第8話 Look at All My Trials and Tribulations Sinking in a Gentle Pool of Wine.


「なんで陛下までいるんですか」

「うん? 楽しそうだったからな」


 翌日。

 転送ゲートへと続く大広間に、皇帝がいた。


「仕事は! あなた忙しい身でしょう!」

「ちょうど領地の巡回もするつもりだったから、いい機会だ」


 うう、推しに厚遇されすぎてつらい…。

 隣でエルさんが「領地の巡回は必要なお仕事なので、どうぞお気になさらず」って言ってくれてる…気にしますよそれでも。

 一介の記者に対して皇帝がここまでする必要ないのにという申し訳なさとともに、ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ、推しに構ってもらって嬉しい自分がいる。

 なんだかんだいって、推しは尊いしなんでも肯定したくなるし、優しくされたら嬉しくなる。

 私は推しに冷遇されたり冷たくされたり監禁されたい欲求は皆無だ。

 ライブでも「来てくれてありがとう」って言われたら普通に嬉しいしキャー!!!ってなる。

 だって好きなんだもん。

 だからよけいに心苦しい。

 一瞬、余所者の不穏な動きを見張るためという説も考えたけど、本人が見張る必要はないし。


「ごっめーん、あきら。でもみんないたほうが楽しいし!」


 テヘ☆と可愛らしく謝るグラン。

 悪気ないのはわかる。

 だからよけいにたちが悪い。


「…わかりました」


 ああ、私は本当に推しに弱い。


「んじゃ、いこー!」


 生き生きしたグランを先頭に、4人で転送用ゲートをくぐった。

 このゲートは、闇魔界内の移動専用だそうで、使える人員は限られているとか。

 魔界の重要地点に専用の魔法陣のネットワークが張り巡らされていて、仮に同じ次元の宇宙であったとしても100光年以上離れた地域を、ほんの数秒で繋げているとか。

 もちろん、別次元の宇宙でも自由に行き来できる。

 ポートキーどころじゃない、最先端魔法技術すごい。


「これの魔力源は?」

「この空の闇と同じですよ」

「…といいますと、つまり」

「陛下の魔力です」


 エルさんが頷く。

 まじかよ。

 皇帝の魔力どんだけ無尽蔵なんだよ。


「使う人からは、まったく?」

「ええ。代わりに、出入りは陛下の監視下になりますが」


 こっわ。

 監視社会ですか。

 これある意味主要交通機関見張られてるようなものですか。


「面倒だし、悪意のあるもの以外そうそう弾いたりしないよ」

「…はい」


 皇帝に内心をめっちゃ見透かされている。

 気をつけなければと思った矢先にこれだよ。


「…ちなみに、外の魔界からの出入りは?」

「そちらは、ほかの魔界と同じ仕組みです。出入りできるのはお城にあるものだけですけれど」


 つまり、我々の世界の電話代と同じで発信者負担というわけか。

 魔力だから直接消費になるけど、電話代の方がイメージは近いと思う。

 自分も闇魔界に来るときに多少の魔力を消費しことを思い出す。


「言っておくが、転送ゲートは各都市の主要地点にあるから念のために僕の監視下に置いてあるだけで、普段はそれほど意識して見ているわけじゃない。敵襲があればいつでも閉じられるというだけでね。僕だってそれほど暇ではないのだ」

「はい…」


 暇じゃないなら、そっちのお仕事してください。

 出入りする全員のチェックとか、それだけで日が暮れそう、ここはそもそも太陽が昇らない世界だけど。

 とはいえ、皇帝を不快にさせたいわけではないので、こちらもおとなしく口をつぐむ。

 一瞬どこぞの女帝の秘密警察っぽいなぁと思ったけど口にはしない。

 なお、その秘密警察は思想取り締まりよりも風紀粛正、特に貴族の浮気案件に目を光らせていたらしいとかいう話も今は忘れよう。

 手紙を一度開封しても気づかれない技術持ってたんだって、帝国まじ怖い。


「…ところで、ここはどこなんです?」


 行き先は一番新しくできた都市ロムスと聞いている。

 転送ゲートの部屋から出た先は、石造りの長い廊下だった。


「ロムスの中心にある、闘技場です」

「闘技場…が、中心なんですか?」

「ええ。正確には役所兼軍隊訓練所兼闘技場です」

「ほ、ほう…」

「こちらが管制室です」


 エルさんが扉を開けた先は、広い部屋が広がっていた。

 壁の一面はいくつものモニターで覆われ、別の面にはスクリーンがある。

 その間に、何十列と机が置かれ、たくさんの魔物たちが所狭しと動き回ったりタブレットに打ち込んだりしている。

 その様子は、ごく普通の会社や役所のオフィスと大して違いはないようだった。

 中央には街のミニチュアが置かれてあって、たぶんあれがこのロムスの街なのだろう。

 ミニチュアというか、立体映像かな?

 エルさんの言うように、真ん中に円形の建物があり、そこから放射状に道が延びている。

 ちょっとだけ私たちの世界の花の都に似てるかもしれない。

(それよりもボールに入るモンスターの世界で見たことがある街並みな気がするけど、そこは気にしない)


「有事には管制塔になりますが、今のところはただの事務作業用の大部屋です。なお、私たちのことは彼らにはただの案内人にしか見えていませんのでそのつもりで」


 エルさんの説明を聞きながらデスクの間を抜けていく。

 働いている魔物たちは闇の種族に限られているにしても多種多様で、見た目も華やかだ。

 あっちにピンクのゾンビがいたかと思えば、そっちの隅では緑色のスライムが跳ねている。

 そして、デスクの半分くらいには、同じ規格と思われる球体関節人形が座っていた。


「…あれは、『人形』ですよね…?」

「そうだよー! カルロの作ったやつねー」

「あんなにたくさん…」

「ここは新しい出張所なので人形が多いですが、順次地元雇用に置き換えているんですよ」

「地元雇用…」


 なんだろうこの、地方公務員を雇いますみたいな発言。

 なんとなくファンタジーにそぐわない。


「あれもやっぱり、種を陛下の血に浸したりとかですか?」

「あれは特別製だよ」


 皇帝本人に言われてちょっと背筋を伸ばしてしまう。


「職人に作らせた原型に僕が魔力を込めている。でなければ高度な演算処理などはできないからね」


 なるほど、イメージとしてはオートマタ(機械人形)のようなものなのか。

 二足歩行形態で両手両足と口はついているが、目にあたる部分はモノアイになっている。

 モデルはヒトではなくてサイクロプスなのだろう。


「その通りだよ。最初に依頼した職人がサイクロプスだったからね、それを引き継いでいる」

「ほ、ほう…あれ、あの絵は…陛下のお父様、とかですか?」

「いや、僕だ」

「は?」


 天井付近に掲げられている絵を何気なく指さして訊ねると、思いがけない返事がきた。

 戦場に立つ甲冑姿の男は、2メートルもある偉丈夫だ。

 奔放に跳ねる金の巻き毛が顔の周りを彩り、同じ色の髭が頬や顎を覆っている。

 吸血鬼というよりも獅子心王の肖像とでも聞かされた方が納得する。

 ちょっと…いや、かなり…どうしよう、好きかもしれない。

 いやいや、もちろん普段の皇帝のことも推しなんで好きなんですけど。

 元々私のストライクゾーンは60代より上だったもので。

 掲げられてる肖像画は壮年といったところだけれど、少なくとも見た目だけで言えば、今の姿よりも好きかもしれない。


「あれ、カルロの本気の姿だよー」


 横からグランがのほほんと言ってのける。

 うん? そういう設定は知らないぞ?

 覚醒すると成長するとか、そういうやつかな?


「グラン」

「あ、ごめん、秘密だっけ?」

「いや、秘密ではないが、別に普段も本気じゃないわけじゃない」


 グランに軽く片眉を上げて見せてから、こちらに向き直る。


「とはいえ、あまり大勢に知られても面倒だからな、これは書かないでくれたまえ」

「…わかりました」


 オフレコってやつだ。

 インタビューをしていると、こういうことはよくある。

 記者と癒着してる政治家とか後ろ暗いところのある人もだけど、案外芸能人なんかでもイメージを損なうとかの理由で、「これは書かないで欲しいけど」と断ってから話してくれることもある。

 ジャーナリズムの精神としても、世に知らしめなければならない事柄であればともかく、当人に不都合な秘密を必要以上に暴くようなことはしない。(私は、芸能人の浮気報道とか心底どうでもいいタイプの記者だ)

 だから皇帝の「本当の姿」はそっと私の胸の中にだけ納めておくことにして、望遠レンズいっぱいでカメラを向けておいた。

 というふうに、ありがたくも皇帝直々の回答をもらいながら、役所部分を見て回った。

 ありがたすぎて涙が出る。皇帝って実は暇なんじゃないかな?


「不満かね?」

「めっそうもないです!」


 忘れてた、私の失礼すぎる思考もたぶんこのひとにはダダ漏れだった。

 よけいなこと考えるな私…!

 とはいえ、どうやら皇帝の機嫌はさほど悪くないっぽい。

 なんだかすごく視線を感じる。

 やはり珍獣観察されているのだろうか。

 コボルトなんて珍しくもないけど、闇の中だけでは生きていけない魔物なので、皇帝にとっては珍しいのかもしれない。

 一応言っておくと、コボルトは暁に属する。

 光と闇への耐性や順応具合で、魔物は6種に分類される。

 わかりやすく、昼・暁・暮・月・星・夜と呼ばれる。

 暮までが光属性で、月以降が闇属性に大別される。

 淫魔と人狼のミックスなエルさんは星、妖精のグランは月属性になるんだそうな。

 それ以外にも自然属性とか使用魔法属性というのがあって、火とか水とかの属性はまた別の分類だ。

 人種と血液型の違いみたいなものだと思ってくれると嬉しい。

 皇帝は夜だけれどちょっと特殊で、光にも闇にも耐性が高い。


「陛下はどうしてそんなに光への耐性があるんですか?」


 前に彼自身が言ったように、闇の生き物は光に耐えられない。

 光属性の魔物も、完全な闇の中に閉じこめられればたいてい5分で気が狂うが、多少の闇ならなんとか生きていける。

 (厳密に言うと、闇の中だと狂うっていうのは、正確には五感すべてが閉ざされると、という前提らしい。想像しただけでも頭おかしくなりそう、そんなとこ行きたくない)


「そうでなければ生き残れなかったからね」


 さらりと言われたけれど、闇の生き物が光に耐性をつけるというのはなまなかなことじゃない。

 世界は圧倒的に光属性に有利にできている。

 闇の魔物が光を浴びて焼け死んだり灰になったりすることはあっても、その逆はない。

 世の摂理としての不平等に、彼らは晒されている。

 はがねやフェアリータイプが加わる前のエスパー一人勝ちみたいな世界で、かくとう技だけで頂点をとろうとするようなものだ。シバか。

 その圧倒的不利を覆したという。

 聞いた話だと、死ぬ一歩手前まで弱点である属性に晒され続けると、耐性を獲得できることがあるとか。

 でも、弱点を克服できるかは運次第だし、大昔にはそんな修行が流行ったこともあったらしいけど、ほぼほぼ挑戦したひとは死んでしまったらしいので、今では弱点克服はとても危険な行為、むしろクレイジーだと思われている。

 でもたまに根性とか一億総火の玉みたいな精神論が好きなひとがいて、教育や職場で大変な迷惑を振りまいているのが問題になったりする。

 99%が死ぬけど1%はすごく大きな成果を得るような方法があったとしたら、そのたった1%のために99%の命を差し出すような指導者は愚かどころか危険ですらある。

 たとえば蟲毒という呪法がある。

 たくさんの虫を一つの壷の中に入れて殺し合いをさせ、最後に生き残った1匹を呪術に使うというもので、わりと有名な奴だと思う。

 最後の1匹は、殺された同胞の恨みを一身に負っているから、強力な呪物になるのだとか。

 時には強力すぎて術者本人すら殺してしまい、そのまま呪力が野放しになる、なんてのはオカルト系の物語の定番だったりする。

 つまり、弱肉強食でその他大勢を犠牲にしてただひとつの強者だけを選びだそうとするのは、長期的高所的な視野で見れば百害あって一理もない大変な愚行だと、私は思っている。


「僕は生き延びた。それは、意味のあることだったのだろうと思っている」


 他者に99%の犠牲を強いる指導者は暗愚だけれど、その状況に追い込まれて生き延びて、その当事者本人がそこに意味を見いだす、もしくは求めるというのは、わからないことじゃない。

 意味を見いだせなかったら、精神の均衡を欠いてしまっていたかもしれない。

 それに皇帝は、同じ耐性獲得を臣下に強いてはいない。

 そこがこのひとの英邁さの証左のひとつで、むしろ光から守ろうとしている。

 「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」という言葉がある。

 強い者、豊かな者、持てる者は、弱い者、貧しい者、持たざる者を守り分け与えなければならない。

 選民思想だと断じられる向きもあるが、「喜捨」「慈悲」「チャリティー」など多くの宗教や民族で推奨されている。


「どんな意味があると思いますか?」


 模型の前で、闘技場を中心として八方に延びる幹線道路を眺めながら訊ねた。

 皇帝がこちらをちらりと見やった。


「皇帝は、臣民のために存在する」

「…はい」

「順番を間違えてはいけない。上に立つ者は、彼を支える者がいるから上に立てる。彼らがいなければどんな高位も存在し得ない」

「…はい」

「僕が優れて強いなら、それは彼らを守るために存在していることになる。僕は、僕自身のためだけの選択をすることはない」


 街の模型を見据えながら静かな声で宣言する。

 その様は厳かで尊かった。

 だというのに。

 厳冬を覆う霜のような冷たさが、私の胸の奥をざわつかせた。




(我が苦難も試練も、いまはすべて葡萄酒に沈めよう)

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