腐女子ですがRPGの世界にモブ転生しました
@shigechi
第1話 What's The Buzz?
世の中に、転生する先はだいたい2パターンに分かれると思う。
一つはいわゆる乙女ゲーム。
もう一つは「異世界」。
どちらにも共通するのは、魔法が使える世界であること、だろうか。
魔法が存在しない世界への転生は、歴史転生ぐらいだと思う。
歴史転生とかタイムトリップなら私もしてみたいけど、歴オタとしては推しがイメージと違ったらそれはそれでショックかもしれないので悩むところ。
とはいえ、オタクなら一度は想像するのではないだろうか。もし異世界に転生したら?と。
チートスキルや前世の知識を使っての無双、はたまた悪役令嬢に転生しての破滅回避に逆ざまぁ…まぁやりたいことは多々ある。
私の場合は…。
「推しカプを見守りたい…」
そう、私は腐女子というやつだ。
三十年以上生きてきた人生の半分以上を腐女子として過ごした。
男性同士の恋愛が大好物、好きなキャラとキャラをカップルにしてきゃっきゃうふふする様子を眺めてニヤニヤ楽しむ…という人種だ。
別に男同士に限らないけれど。
好きなキャラとキャラがいちゃいちゃしてれば幸せだ。
推しカプの行方を見守れるなら命を投げ出しても惜しくはない。
それがオタクとしての私の基本だった。
だったはずなのだ。
「…というわけで、7大魔王選抜トーナメント、暴食の担当は君だ。初めての大きな仕事だが、頼むぞ」
頭は鹿で体はヒトに近い、半獣半人の巨漢に声をかけられ、私はめいっぱい頷いた。
「任せてください!」
「わからんことがあれば先輩でも俺でも訊け。ま、暴食はおそらくほぼ決まりだろうから楽な仕事だ」
「はいっ!」
7大魔王選抜トーナメント。
千年に一度大魔界で行われる、魔王の交代イベントだ。
いわゆる「七つの大罪」を司る大魔王は、魔界の均衡を保つ存在。
トーナメントには魔界中の悪魔がエントリーして、その座を奪い合う。
たまに天使や人間も混じることがあるが、大半は悪魔なので汚い手も使い放題だ。
ここは、RPG「大罪の審判者」から派生したスマホアプリゲームの世界。
真面目な話、気づいたときにはこの世界に迷い込んでいた、それこそ不思議の国のアリスよろしく。
「気づいたとき」というのは少々語弊があるかもしれない。
なにしろ、私には前世の記憶がある。
人間だった頃の最後の記憶は、トラック事故でもなく過労死でもなく、ただの病死だ。
しかも流行性ウィルスによるやつ。
普段そんなに流行りものを気にしないのに、こんなところで流行りに乗りたくなかった。
とはいえ、40度近い熱で意識が朦朧として息苦しかったはずが、目が覚めたら綺麗さっぱり苦しさは消えていた。
一瞬全快したのかと思ったが、それにしては部屋があまりに違いすぎる。
だって私、部屋に植物とか置いてなかったと思う、特に不気味な歯がついたうねうね動いてる奴は。
なにあれ、オードリー2? それともパックン? もしくはデンドロパクパク?
え、私いつの間に「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」の世界にきたの?
そんな疑問が頭をよぎったが、まさか食人植物が実在するはずもない。
それなのに、そいつは実にリアルに、こちらに迫ってくる。
やばい、食われる。
「…っ、伏せ!」
間近に迫ったとき、思わず発した声に、その植物?はとたん動きを止めた。
お、言葉が通じる?
なんか、歯のついた頭っぽい部分を床に近づけて…伏せ…?をしている…?
しかも、きゅーん、とか鳴いてる…え、こいつ鳴くの?
この体のどこに声帯あるの?
そろそろと手元に近寄ってきて、そいつは私の手に身をすり寄せた。
お前は犬か。
そんなことを思ったとき、違和感に気づいた。
「…私の、手?」
やたら爪が伸びている。
伸びているというか、鋭い。
まるで獣のような…。
ハッとしてベッドの上に起きあがった自分の体を確認する。
おおう、なんか…半獣になってる!
しかもこれ、見覚えあるぞ?
慌てて鏡を探すと、犬っぽい耳をつけた少女がいた。
あー、これ知ってるわ、このデザインあれだ、「大罪」のモブキャラだわ、確か種族はコボルト。
「大罪」には名前のあるメインキャラのほかに、モブキャラを生成して部隊に編成することができる。
あれだ、モンスター捕まえる系のゲームでいうところの、人間のメインキャラと途中で捕まえた野生のモンスターとを一緒に育成したりできる感じ。
キャラのデザインは種族によって決まっているが、100種以上いてパラメーターも結構自由にいじれた。
メインキャラそっちのけでカボチャ大王みたいな見た目の悪魔をひたすら愛好していた時期もあった…。
鏡を見てゲームの知識を思い出していくうちに、このキャラクターのことも思い出した。
この子は、私のアバターでもあった子だ。
炎魔法の系統なので髪や目は全体的に赤い。
「大魔界タイムス」の新米記者で、名前は私の名前をひらがなにした「あきら」。
同時に、私が「アバター」なるものを生み出したきっかけも思い出してしまった。
「…これは、夢なのかな」
軽く頬をつねるが、普通に痛い。
きゅーん、と鳴きながらオードリー2もどきがすりすりしてくる。
犬もどきが犬っぽい植物?を飼うとかどういうコントだろう。
あ、ちなみにオードリー2というのはミュージカル映画「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」に出てくる禍々しい植物だ。
見た目を裏切らず、ちゃんと人を襲って食べる。
古い映画なので特撮はいささかチープながら、曲がとてもいいホラーコメディーなのでぜひ見てほしい。
特に歯医者のイカレっぷりが最高だ。
「あ、そっか、トムのご飯あげなきゃ」
そうだ、このオードリー2もどきの名前はトム。
「あきら」のペットだ。
種族名はマンドレイクで、「あきら」が取材先で懐かれて飼っている、んだったはず。
よくそこまで設定作ったなぁ私…。
ちょっと感心しつつベッドから出てトムに餌(ペットフード的な奴だ、彼の好物の血の滴る生肉は高いのだよ…)をあげつつ、自分の出勤準備をする。
今日は初めての大仕事を命じられる大事な日。
装備一式を確認して、私は急いで家を出た。
さて、「私」の設定が私の作ったそのままだとしたら、この世界は夢ということになる。
だとしたらものすごくリアルな夢だ。
てゆーか、まじでアリス状態じゃないかこれ。
本当は病死じゃなくて、病床で見ている夢かもしれない。
ハピエンに持ち込めればちゃんと目覚めるけど、もし夢の中で死んじゃったらリアルでも死んじゃうとか?
それはちょっと遠慮したい。
でも、もし夢だとしたら推しに会える。
それはそれで楽しみだ。
私はあまり推しが夢に出てくることがないタイプなので、珍しい体験だ。
ちょっと、いやかなりワクワクしている。
それに設定を作った覚えはないけれど、ちゃんと会社までの道に不安もないし、これまでの「あきら」としての人生…魔物生?のあれやこれやも思い出せる。
すごく凝った夢だなー。
でも、私は今まで、夢の中で夢だって気づいたことあったかな…?
そんなことを思いながら、足取りも軽く瘴気渦巻く魔界を駆け抜けた。
7大魔王を決める方法は三つある。
ひとつは金。
ひとつは人望。
もう一つは純然たる力。
金がものをいうのは強欲の魔王。
その地位のためにどれだけの財を積めるかが問われる。
人望…悪魔に人望というのもそぐわない印象だが、「他者の心を操る」と考えれば人気投票の意味もわかるだろう。
こちらは傲慢と嫉妬、色欲の魔王が決められる。
そして純然たる力は、そのままの意味だ。
ライバルを打ち倒してしまえばそれで勝ち、ある意味もっともシンプルで悪魔らしい。
これは憤怒と暴食の魔王。
おや、七つの大罪のはずだが六つしかないぞ、と気づいたあなたは注意深いヒトだ。
最後の一つ、怠惰の魔王を決めるのは少々特殊であり、このゲームの根元でもある。
つまり、「審判者」として召還された人間が選ぶのだ。
なにしろ怠惰だ、放っておけば何もしない。
エントリーだって立候補するはずもなく、力のある魔王たちの他薦となる。
そこまでして選ぶ必要があるのかと言われれば、七つの大罪の魔王がすべて揃っていることに意味がある、と答えるしかない。
ちなみにこの辺の知識は、魔界では一般常識だし、ゲーム的には最初のチュートリアルで説明される。
ゲームの主人公は、「審判者」なのだ。
彼あるいは彼女は人間界からある日突然ランダムに、完全無作為で選び出されて、本人の同意なしに召還される。
めちゃくちゃ横暴なシステムで、もし本当に実在したら人権委員会に直訴するところだ。悪魔にそんなもの通用しないけれど。
裁判員だって無作為抽出だけど、辞退の権利はあるのに。
しかも審判者は間違った魔王を選ぶと命がない。
理不尽すぎる。
魔王候補から気に入られていると、正しい魔王を選んだときに元の世界に返してもらえることになっているらしい。
ソシャゲなんでまだ最終回まで本編が進んでないから、実際のところどうなるのかはわからないけど。
あと、元祖乙女ゲーみたいって思ったあなた、私それプレイしてないけど確かにちょっと似てるのかもしれない、召還のいきさつについては。
ただし、「大罪」は乙女ゲームじゃないから魔王候補たちと結ばれるエンドは(たぶん)ないし、そもそもパートナーが公式にいるキャラだって半分くらいはいる。
色欲の大魔王候補の一人のフルール姉さんなんかは、シャイで逞しいキングさんを常に従えている。
まぁフルール姉さんも両性具有疑惑あるから問題はないというか、そもそもこの世界は同性愛・異性愛の差異にあまり意味がない。
さすが悪魔、むしろソドミーなんてお手の物?
ゲームの対象年齢が9歳以上なんで、直接的な表現はないけど。
あ、いい子のみんなは「ソドミー」って言葉を使っちゃだめだよ、男性同性愛行為に対する侮蔑的な言葉だからね。
詳しく知りたいヒトは「ソドム」で検索してね!
おっと、横道にそれすぎた。
そんなわけで、この世界はヒトである「審判者」には大変理不尽すぎる世界ではあるのだけれど、私はもともとこの世界の魔物ということになっているので、その辺の理不尽さは体験せずにすみそう。
「さーて、お仕事がんばりますかね!」
ようやくたどり着いた各魔界を移動するための転送ゲートの前で気合いを入れて、ゲートパスを取り出した。
このゲートパスは記者専用で、ものすごくいろんなところに行ける権限が付与されている。
各魔界の中枢部とかよっぽど力のある魔物のテリトリー以外なら問答無用でゲートを開いてくれる優れものなのだ。
これ、前世でもここまでのフリーパスは入手できなかったぞ…魔界すごいな。
そうなのだ、私の前世は記者だった。
といっても「あきら」のような前線で取材するやつじゃなく、雑誌の編集者兼ライター。
素人相手のアンケート企画とか、裏方の関係者の取材とか、そういうところで記事を書いていた。
ハードな毎日だったけどそれはそれで楽しかったし、いつかは自分で企画を立ち上げたいとがんばっていた。
中小出版社の弊社ではブラックということもなく、上司も気が合う人だったし、同僚たちも優しかった。
恋人…は、別れたばかりだったけど、それ以外は何の問題もない、順風満帆の人生だった。
「私、この仕事本当に好きなんだな」
ゲートをくぐりながら改めて思う。
小さい頃から読むのも書くのも大好きで、プライベートでも二次創作や一次創作を楽しんでいた。
下手ながら絵も描いた。
満たされていたのだ、ただの一点を除けば。
思考が不穏なものに触れかけたところでゲートを抜ける。
その先は、今回の私の取材相手にして最推しの治める魔界、太陽の昇らぬ帝国「闇魔界」が広がっていた。
(このざわめきはなに?)
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