橘 海月視点 ロードポイント1

僕と都さん②

 そう。僕は思い当たったのだ。


 アレは確か……新入生の歓迎コンパ……? 飲み会? まぁ呼称はなんでもいい。


 所謂『新歓』の際にガンガン飲まされてあっという間に潰されてしまった女の子が彼女であり、そしてさっさと帰りたかった僕が、これ幸いと送り役を申し出たことを。


 ……理由についての説明は省かせてもらうが、僕は『酔わせた女子』を『お持ち帰り』しようなんて考える輩が、虫酸が走る程に嫌いだ。


 そこに『大学の飲み会』なんて要素が加わると、もう役満だ。唾棄すべき状況であると言えるだろう。


 お前もそこに参加している上に、実際酔った女子をお持ち帰りしているではないか、なんて思うのは少し待ってもらいたい。


 僕は大嫌いで、憎むべき状況である、その大学での飲み会とやらを、一度は体験してみる必要性を感じていたのだ。


 勿論、『やっぱりクソだった』と胸を張って胃の腑に落とす為である。


 そして、やっぱりクソだった。


 下心丸出しの顔で、セクハラ紛いのトークしかできない男共は、ドブネズミにも劣る汚らわしさだったし、そんなファッキントークに満更でもない様子の女共にも、吐き気を催した。


 アレだったらまだ黒魔術同好会の集会サバト体験や、怪しい宗教団体の会合にでも顔を出した方がマシだと思えるくらいだった。


 自分達で飲ませておきながら、ミャー子が吐き気を訴えると途端に距離を取ろうとしたのにも、ムカッ腹が立った。


 そうなったら放っておくくせに、ミャー子が眠ってしまったらまた手を出すつもりなのだと考えたら、その卑劣さに血管がハチ切れそうになった。


 そこで僕は、そいつらへの嫌がらせも兼ねて、ミャー子をかっさらって消えてやろうと思ったのだ。


 正直、そっちがメインでミャー子を助ける気持ちは、結構希薄だった。『こいつもアッサリ飲まされてるんじゃねーよバカ女』とまで思っていた始末だ。


 僕なんかに下卑た期待を抱いていたのか、忌々しげに『女の趣味悪くない?』などと言うアホ女共を一瞥いちべつし、『大胆だな』やら『送り狼になるなよ』やら言うバカ共には、耳を貸さず目もくれず、僕はミャー子をおぶって歩き出した。


 ざまぁみろゲス共、と思いながら――。




「歩けそうにない?」


「……無理。無理です……気持ち悪い」


 背中側から呻き声混じりの返事が聞こえる。そう返ってくるのが予想済みだったので、既に僕は彼女を背負ったまま歩き出している。


「ウチ……家、近いです……」


「ああ、じゃあナビしてくれれば、そこまで送るよ。それでいい?」


「……ん」


 そう返事をして身体を預けてくる彼女に、僕は少し呆れるような心持ちになった。僕が本当に送り狼だったらどうするんだ。何も考えてないのか? と。


「もし吐きそうになったら、僕の背中にブチ撒ける前に言ってくれると助かる。何ならタップでもいい」


「りょ……了解です。すいません」


「……なんで、弱いのにそんな飲んだんだよ?」


「飲んだこと……なかったから」


「それで勧められるままに飲んだのか? バカだな」


「……ひどい」


「いや、違う。飲んだことない人にあんなペースで飲ませるなんて、バカだなあそこのヤツらって」


「…………」


「……まぁ、飲む方も飲む方でバカか。次どっち?」


「左です……結局ひどい」


「左ね。同じ量でもペースが違うと、酔い方も変わるらしいよ」


「……そうなの?」


「そうなの。止めてくれる人、いなかったのか? 次は?」


「友達……いないもん」


「……悪い。で次は?」


「……しばらく真っ直ぐです」


 そこからしばらく、無言になってしまった。


 別に気まずくはないが、無言でいる内に眠られてしまっては困るので、僕は会話を振ることにした。


「……何かしら、食べてから飲んだの?」


「……いえ。乾杯から……そのままずっと……ドンドン、勧められたから」


「最悪だな。空腹の時に飲むと、酔うの早いんだぞ」


「そうなん……ですか?」


「らしいよ。吐くこともできないから、苦しむらしい」


「……詳しいんですね」


「言っておくけど、ウンチクが語りたい手合いとか、飲むのが大好きなヤツってワケじゃないぞ。それどころか、飲み会なんて今日が初めてだ」


「じゃあ、なんでそんなに?」


「……調べたんだよ。大学の飲み会で、本当に勧められるがままに飲んで、酔っぱらって動けなくなってしまうものなのか」


「それ……正に今のウチ、ですよね」


「そうだよ。おかげで最悪の気分だ」


「ご、ごめんなさい……」


「なんでそんなに……勧められるままに飲んだの? バカなの?」


「バカなのもあるけど……友達、欲しくて」


「…………」


「大学で、誰も友達いないし、自分から振れるような話題も持ってないから……聞きに回ろうと思ってたんだけど……お酒ばかり勧められちゃって」


「…………」


「……そこ、右です」


「……うん」


 僕は何だか、ひどく自分をなじりたい気分だった。


 勿論、大学に異性との交流や、肉欲を満たす為だけにやってきて、入学金を負担してくれた親への感謝の気持ちも、報いる気持ちの一つも持ち合わせていない、生ゴミにも劣る連中は虫唾が走るし、正直消えて欲しいと思う。


 だが、事情も話も、何も聞かない内から彼女をそんな……依存する相手を探し出すことに全てを懸けているヤツらと、同類だと決めつけていた自分は、一体何様のつもりだったのだろうという気持ちが一抹、胸に生まれてしまった。


「……もう、すぐそこです。そこのコンビニの裏」


「……コンビニ寄ってもいい? もしおぶられたままなのが嫌だったら、家に置いてからか、ここで少し待っててもらうけど」


「だ、大丈夫ですけど……何か買うんですか?」


「うん。飲み過ぎた時用のドリンク剤とか、買ってくる。あと明日の朝、味噌汁とか飲んだ方がいいと思ってさ」


「…………」


「勘違いするなよ。泊まる気なんてないからな。送り届けたら帰るぞ」


「……はい」


 キョトンとした……といっても見えてないから、そんな表情をしたのかは分からないが、そんな表情をしながらするのであろうトーンの返事を聞きながら、僕は彼女を背負ったまま、コンビニへと足を踏み入れた。


 ……あぁ、クソ。さすがに店員に奇異の目で見られたな。


 僕はこれを見れば、僕が彼女を介抱する為に行動しているのだと分かってくれるだろう? と言いたい気持ちを胸に秘めたまま、ウコンエキスに水を二本、そしてシジミの味噌汁をレジに置いた。


「――円になります」


 店員さんは無表情のままそう告げた。何を思っているのか分からないのはアレだが、ビジネスライクなのはこちらとしても助かる。


 もしこれで半笑いで『避妊具はいらないんスか?』とか言われたら、ぶん殴ってしまうところだ……て、あぁ……起こってもいないことを勝手に警戒して、勝手にストレスを溜めるのはやめろ。悪い癖だ。

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