第2話 Heaven On My Minds



 闇魔界の支配者は吸血鬼だ。

 1500歳だが吸血鬼としてはまだ若く、少年と青年の間のような姿をしている。

 現役「暴食の大魔王」でもあり、ほかに強力なライバルもいないことから彼の続投が有力視されている。

 数ある魔界の中でも最大領土と富を誇り、支配域すべてを闇の世界に変えてしまった。

 太陽の出ないこの地を満たすのは、皇帝自身のエネルギーであり、まさに彼そのものが太陽といってもいいかもしれない、というか家臣たちはそう主張している。

 皇帝の名はカルロ。


「何者だ」

「大魔界タイムスから来ました」

「よし、話は聞いている。謁見の間へ」


 ゲートの先は皇帝の城の中にある「転移の間」で、入り口の番兵に声をかければスムーズに通された。

 記者特権ってすごい。

 城の中のゲートは限られた者しか使えないし、ゲートを抜けるときに自動的に認証チェックが行われる。

 ここのセキュリティは厳しいと有名だから、正規のパスさえ持っていれば安心して通り抜けられる。

 番兵の一人が先に立って案内してくれるのでついて行く。

 私は犬とヒトの中間の魔物コボルトだけと、この番兵さんはどっちかっていうとオオカミだな、ということはウェアウルフか。

 吸血鬼に従う狼男、超王道だ。

 城内はもちろん暗いが、廊下には明かりがともっているし、そもそも魔物は夜目が利くのでさほど困らない。

 たぶん人間だったら、ここかなりのホラースポットなんだろうな。

 廊下には甲冑や絵画などの美術品が飾られているあたり、ヨーロッパの古城に雰囲気は近い。

 番兵のゆらゆら揺れるオオカミしっぽを眺めながらしばらく歩くと、金で装飾された大きな扉の前にきた。

 これがかのアルコン城の謁見の間…。

 ゲーム内では何度か見ていたが、実物は迫力が違う。

 装飾は力強くも優美で、人間業では再現不可能だ。


「失礼いたします」

「入れ」


 番兵さんがかけた声に反応したのは、たぶん向こう側にいる衛兵さんだ。

 重々しく扉が開くと、荘厳な空間が目の前に広がった。

 やばい。

 テンションやばい。

 本当に、あの世界にいるのだという実感が今更になって沸き上がる。

 夢だろうが転生だろうがなんでもいい、というか転生であってほしい。

 だっていま、重々しい玉座に推しが座ってる。

 麦藁に近い短い金髪に、高貴な魔物の証でもある翡翠の瞳。

 大人でも子どもでもない中途半端な年齢特有の頼りなさというのはまるでなく、むしろ雄々しく気高いオーラで圧倒する、強者の姿がそこにある。

 推しが尊い。

 そして皇帝カルロの隣に控えて書類を受け取ったのは、私の最推し、エルだった。

 ファンの間では「おじさま」とも呼ばれる彼は皇帝の侍従で、まぁ執事みたいなものだと思えばいい。

 見た目は40代後半ほどだが、カルロの半分も生きていないという。

 人狼と淫魔のハーフで、本来なら昼は男、夜は女の姿になるのだが、この闇帝国では昼がないためにバランスが崩れ、男で固定されているらしい。

 エルというのは愛称で、男女それぞれの名前の頭文字がLだから、というのが公式設定だ。

 亜麻色の髪にアイスブルーの瞳が理知的で、口元を覆う髭がセクシー、ともっぱらの評判である。

 どういういきさつでカルロに仕えることになったのかは不明ながら、主人に献身的で健気な姿が人気がある、主に私の中で。

 (見た目)年上、健気、意外な可愛さ、という私の性癖を抉りまくってくる。

 ゲームがリリースされてまだ半年ほどだが、この二人メインで3冊ほど同人誌を出したし、ネット上ではもっとたくさんの創作物を量産している。

 あ、もし前世で死んでるんだとしたら、私のサイトとアカウント削除してもらう手配してなかった…今からでも戻れないかな…無理だろうな。


「君が大魔界タイムスの記者だね」


 一瞬意識が飛びかかってたのを引き戻したのは、皇帝の凛とした声だった。

 うわぁ、当たり前だけどゲームと同じ声だ。


「は、はい。あきらといいます。『暴食』の大魔王の担当になりました。どうぞよろしくお願いします」


 慌ててお辞儀をする。

 くすり、と笑う気配がして恐る恐る目を上げると、ゆったりと足を組んだ皇帝が微笑を浮かべていた。


「そう畏まるな。いかな僕が『暴食』の大魔王といえど、いますぐとって喰やしない」


 その口調には面白がる色がある。

 彼が暴食の大魔王である所以、それは彼が自身の食欲のためだけに領土を広げるからにほかならない。

 吸血鬼である彼の主食は、当然生き血だ。

 特に好むのが人間の血だった。

 彼は、魔王たちの中で唯一人間界にも領土を持つ。

 人間界はそもそも、魔界と天界の中間地点にあり、なおかつ人間は魔力を持たず文明も未熟であるため、協定により不可侵の地とされている。

 しかしその唯一の例外が、カルロだった。

 彼は自らの食欲を満たすためだけに、魔界と天界すべてを敵に回してもおかしくない行為に手を染め、反対勢力をすべて力でねじ伏せた。

 これが人間界だったらまず間違いなく糾弾されてしかるべき行為だし、間違いなくどこぞの大統領的なヒトに「ならずもの国家」呼ばわりされてるはずだが、そこはやはり魔界、力ある者の言葉がすべてになる。

 (このあたり公式設定矛盾してないか、と密かに思っているけど、公式に文句を言ってもどうしようもない)

 だから、魔物を含むすべての生き物は彼の「食糧」でもある。

 私のようなコボルトも、彼の気まぐれでいつ餌にされてもおかしくはない…まぁ推しの血肉になれるならそれはそれで…いかん、この思考は我ながら気持ち悪い。

 急いで頭を切り替えて、皇帝を見上げる。


「寛大なお言葉、ありがとうございます。トーナメント終了まで、お世話になります」


 トーナメントは3ヶ月後の新月の夜に最終日を迎える予定だ。

 そこで7人の新大魔王がそれぞれの座につくセレモニーが行われる。


「ああ。必要なことはすべてエルに言えばいい。城内に君の部屋を用意させる」

「は?」

「どうかしたか?」

「い、いえ…そこまでしていただくわけには」

「毎日通うのも面倒だろう」

「え、と…」


 つまりこの巨大なお城に泊まっていけと?

 まじですか?

 え、一介の記者に対して厚遇すぎません?

 いや、いやいや、ここは辞退しよう、取材相手にはあくまで公平に接しなければ…推しとはいえ贔屓するわけにはいかない。

 審判でも審査員でもないけれど、私の記事は「審判者」の判断材料の一つになる。


「ありがたいのですが、私は公平な立場から報道する義務がありますし…」

「どうせ僕以外の候補者が勝つ可能性など万に一つもない。いまさら結果に変わりはない」

「それは…確かに…」


 一応報道の公平性を盾にしてみたものの、正直この魔界に純粋な力で彼にかなう悪魔がいるとは思えない。

 なにしろたった一人で並の悪魔や魔物百万匹単位を一瞬で消し去ったという逸話すら持っている。

 むしろ彼が「強欲」ではなかったのを感謝するべきなのだ。

 自身の食欲さえ満たされさえすれば、非常に紳士的な貴人なのだから。

 「彼が望みさえすれば、魔界はおろか天界すらもその足下に下るだろう」というのが、嘘か本当かは知らないが彼が産まれたときの占いの結果だそうだ。

 トーナメントなど行うまでもなく、結果は目に見えている。


「…わかりました。お世話になります」


 反論の種も尽きて頭を下げる。

 この瞬間、推しカプとの同居(概念)が決定した。






(私の心は天国に)

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