第2話

「それより聞いてよ」

「なんだよ」

「僕、トモは生きてないんだ」

「突然だな」


 作家になった話とは違い嘘だとわかるけれど、対処に困る。

 こちらの考えなどお構いなしで彼は言葉を繰り返した。


「僕は死んでる。アンダースタン?」


 ネイティブぶったカタカナ英語で同意を求めてきた。

 困惑こそするが、課題レポートの気晴らしに、この話に付き合ってみるのも悪くない。

 付き合う合図として、俺はこたつ台の上に置かれたもう一缶のビールを開けた。トモはにんまりと笑みを浮かべ、俺が手に持つビール缶に乾杯してきた。


「死因はなんだ?」

「これから考える」

「いや考えてないんかい!」

「死は予測できないのが常識でしょ」

「口ありの死人お前がそれを言うか」


 堂々と胸を張って言えるのが不思議だ。死にたいじゃなく、死んでるから始まることなんてあるか、普通? トモだからあり得てしまう。


「じゃあ訊き方を変える。きっかけは何?」

「僕は制服デートしたことある奴ら皆滅べばいいと思ってるけど滅びないから、僕が先に滅ぼうと思う」

「死人は寝てくれ」

「大真面目な話なんだけど」

「真面目な話で制服デートを持ちだすわけあるか!」

「僕だって制服デートさえしていれば、二十歳の大晦日に君と二人きりで過ごしやしないよ!」


 バツの悪そうな顔に浮かぶ彼の目が力強い。

 制服デートが気に食わないと言ったそばから、制服デートをしていればって、お前言ってることめちゃくちゃだからな? あと大晦日に二人きりで過ごす虚しさはお互い様だと思うぞ。


 トモは立ち上がり、缶ビールを高々と天井に向かって掲げている。どうやら目尻にたまった涙を流さないよう堪えているらしい。


「ああ、あのときの僕への報いか!」

「下手な芝居いらないから。作家の卵になったんだから結果オーライだろ」


 トモは俯き、押し黙った。俺の指摘が気に食わないのが伝わってきた。

 いつも俺はトモの話を聞くだけ。たとえ意見が異なっても反論はしてこなかった。自己完結してるから反論するだけ無駄だと知っているためである。


 じゃあなんで今日は反論するのか。それは自分でもよくわからない。酔っているせい、ということにしたい。


「俺ならそう思うって話だ。お前には結果オーライじゃないんだろ」

「……制服デートについて考えることと作家になること、どちらが人生で大事かなんてわざわざ口にするまでもない」

「現実的に考えれば後者だな。理想は定職を持つことか」

「君の理想は小さくてつまらないね」


 俺はいつものように耳を貸す姿勢に戻そうとしたが、トモはあぐらをかき、あからさまに拗ねた態度を取った。普段聞く耳を持たないトモが、俺の言葉に反応し、ダメージを受けている。立場が逆転していた。


 戸惑いながら、「そこまで制服デートに拘る理由を知りたいね」と話を振る。

 彼は覇気のない声で語りだした。


「僕は創作が好きだ。創作で描かれる制服デートと現実の制服デートには大きな差があることを知っている。断然に前者のほうがすばらしく多幸感に満ちてることも、現実があの理想に遠く及ばないことも理解している。けど、理屈ではわかっても、僕は目を向けないなんてできない。自分だって青春らしいことをしてみたかった。放課後、可愛い女子と手をつなぎたかった。漫画の主人公みたいなこと、してみたかった。誰もが人生の主人公は自分だと思ったはずでしょ!?」


「お、おう……」


「でも考えてよ。告白したら瞬く間に噂が広まってからかわれる。学校がそういう世界だと僕たちは知ってる。わざわざ嫌な思いをするために恋愛なんかしたくない。おまけに校則には恋愛を認めないとある。


 だから自然と現実の女子は可愛くないし、世界もそう操作してるんだと自分に言い聞かせる。だから僕のいる世界に好みの女子はいないと思い込む。そんな恥ずかしいことばかりしていた」


「その発言も恥ずかしいと思うが」


 拗ねているトモに、俺も覇気のない声でツッコミを投じた。

 彼は俺の言葉なんて聞いてなかった。おもむろに手を伸ばし、空気中で手のひらを握った。空気を掴む彼の手には何もなかった。


 何ごともなかったかのようにその手を下ろすと、「そうやって目を背けてる間に高校生活は終わった」とトモは口を開いた。


「制服デートのチャンスは生涯たったの六年。青春漫画を読んで知ってるはずなのに、僕が本当に気づいたのは大学受験が終わった後だった」

「……」

「それでわかったんだ。制服デートをする奴らはすごい。今を楽しめる。ちゃんと今と向き合うことができてる。そんな奴らが人生の勝ち組にならないわけがない! でしょ!」


 徐々に喋りが速くなり、我慢しきれなくなったトモは俺の両肩をガッツリ掴んだ。勢い任せの力に押され、俺が持つビール缶からぽちゃん、跳ねる音がする。


「この際、理屈はどうでもいい。僕はあいつらが憎い! 青春を謳歌した奴らが嫌いだ!」


 すごいと称賛したり憎んだり、めちゃくちゃだ。でも、それで制服デートしたことあるやつらに滅んでほしいとか云々の願いにつながってるわけだ。

 ……制服デートをすればいいだけじゃないだろうか。


「恋人を作ってコスプレさせるとか?」

「ばかばかしい」


 俺の軽いノリで提案したそれをトモは一蹴した。彼の拗ねた表情は真顔へと変化する。


「あれは邪道だ。惨めな大人のすることだ」

「惨めか」

「惨めだね。大人そのものが惨めなのに余計に惨めになるなんて不快でしかない」

「そんなに大人が惨めか。何があったんだよ……」

「何もないよ。あの頃も今も何もなくて怖くなるほどにね」

「何もない?」

「そう。きっと僕には青春の資格がなかったんだ」


 寂し気に吐露したトモだが、熱く語っていたせいで汗をだらだらとかいていた。こたつの電源を切ろうと俺の両肩から手を放した。

 熱で溶けそうな俺は舐めるように酒を飲む。


「問題はここからだ。僕の青春する資格がなくなったのは、誰が悪いのか。まずは僕自身の怠慢さだろう。でも僕だけじゃ説明がつかない。では誰か。わかるかい?」

「さ、さあ」


 首を捻って先へ促す。


「地球だよ。何十億もの人々が存在するなか、僕が惚れ込んで病んでしまうような女子に出会わせなかったのが諸悪の根源。おのれ、地球。いくら人間が環境破壊をしてるからって、人類に、しかも僕から制服デートという青春のビッグイベントを奪うことはないじゃないか。そんなに地球は僕を嫌うか!」


「そんな横暴な理論……」

「そういうものなんだ!」


 酒焼けと熱弁でトモの声が掠れていた。駄目だこりゃ。完全に酔いが回ってるよ。

 呆れた俺が首を横に振るとトモは肩を落とした。

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