー子との関係に進展があったとしても、それにより二人の関係が拗れる可能性が少しでも上がるのなら、正直ノーサンキューだ。
情けないだの男らしくないだの、言いたいヤツがいるのなら好きに言えばいいさ。
だかしかし、しかしである。これは僕の一方的な願望なのだということを、僕は重々承知しているのである。
なので、ミャー子が前進であろうと後退であろうと、何らかの変化を求めた時は、絶対にそれを邪魔しないと僕は心に誓ったのだ。
そして、ミャー子が望んだ道が前進であると判断した際には、それを応援しようとも。
これが前進か後退かの判断はまだ僕には付かないが、決着は付けなくてはなるまい。
だから、だから聞くぞ……!
「ミャー子!」
「ミャっ!? はい!」
「ミャー子はさっき僕にエッチはしないのかと言ったな?」
「ミャ……ミャ~っ! ロードしたって言ってるのに!」
瞬間湯沸し器のようにミャー子が赤くなり、両手でクッションを振りかぶる。
僕はその行動を読んでいた。
「と、止めた……!?」
驚愕しているミャー子の両手首を掴み、僕は彼女の目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「ミャー子は、僕に抱かれても構わないと思っているのか?」
「ウ~~っ! ミャ~~っ!」
しかしミャー子は答える変わりに、僕の額に頭突きを入れてきた。
「……! ……!」
「……っ! ……っ!」
二人揃って頭を抱えながらのたうち回る。
一体どうしろってんだ……!
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