第2話 謎のメモ用紙

 翌日の放課後。

 特に変わったことは無いとは言えないが、一つ上げるなら何かと目線がこちらへ向いている気がする。自室の物や書籍、ゲームといったものから推測するに、あまり俺とさほど変わらないような人間で、担任や教科ごとの教師らからは特に変わったようなことも言われていない。不思議がられてはいない。そのはずなのに、なぜか目線を感じる。

 帰ろうとしたところに詩織がやってきた。


「あーちょっといい? 一緒に来てほしいんだけど」

「何かあったのか?」

「誰でもいいんだけど、頼める人がいなくて暇かなと思って」


 言われるがまま、詩織に付いていく。

 三階まで上がり、廊下を歩く。地味な青色のタイルに挟まれた白いタイルに目線を落とす。左側通行なのか右側なのかとどうでもいいことを思ったのだが、周りを見るに守っている生徒らしき人はいない。ただのデザインらしい。


「ところで記憶喪失とは言っても、勉強とか大丈夫なの?」

「それなりに勉強は出来る」

「そういう意味で言ったんじゃなくて……勉強が出来るならそれでよしなのかな」


 ひとしきり歩くと既に人の気配は無くなっていた。外を見ると、向かいには一般棟が見えている。俺が出発した二階にある教室の目印になる掲示物も見切れているが確認できた。

 振り返り、上にかけてある両隣の教室の名前を見る。ここは特別教室がたくさんある特別棟とでも呼べばいいだろう。ちなみに連れてこられたのは、資料準備室だった。そんなところに俺は何をさせられるのか。

 事前に詩織が借りていた鍵を使い、閉まっていたドアをスライドさせる。

 中は綺麗ではあるものの雑多とした感じで、棚の上においてあるものは埃がかぶっていたりしている。今まで掲示して聞いたポスターや使われなくなった道具。中には紐で綴じた草紙まで色々とある。


「なんかすごいな」

「資料準備室だからね。資料がいっぱいあるのも当然」

「こんなところへ連れてきて何をするつもりだ?」

「さっきも言ったでしょ? 頼むことがあるの」

「その頼むことってのはなんだ」

「わざわざ、この教室を借りてまでするようなことではないんだけど、今月中に部員が集まらないとこの教室を使えなくさせると言われちゃって」


 腕を少しだけ擦るような行動をしてから恥ずかしそうに言った。


「なるほどな。つまりは、人集めを手伝ってほしいと」

「端的に言えばそう。分かってくれると思ってたよ」

「ただ、その集まりがなんなのかだけ教えてほしい。そうでないと集めようにも集められないだろ」

「そういうわけだから、ここに連れてきたの」

「もしかしてその机の上に乗っているそれか?」


 冊子を手に取り、中身を見る。


「日誌……いや、文集か?」

「日誌であってるよ。ただ、それは日誌であって部活に関係はあるものだけど今回は関係ないの。その集まりは……と言っても今は私だけしかいなけど、私は謎研と呼んでる」

「謎研か……。まあ詳しくは聞かないでおく。なあ、俺もそれに入れてくれないか?」


 もしかしたら、この入れ替わりについても分かるかもしれない。そもそもの話、俺の本体がどうなっているのか分からないが。


「別にいいけど、本当にいいの? 部活じゃなくて有志の集まりなのに」

「ああ」

「あとは最低でも一人ね。ここまで連れてきて、話もして、手伝ってまで言ってからこれを言うのもあれなんだけど、入ってくれたからこの件はなしでいいわ。どうしてなのかと思うかもしれないけど、一人だけはあてがあるし、入ってくれるとは思ってもいなかったから。人数は最低三人いればいいと聞いているし」

「なら、もう少しこの日誌とやらを見せてほしい」

「だったら今日はもうお開きね。鍵は閉めておくから」

「ありがとな」


 俺は一足先に準備室を出て、帰路をたどることにした。


 歩きながらページをパラパラとめくる。危ないとは分かっているが、昨日歩いた限り、車通りが少ないというよりもゼロに近い通行量だ。安全に気をつけていれば大丈夫だろう。


「入学式にゴールデンウィーク、夏休みに文化祭か。思ったよりも普通の日誌だな」


 表紙には日誌とは書いてあるが、日誌に鉤括弧が付いており、あたかも日誌だけではないものがあるように思える。


 最後のページになにか挟まっていたのか、ひらひらと折りたたまれた一枚の紙が落ちる。

 その紙を開くと、


『旧校舎二階。理科室。北から三つ目の机の引出しに忘れ物』


「……メモ?」


 それにしても遠回しな書き方はまるで自身のものではなく、友人にちょっかいを入れるような書き方をしている。

 謎は深まるばかりだが、これは詩織に渡しておいた方が良さそうなものだな。


 日も暮れ、飯風呂を済ませ、ベッドに横になりながら先ほど手にしたメモ用紙をもう一度見る。


「旧校舎で理科室か。俺が勝手に特別棟と呼んでいただけで元々は旧校舎なのかもな」


 トントンと扉が叩かれすぐ扉越しに、


「あにぃ。起きてる?」

「起きてるよ」


 入ってきたのは俺の妹ではないが俺の妹だ。帰ってきた時にはツインテールだったものの、今は完全オフとなり髪は下げパジャマ姿で登場をしてきた。


「ボールペン余ってない? 余ってたら欲しいかも。ちなみに赤色が欲しいかも」


 ちょうど出していた筆箱の中から取り出して渡す。


「これで良いよな」

「ありがと。それとさ、昨日も思ったけどちょっと変わったかも」

「気のせいだろ。はい、帰った帰った」


 適当にあしらい、一人の空間をもう一度作る。


「メモはとりあえず返す。手間を省く前に俺がそれを取りに行ってから返すか」


 口に出しながら確認すると、忘れにくいと勝手に思っている。無意識に行動をして、後々確認する際に不安になったりすることが多々あったことから、たまにやったりする。


「……どうでもいいけどな」

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