第9話 Then I Am Decided.
ロムスの街の見学を終え、昼過ぎに帝都の城に戻ってきた。
本当は一人で街を歩きたかったのだけれど、やんわりと制されてしまった。
うう、要注意人物だと思われてるのかな。
まぁ私の脳内が聞こえてるなら、警戒する気持ちもわからんでもない…自分で言うのもなんだけど。
自分ではただのミーハーなつもりなんだけど、ある意味そういうのが暴走したときが一番怖いからね。
あと、後半エルさんが口数が少なかったのがちょっと気になってる。
お城に帰って自分用の客室で撮ってきたばかりの写真を見ながらそんなことを考える。
「……あれ?」
んん…?
まてよ…?
開いた画像はそのままに、パソコン内の推しファイルを開く。
目的のものはすぐに見つかった。
「……どういうこと?」
開いたのは、200年前のロムスの遠景写真。
ロムスは古い街だ。
しかも古代の人々が信仰した神々の神殿と、それよりは少し新しい宗教の中心地だった。
かつては雷属性を帯びた人狼(特にサンダーウルフと呼ばれる一族)が築いた街だった。
古代の建築と彫刻の技術を集めた神殿は残念ながらすでに信仰する民族は絶えているが、雷の神を主神とした神話はいまだに愛好されている。
そして、闇魔界の皇帝カルロに滅ぼされるまでは、長らく有翼種族が主に信仰する天光教の聖地だった。
ヒトの背中に翼が生えたような外見の天使たちを頂点に、半人半鳥のハルピュイアや半獣半鳥のグリフォン族などのほかに、無翼の光属性の魔物たちにも信者は多い。
そこが闇魔界の支配域に組み込まれたのはおよそ100年前。
歴史の本によれば、予告なしの侵攻だったという。
それ以来、ほかの闇魔界と同様にロムスの情報は絶えた。
だから、こんなロムスの姿を、外の世界で知っているものはほとんどいない。
「神殿も…教会も…なくなってる?」
近隣の山から切り出された真っ白な大理石や花崗岩で造られた美しい街並み。
それがたった200年で、赤茶けた煉瓦造りになっている。
なにより街路がまったく違う。
闘技場だけは、昔からほとんど変わっていないだろう。
けれど街の中心は、闘技場の北東、神殿の建つ小高い丘だったはずだ。
現在の写真に神殿はなく、ただ丘だけが残っている。
北の神殿に対してほぼ真南にあった教会の尖塔も見あたらない。
神殿と教会を南北に繋いでいた大通りも姿を消している。
これが同じ場所の景色だと知らなければ、まったく別の街に見えるだろう。
それが意味するのは。
「……皇帝は、街を破壊して、新しい街を造った?」
そのとき、ノックの音がして文字通り飛び上がってしまった。
「は、はい…」
こういうホラー映画みたいな展開やめてほしい。
秘密を知ったから消される…なんてことは、さすがにないだろう…ないと思いたい。
そんなことを祈りながら扉を開けると、人狼の兵士が立っていた。
「お邪魔してすみません。こちら、陛下からの招待状です」
「…招待状?」
「はい。本日〈審判者〉を歓迎する舞踏会を開くことになりまして」
「は…いまから?」
「はい」
「……なるほど、取材許可ですね」
あー、なるほどね、記者として出席していいよってことか。
びっくりしたー、舞踏会の招待状とか聞いて一瞬焦ったわー。
確かに、トーナメントに関わる内容なら取材しといて損はないよね、さすが皇帝だなー、そこまで気を回してくれたのか、ありがたいなー。
「いえ、招待客として…」
「…舞踏会に?」
「はい」
まじかよ。
何考えてるのあの皇帝陛下。
参加人数が少ないとか…?
急な開催で出席者が足りないから、頭数の一人にしようってことかな?
あー、それともこういう華やかな行事に縁のなさそうな記者を哀れんでくれたのかな?
そうなんだよね、記者って裏方だから、スポットライト浴びるってこと基本的にないんだよね。
ちょっと現実逃避的にそんなことを考えつつ、招待状を受け取る。
飾り文字で私の名前と、今夜大広間で舞踏会が開かれる旨が簡潔に書かれている。
急に決まった割には、すごくちゃんとした招待状。
今日の午前中に一緒に行動したときに教えてくれてもよかったのに…と思ったけど、そこまで親しいわけでもないしそういうものかもしれない。
「衣装はのちほど届けられるとのことです。こちらでお待ちいただければ」
「…拒否ってでき…なんでもないです」
言い掛けてやめたのは怖かったからじゃなくて、めっちゃ驚かれてしまったから。
私より背は高いけど、大きめの眼鏡をかけて善良そうな顔したこの兵士を困らせるのは忍びない。
「…えーっと、参加のお返事っているんですか…?」
「参加されるでしょう?」
「……はい」
「はい」か「イエス」しか受け付けないやつだこれ…。
でもまぁ、兵士さんが嬉しそうに笑ってくれたからまぁいいか。
「あとでお迎えにあがりますね。あ、俺はオリーヴといいます」
「あ、私はあきらです。…ヨロシクオネガイシマス」
これで終わりかと思ったのだが、兵士さんもといオリーヴさんはまだもじもじしていた。
「あの…」
「えと、昨日は、すみませんでした!」
いきなり頭を下げられて戸惑う。
私このひとに何かされたっけ?
「あの…昨日、本当は俺が案内役で…」
「あー……」
グランに出し抜かれた可哀想な兵士って君か。
「気にしないでください」
「本当に、すみません。俺、あなたのお世話をするようにエル様に言われたので、何かあればいつでも声かけてください!」
もう一度お辞儀をしてから、オリーヴさんは立ち去った。
あのひとも、グランに苦労かけられてるんだろうなぁ。
彼が私につけられた監視の可能性も、ついでにいえば私の家に不法侵入して荷物を運び出す要員だった可能性もとりあえず頭の片隅に追いやって、同情を込めて見送った。
そのあと、彼の言葉通りドレスが届けられた。
数人のお針子を引き連れて登場した、街でテーラーを営むデザイナーだという二足歩行の虎猫を見たときには思わす叫んじゃったけど。
「トラちゃん! トラヴィス!!!」
「あら、あたしのこと知ってるの? さすが記者ね。あたしはトラヴィス。この闇魔界…いいえ、世界で一番のファッションデザイナーよ」
ええとはい、すみません、こっちの世界のあなたを知ってるわけじゃなくて、あなたによく似た推しの演じた役がいるだけです。
顔はネコなので別に似てないけど(推しの演じた鉄道猫になら似ている)、服装と言動がすごい似てる。
モノトーンの水玉模様を組み合わせたベストとネクタイなんて、そうそう見られるものじゃない。
私にとっては世界一可愛い、なんなら嫁にしたいナンバーワンだったりする。
やっぱりこれは夢なんだろうな。
だってこれはいくらなんでも私の希望というか願望すぎるもの。
「ダイエット!エクササイズ!めざせ完璧なスタイル!どんなドレスも着こなすボディスタイル!」とか言われたらちょっと困るけど、さすがに今日の今夜着用予定で一般人相手にそこまでは求めないでくれる、はず。
「ん、もう、いくらあたしが完璧主義者だからって、女優相手でもないんだからそんなこと言わないわよ、安心なさい」
「よ、よかった…」
なにしろ推しのトラちゃんのほうは、主人公に奥歯の抜歯をさせて小顔にさせるくらい、「美」に厳しい人だったから。
映画女優並の「美」を求められても応えられない。
「大丈夫、あたしの腕は魔法の腕。どんなひとも輝く衣裳を用意してあげるわ」
ぱちん、と彼(彼でいいはず)が指を鳴らすと、お針子さんたちが所狭しと部屋に持ち込んだトランクを一斉に開いた。
色彩が溢れて目を射る。
「さぁおいで。あんたはどんなお姫様になりたい?」
大きな姿見の前に招かれる。
「いえ、お姫様だなんて…」
「遠慮しなくていいのよ。それとも王子様?」
いたずらっぽく笑う
ああ好き…。
推しが世界一可愛い。
まじで嫁にしたい。
なんで私女に生まれたかな。
この子のためなら性別だって変えてもいい。
「あ、あなたの思う一番素敵な姿に…」
誤解しないでほしい。
普段の私なら、絶対に主役になりたいなんて望まない。
むしろ壁の花でいい、壁になりたい。
端っこで、隅っこで、目立つことなく観察しているだけの存在でいたい。
誰もがオンリーワンの花になれるとしても、私はその花を彩る葉っぱやカスミソウのほうがいい。
高望みとか分をわきまえているとか、そういうのではなくて、私は観察者である自分を楽しんでいる。
主役たちが悩み傷つき成長する姿をハラハラしたりワクワクして見つめていたい。
スポットライトを浴びたくない。
目立てば、私は嫌われるから。
「いいわ」
トラヴィスはにっこりして、魔法のように一着のドレスを取り出す。
桜のように淡いピンクのドレスは、たぶん赤みがかかった私の毛色にもよく似合うだろう。
「私」は、主役を望まない。
でも、この人のマネキンになるためなら、苦手なことでも身を差し出してもいい。
大好きなひとに利用されるなら、それこそ本望だ。
(だから私は決意する)
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