第6話 Hurry up and Tell Me, This Is Just a Dream
昼餐のあと皇帝は仕事があるといって立ち去った。
去り際、「好きに見ていくといい」というお言葉を賜ったところからすると、ひとまず機嫌を損ねてはいないようだ。
案内をつけるという厚意までみせてくれた。
厚意ではなく見張りなのかもしれないけれど。
ほんと超怖かった。
よく気絶しなかった、えらいぞ私。
とりあえず午後は城下町を見て回りたいとエルさんに告げたら、部屋で待っているように言われた。
ので、大人しく待っていたら、すぐにノックがあった。
「ねぇねぇ、記者って君だよね?」
開けたドアを反射的に閉じようかと思った。
「えっと…」
「あ、オレはグラン、よろしくね!」
知ってる。
よく知ってますとも。
彼はグラン。
「闇魔界」の皇帝の遠縁に当たる妖精だ。
銀の長い髪をゆるい三つ編みに結って、茶色の人なっつこい目をしている。
なんでも、皇帝の母親の妹の子どもの子どもの…何代目かにあたるらしい。
母方の親族だからか、皇帝とはあまり似ていない。
強いていえばきりっとした眉のあたりが似ているか。
だが彼はどちらかといえば中性的な顔立ちで、女装させたらそれはそれえで通用しそうだ。
まぁ妖精というのは全般的に(人間基準では)性別がわからないものとはいうけれど。
「あ、はい…えと、あきらといいます…」
私が彼を知っているのは、彼が例のゲームの主要登場人物だからだ。
《怠惰》の候補者の一人が、この妖精グランだった。
もっとも、彼は怠惰というよりは義務が嫌いというだけで、実際はかなり活発な姿が印象的だ。
騒ぐのが好きで賑やかなのが好きで、ゲーム内でも主人公を祭りに誘ったりしていた。
そして酔っぱらいやゴロツキ相手に喧嘩をして、エルさんをはらはらさせていた。
彼が闇魔界にいるのは知っていたが、こんなに早く遭遇とすることになるとは予想外だった。
「街に行くんでしょ、オレが案内したげる~」
楽しげににこにこと提案されて返事に困った。
たぶん、彼はエルさんが寄越した案内ではない。
あのエルさんは結構心配性で、グランのことも親戚の小さな子どもみたいに思っているようで、好き勝手に振る舞いたい彼にあれこれ口出しをしているらしい。
実際ゲーム内でも危険な目にあったあと叱られていた。
まぁ叱るのと同じくらい安堵していたようだったけど。
とはいえ、グランさんにとってエルさんに口うるさく言われるのはあまり面白くないようだ。
だからこそ、私をダシにして外に遊びに行こうという魂胆か。
「オレいろんなとこ知ってるし! ね、いこーよ?」
妖精ってあれだよな、ほんっと見た目愛らしいよな…!
親しげに腕を絡められ、こてんと首を傾げられると「いいよ!」と快諾したくなってしまう。
これも妖精の持つ魔力なのか…。
「わかりました…」
はっ、気づけば口が体を裏切って勝手に答えている…だと!?
なんてことだ、これはチャームの魔法か、それともテンプテーションか…なんて、責任転嫁してしまいたくなった。
「わーい! そうと決まればさっそく!」
思いがけない力で腕を引かれて、そのまま城の門をくぐってしまった。
見た目若いけれど、これで500歳は軽く超えてるはずなので、やはり力はハンパない…さすがは《怠惰》候補になるだけある…。
門番さんは私が通ることを聞いていたのか、「記者さんですね、お疲れさまです!」とだけ言われた。
あとから気づいたけど、このときグランは見た目を誤魔化す魔法を使っていたっぽい。
やっぱり外に出るダシにされた…。
あとでエルさんにめっちゃ怒られるだろうな、と思ったけど仕方ないので知らないふりをして、今は闇魔界の皇帝のお膝元がどんなものか観察する方に集中しようと意識を切り替えた。
「あのお店はトルテがおすすめだよー! あっちはねぇ、こないだ綺麗なリボン売ってたんだー、君にも似合うかもね!」
「ほ、ほう…」
リボンのほうは辞退するとして(この見た目だと首輪にしかならない)、街のいろいろなお店について、グランはよく知っているようだった。
特に目に付いたのは、皇帝の紋章である双頭の鷹の描かれた旗だった。
「あれは皇室御用達とかなんですか?」
ヨーロッパのとある皇室は、気に入ったパンやチョコのお店に皇室の紋章を使うことを許していたとかなんとか。
そういうのと同類かと思ったが。
「あれはねぇ、カルロのおかげっていう意味なんだって!」
「うん?」
グランの説明をまとめると、別にお店の紋章とかではなく、本当に皇室の紋章を掲げているらしい。
祝日だとかいうわけではなく、いま無事に元気で商売ができるのは皇帝のおかげなので、感謝の気持ちで掲げる家が多いとか。
少なくとも義務ではないらしい。
なんだろう、祝日に国旗だとかを掲揚するようなものか(あれは義務なところもあるらしいけど)。
私たぶんそれ昔の絵画で見たことある、なんか村のお祭りを描いたやつ。
楽しくお祭りができるのも皇帝とか王様のおかげとかなんとかそういう意味を込めているとか。
街を歩いていると、思った以上にグランは知り合いが多いようだった。
「あらグランちゃん、またお城抜け出したの?」
「これ新作なんだ、食べてってよ!」
「今年の初物、陛下にも持って行っておくれよ」
「あんまりエルさんに心配かけるなよー」
「今度また遊びに来いよー!」
とまぁ、さまざまに声をかけられている。
そのたびに新鮮な果実やら焼き菓子やらもらって頬張っていた。
その横顔がリスみたいでちょっと可愛いと思っ…いや元から可愛い顔立ちしてるけどね、このひと。
よく考えたら皇帝の親類なんだから皇室関係者なわけで、それがこんな気軽に街を歩いて声をかけられていいのだろうか。
疑問を覚えたが、城下町だし皇帝の防備は万全らしくてここ500年は侵入者は皆無とのことで、心配はいらないのかもしれない。
外敵がなくても、街の酔っぱらいと喧嘩していたら世話ないけど。
そんなことを思いながら、商店街のおじさんからもらった新作だというジェラートっぽいものを食べようと、大きな建物の側のベンチに腰掛けた。
ふむふむ、見た目はバニラみたいだけど…これは、洋梨に似た果実を使っているのかな?
…ん?
記者とお城を抜け出した王族でジェラートを食べるって…これ「ローマの休日」じゃないか、男女逆だけど。
ということはこのあと二人でスクーター乗ってお店につっこんで怒られたり、「真実の口」に手を入れたりするんだろうか?
しないけど、たぶん。
それにグランはお城を抜け出したわけではあるけど、少なくとも私に嘘はついていない。
ついていないはず。
それに私も、身分を隠していないし、独自スクープを狙ってるわけでもない。
いやあの映画好きですけどね?
アン王女が最後に示す王族としての矜持と、記者ジョーが最終的にスクープより王女への友情をとるところ、すっごい感動しますよ、大好きですよ。
美しい現代のおとぎ話って感じで。
彼らのように高潔な人間になりたいと、私も思っているけれど、実際自身の置かれている立場を理解して役割を果たそうとできるほど、自分が強くはなれないのが悲しいけれど。
「どうかした?」
「っ!?」
突然の美形のアップはやめてほしい、心臓に悪い。
いまさらだけど、彼も私の推しなんだよね。
なんというか、闇魔界の3人はとても仲がよくて、見ていてほっとするというか、そのやりとりが好き。
だから最推しはエルさんだけど、闇魔界組は箱で推せる。
特によく3人でお茶したりしているとこはとてもいい、主人公(私)はいなくていいのでぜひ末永く3人で仲良くしてほしい。
あとついでにいえば、エルさんが心配性なのをわかってあれこれちょっかいかけてるふしのあるグランとのカップリングも好きなので、そういう意味でも3人仲良くしてくれてると私が嬉しい。
いや一番好きなのは主従でもあるカルエルなんですけどね、グラエルも捨てがたい…。
あと、見た目は一番年上のエルさんが3人の中では最年少なのも好き。
もっとも、エルさんの今の見た目に固定される前は15歳前後の美少年(美少女)が一番安定する姿だったそうなので、…それはそれで美味しいと思う。
なお、私にはリバ思考はないです、あしからず。
「無理矢理連れ出したの、怒ってる?」
「えっ、そんなわけないですよ!?」
こころなしかシュンとしているので、慌てて否定する。
危ない、ちょっと考え事にふけってた。
というか、無理矢理連れ出した自覚はあったのか。
「えーと、グランさんはずいぶん街の人とも仲がいいんですね」
「そうなのー!」
慌てて話を振ると、ぱっと笑顔を輝かせた。
まぶしい。
「お城でえらそーにすんの、オレの柄じゃないしさ、偉いのはカルロであって、オレじゃないしー!」
力一杯説明された。
まぁそれはそうかもしれない。
「でもほかのご家族は、別な領地を治めたりしてるんですよね?」
ちょっと意地悪かとも思ったけど、つい訊いてしまった。
皇帝の母親の妹の息子の云々…ということは、皇帝の母もその妹もその息子たちもいるわけで、それらの親族はほぼほぼ生存している。
一部かつての戦乱で亡くなったらしいが、少なくとも全員死に絶えたりとかそういうことはない、むしろ生きている方が多い。
そういう「皇帝の親族」はだいたいが、ほかの惑星にある闇魔界を治める任についている。
さきの、皇帝の母親がいい例だ。
闇魔界発祥の地であるハビツの森を中心とした領土を、皇帝の代理人として治め、「夜の女王」と呼ばれているとかなんとか。
彼女の娘の名前はパミーナといいたいところだけど、幸か不幸か皇帝に姉妹はいない。
でもたぶん夜の女王なのでソプラノのアリアは得意だと思う。
なお、皇帝の父方の直接の親族はすべて死に絶えており、母方の純妖精、もしくは妖精とほかの魔物とのミックスで構成されているとか。
始祖や皇帝に噛まれて吸血鬼にされた者は、残念ながら親族とは見なされないらしい。
「オレはそういうの無理ー」
これが、彼が《怠惰》候補とされる理由だ。
皇帝の親族なので実力は充分すぎるほど。
けれど義務を嫌い、興味あること以外見向きもしない。
代わりに興味を持ったことに対しての集中力はハンパない。
お祭り騒ぎも大好きで、しょっちゅう城や城の外でパーティーを開いては夜通し騒いでいる。
また、血の気もなかなか多くて戦闘では率先して飛び出していき、楽しげに敵を倒している。
そのうえいたずらも大好きで、見張りの兵士たちが主に被害に遭っているとか。
けれど、先に見たとおり明るい憎めない性格をしているので、多くの者から好かれている。
実際、ゲームとしては闇魔界組での一番人気はたぶん彼だと思う。
選抜メンバーでグッズが出るときはよく一人で選ばれてるし。
そういうときいつも「欲しいし可愛いけど最推しがいない…」と半分喜び半分泣きながら購入していたのもいい思い出ですはい。
「じゃぁ、グランさんはなにがしたいとかあるんですか?」
「オレ? オレは毎日楽しーからさ、ずーっと続けばいいなって思ってるよ! …ちょっとだけ、外の世界も興味あるけど」
「…外の世界」
思い出した。先月のイベントは、グランが主人公である審判者をそそのか…誘って闇魔界の外に遊びに行くというものだった。
もちろんこっそりと、非公式に。
そうかそうか、どこかで見たことあるシチュだと思ったわー!
とはいえ、イベントでの行き先は闇魔界の外で、ハロウィン時期の主人公の住む町の近くとかいう、そういう話だったはず…?
「ね、あきらがいつもいるとこってどんなとこ?」
「えーと…」
「私」がいるところ。
「あきら」の働いている「魔界タイムス」はそれなりに大きな新聞社ではあるけれど、基本的にはリモートワークなので、ほとんどの作業が取材先か家でできてしまう。
住んでいるのは地方都市程度に発展した街で、それなりに新しい建物が多いので、古い町並みのここよりも見た目は進んでる印象かもしれない。
本社のある中核都市には週に一度はでかけるので、いわゆる「未来都市」的なものも見たことはあると言える。
もっとも、ほぼほぼ通勤で遊ぶ場所も限定されているので、そこまで詳しくはないけど、歌舞伎町的な歓楽街も多少は…多少は。
「…って感じですかね」
「へー、いいなー! あのさ、ネオンっていうのがあるんでしょ?」
「ああ、ありますね。見たことないんですか?」
「こっちは光は嫌われるからさー」
「なるほど…」
蝋燭や焚き火程度の炎の明かりなら構わないようだが、電気的な(もしくは強い魔力による)明かりはここでは御法度ということらしい。
徹底しているなぁ…。
「あ、でもねでもね! こっちにはヒカリゴケの群生地があるから、そこはすっごい綺麗だよ! 見たい!?」
目を輝かせて訊かれた。
その情報は初耳です。
「近い?」
「うん! いこ!」
腕を引っ張られて、つられてついていく。
てっきり、まったくの明かりのない世界かと思っていたが、多少人工の光はあるようで、よく見るとランプのような明かりが漏れている窓がある。
そういえばお城もゲートから玉座までや私の部屋には燐光があったな。
特定の石が発光しているような感じだった。
あれはたぶん、ゲストである闇の生き物以外との交流のためというのもあったのだろう。
「ほら、あれ!」
グランに引っ張られるままに丘を登ると、眼前に淡い光が広がった。
田園地帯のようで、整然と生い茂る植物の中で働いている人の姿が見える。
「あの人たちは?」
「あれヒトじゃないよ。スケアクロウ」
「かかし…?」
よく見ると藁を束ねてヒトの姿にしたようなものたちだった。
たまに腕や足が3本あるものもいる。
「あれなに? あんな魔物知らない…」
「あはは、だって魔物じゃないもん」
「…魔物じゃない?」
「うん、あれカルロの魔力で動く人形だよー」
なんですと?
「…皇帝が作ったってこと?」
「っていうか、カルロの血に植物の種を浸して、地面に播くとあれができるのー」
ニョロニョロかなんかですか。
ねぇ知ってる?
ムーミンシリーズに出てくる、白い靴下を逆さにしたみたいな奇妙な生き物は、夏至祭の前の夜に種を蒔くと微弱な電気を帯びながら発生するんだよ。
初めて読んだときはその生態にも驚いたけど、ニョロニョロの種を持っているスナフキンにもちょっと引いたよ。
そういうとこも含めて好きだけど。
「あきら?」
「…あ、ごめんなさい、ちょっとびっくりして」
「初めて見たらびっくりするよねー」
「…農民、みたいな人たちはいないんですか?」
「いるよー! けど、大変な仕事とかはああいう人形がやるのが多いかな? 魔物は監督する方が多いと思う!」
「ほ、ほう…?」
それはつまり、皇帝の魔力で動く「人形」をロボットのように労働力として使っているということか。
「ほかにもいろいろいるよー! 金属製のコロッススとか骨だけのスケルトンとか!」
「え?」
ぎょっとして聞き返してしまったが、コロッススは鉱山などの重労働、スケルトンは戦場の最前線にいるとか。
「…そんなに、労働力足りてないんですか?」
「んー、どうだろ? でも人形がいるおかげで楽だってみんないってるよー」
そらそうだろ。
重労働をしなくてすむんだから。
問題は、それほど労働力が足りないのはなぜか、だ。
闇魔界の人口が減っているのか?
度重なる侵攻で戦死者が多いのだろうか。
外への侵略は、うまくいけば領土や奴隷を得ることができるが(奴隷が人道的にいいわけはないが、魔界ではまだ横行している)、それができていないということは、もしかして皇帝の侵略政策は致命的な欠陥があるのか。
そんなことを考えながらスケアクロウたちの働く姿を眺めていると、遠くにいる人影が目に入った。
「…あれは…?」
猫をそのまま二足歩行させたような生き物は、ケットシーだろう。
彼らは魔物ではあるが、完全な闇の生き物ではなく月光程度の光を必要とする月属性だったはず。
なぜこんなところに…と思っていたら、服装が見覚えあることに気づいた。
頭にちょこんとのった黒いシルクハットに、片方の目にはめたモノクル(片眼鏡)、月光の毛並み。
「…マケル…!」
「あきら、知り合い?」
間違いない、あれはアプリゲーム『大罪の審判者』のチュートリアルキャラ、マケルだ。
主人公であるユーザーにアドバイスをしたり、次にするべきことを教えてくれたり、負けたら慰めてくれたりと八面六臂の活躍をするマスコットキャラクター。
ぬいぐるみも発売されていて、毛並みがとても気持ちいいというレビューを見たことがある。
つまり、彼の背後をついて歩く人物は、「審判者」のはず。
二人いる人影のうちどちらだろう。
興味を覚えて双眼鏡を取り出した。
そして後悔した。
「…っ」
足下に双眼鏡が落ちる。
「あきら、どうかした?」
グランの心配そうな声が聞こえるが、返事ができない。
肩より少し長めの茶色い髪、甘みのある目元。
そしてその隣の人物。
うなじで切りそろえた黒髪と、彫りの深い顔立ち。
私はあの二人をよく知っている。
ああ、やはりこれは夢だ。
しかも。
「悪夢だ」
私はここにきて初めて神に祈った。
(早く言って、これはただの夢だと、どうか)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます