第4話 Do You Think You're What They Say You Are?


 闇魔界の皇帝の昼餐は大変に豪華だった。

 豪華なんて言葉じゃ言い表せない。

 確かに、ゲーム内にも大食漢である描写はあった。

 しかしまさかこれほどとは思わなかった。

 テーブルに並んだ料理の数々を眺めて、どこの海賊王だろうと心の中だけで思った。

 ゴムゴムの実をもってしても、この量を通常の人の身に納めるのは不可能じゃないのか?


「ああ、来たね、記者くん」


 巨大なテーブルの前で呆然としていたら、皇帝が部屋に入ってきた。

 背後にはもちろんエルさんを従えている。


「こんにちは、陛下。今日はお世話になります」


 慌てて頭を下げると、皇帝は鷹揚に笑って椅子に腰を下ろした。

 テーブルの前にある椅子は、私の前にあるものと彼が座ったものの二つしかない。


「…今日は宴会ですか?」


 違うだろうなと思いながら訊ねると、からからと笑い声が返ってきた。


「何人前に見える?」

「…軽く、30人程度かと」

「はっはっは、これでも足りないくらいだよ。だがまぁ、昼にあまり食べ過ぎるのも眠くなるからね」

「はぁ…」


 これをおひとりで?と訊くのも野暮なようだ。

 さすがは《暴食》、なのだろう。

 あまり深く考えないようにして大人しくカメラを取り出した。


「インタビューの前に写真をよいでしょうか? 陛下はお食事していて構いませんので」

「僕の食事風景を撮りたいということだね? 構わないとも。むろん、必要だろうね」


 こちらからのお願いに、上機嫌で答える皇帝はすぐに手近な皿を引き寄せた。

 主人の前に料理を取り分けたエルさんは、そつのない動きでテーブル中央の豚に似た動物の丸焼きの解体にかかっている。

 テーブルに並ぶ料理は、大半が肉料理だった。

 血のワインとか生き血とかがあふれかえってるシーンを想像していただけにちょっと拍子抜ける。

 吸血鬼の食卓というよりは神々を饗応する湯屋のごちそうみたいな。

 これはもしかして、私の想像力の貧困を表しているのだろうか。

 丸焼き以外の料理のほとんどは、どう調理したのかもよくわからないものなんだけど。

 そんなことを思いつつカメラを構えたが、写真を取り始めると雑念はすぐに消えた。

 なにしろファインダーの向こうに推しがいる。

 それでテンションあがらないオタクはいないよね?

 なによりも超高画質なうえ、限定された数ショットとかじゃなくて撮り放題ですぜ旦那…これはもう推しのベストショット中のベストショットを撮る責務が私には課せられているのだ!

 大いなる使命を胸にありとあらゆる角度で食事風景や料理を撮っていると、ふとファインダー越しに目があった。


「あっ、すみません…調子に乗りました…」

「いや構わない。ずいぶん仕事熱心な記者だと思っただけだ。名前は、あきらだったね?」

「はい!」


 昨日名乗ったばかりで記憶に新しいとはいえ、推しに名前を覚えてもらえるというのはかなり嬉しい。

 返事にも力が籠もってしまう。

 分厚いステーキを大きく切り分け、はむり、と品よくフォークを口に運んだ後、咀嚼しながら皇帝が不思議そうに首を傾げた。


「僕の写真など誰も喜ばないだろう?」

「そんなことないです! 陛下にはファンも多いです!」


 いやこっちの世界ではどうかはちょっとよく知らないけど、少なくともゲームファンの中の人気はそれなりにあった。

 あったはずだ、うん。


「陛下はメディアがお嫌いですか?」

「どうしてそう思う?」

「あまり露出を好まれないようなので…」

「ああそれか」


 皇帝がちょっとの間手を止める。

 少し考え込むように遠い目をしてから、わずかに苦笑した。

 なにそのちょっとニヒルな笑みは。好き。

 見た目は年若い印象が強いが、さすがは1500年を生きる吸血鬼、渋みすら感じる。

 ギャップ萌えやばい。


「僕が好まないのではないよ。僕は…怖がられているようだからね。ま、それも当然なのだろうが」

「陛下?」

「強すぎる存在は、力なきものには恐怖の対象でしかない。存在そのものが懼れられるというのはよくあることだ。僕は、己がこうであると自覚したときから、それも覚悟しているよ」


 なぜだろうか、とても寂しく見えるのは。

 もしかすると私がそう思うだけかもしれない。

 だって私が同じ立場ならきっと、寂しくてたまらない。

 でもこの人は、もうそんな境地すらとっくに通り過ぎているかもしれないのに。

 それでもなぜか胸の奥が疼く。


「そんなことは…陛下は本当は優しいと、知っている人は知っています」

「僕が優しい?」


 驚いた、という顔をされた。

 いやそんな心底驚かれても、こっちも困るんですけど。


「えーと…100年ほど前、ある魔界を攻めたときに、陛下の幕舎に渡り鳥が巣をかけたことがあったでしょう? 進軍する際陛下は、巣を壊すのは忍びないと、幕舎を取り払わずにいったと聞いています。それは、優しさではありませんか?」

「よくそんな話を知っているな」


 いや、普通の取材じゃ出てきませんけどね。

 これはゲーム内でエルさんが語ってくれるエピソードの中にあった。

 この二人、お互いのことを主人公に語るときにすごく嬉しそうな顔するんだよね、だから余計に二人セットで好きになったんだけど。

 ちなみに幕舎は、幕に覆われた持ち運び可能な、大がかりなテントのような簡易宿舎だと思ってくれればいい。


「だが、それは僕の身勝手だよ」

「そんなことは」

「あの鳥が巣を掛けるのは、出入りが頻繁にある場所なら外敵の心配が少ないからだ。ただ幕舎のみを放置されたところで、早晩強い生き物の餌食となっただろう。僕はそれをわかっていながら放置した。これのどこが優しさだ?」

「それは…」


 返事に困って、一瞬言葉がとぎれた。

 そのときの彼の心情は私にはわからない。

 何を思って放置したのか。


「でも…でも、何も思っていなかったなら、幕舎を引き払ったはずです。それをしなかった分、その鳥は生き延びる可能性が高くなったのではないですか?」

「それも含めて僕の身勝手で気まぐれだ。親切など、最後まで責任が持てないなら施すべきではないのだよ」


 皇帝の答えは思った以上に厳しかった。

 シャッターを切る手を止めて、思わず考え込んでしまう。


「それにしても、君はよくそんな話を調べ上げたな? 情報源を訊いても?」

「えっ…と…それは…」


 まずい、この情報はエルさん以外ほとんど知らないはず。

 当時の兵士たちなら覚えているだろうけど、この闇魔界の住人はほとんど外に出ないのでメディアの接触がかなり難しいのだ。

 別に秘密にしてるわけじゃないけど、前世(?)の記憶があるってのは話して大丈夫だろうか…。


「そ、そういえば陛下、陛下は太陽の光も平気だそうですね? なのにどうして太陽を消してしまったんです?」


 慌てて話を逸らす。

 我ながら拙いと思ったが、向こうはそれほど追求するつもりはなかったようだった。


「僕は平気でも、ここの住人には毒だからね」

「…では、住人のために?」

「ああそうだ」


 ぽいぽいと料理を口に運びながら、こともなげに頷く様子は、味付けの話でもしているかのように軽やかだ。

 でもちょっと待ってほしい、太陽がない世界を豊かに保つのに、このひとの魔力が使われてるわけだよね?

 それってむしろ膨大な労力にならないの?


「どうして、わざわざ」

「己の庇護下にあるものが万全に生きられるように計らうのは、皇帝たる僕の役目だろう?」


 そんな平然と言われましても。

 あなた悪魔ですよね?

 悪魔って自分のためだけに生きてる、とてもとても自分勝手な生きものっじゃありませんでしたっけ?

 そりゃ契約したら主人には忠誠を誓うでしょうけど。

 ん?

 そういやこのひと、年齢は1500歳で1000年前のトーナメントで暴食の魔王を倒して大魔王の地位についたわけだけれど、皇帝になったのはいつなんだろう?


「陛下がこの闇魔界の支配者になったのは、前回のトーナメントの前ですか?」

「ああそうだ。君はまだ産まれていなかったかな? なかなかに楽しい闘いだったぞ」

「あ、そちらは映像で見させてもらいました。すごかったです…」


 防御力全振りした魔法使い100人が総力をかけてシールドを張った闘技場で、唯一ヒビが入ったのがこのときの《暴食》の闘いだったという。

 もしシールドなしであの攻撃を食らっていたらそこにいた全員どころか一つの銀河が丸ごと消し飛んでいただろうとか、それでもこの皇帝は最大限の手加減をしたのだとか、さまざまな伝説がまことしやかに流れている。

 本気でやると文字通り世界そのものを滅ぼしてしまえるのではないかとかなんとか…。


「…君は本当に僕に興味があるのだね」

「そりゃ、当たり前じゃないですか」

「今までに僕の元に来た記者は、僕の力にしか興味がないようだったがねー」

「それは…」


 皮肉を込めた声にちょっと怯む。

 そういえば、悪魔は力がすべてなところがある。

 全員がそうというわけではないだろうけれど、なにもなくても戦うのが生き甲斐みたいなのも、結構な数がいる。


「…私は、非力なコボルトなので」


 そう答えると、納得はしていないようだったが頷いた。


「君の興味に応えるには、この闇魔界の成り立ちを話しておいた方がいいようだな」


 座りたまえ、と席を手で示した後、皇帝はなみなみと注がれたゴブレットの中のワイン(たぶん)を優雅に煽った。





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