第101話 最終話 変わらぬ日々


 キャロラディッシュが夢幻の未来を視たあの日から、二ヶ月程が経った。


 二ヶ月もの日々が過ぎてキャロラディッシュ達の暮らしは……特に変わりはなく今まで通りに過ぎていた。


 キャロラディッシュも猫達も、ソフィアもマリィ達も今まで通り……そう、大陸に帰るはずだったマリィも変わりなくキャロラディッシュの屋敷に滞在し続けている。


 その理由は大陸の情勢が不安定化したことにあった。

 大小様々な国が割拠する大陸は、これまで邪教という共通の敵と戦うことで手を取り合い、お互いを尊重し合う日々を過ごしていたのだが……その共通の敵が失われたことで、以前は許せたことが許せなくなり、我慢出来たことが我慢できなくなり……今まで保っていた均衡を失いつつあったのだ。


 特に軍や騎士、兵士達がその存在理由を見失いつつあるのが問題だった。


 各国は邪教と戦うために相応の軍事力を有していたのだが、邪教がなくなり平和な世界になったとなれば、その必要性は途端に失われてしまう。


 それでも国防や治安維持など仕事はあったのだろうが……今までの規模である必要は全くない。

 軍関係者達の中にはそのことを歓迎するものも多かったのだが……全員がそうではなく、今の状態を、今の軍の規模を望む者も多かった。


 そのためには敵が必要で、戦争が必要で……意図的に騒動を起こそうとする者までいる始末だった。


 各国はそれに対処し、制御しようとするも、人類史初と言って良い『平和』という状態に不慣れなためか、どうしても上手くいかず……そんなきな臭さが漂う大陸に戻るよりも、キャロラディッシュの屋敷での滞在を続けた方が良いだろうと、そういうことになったのだった。


 その判断を下したのは誰あろうマリィであり、祖母グレーテもマリィの成長ぶりを見て反対するどころか賛成して……そうしてキャロラディッシュ達は今も変わらぬ日々を送ることが出来ていた。


 一つ変わったことがあるとすればそれは……屋敷の側に、かなり離れてはいるが側と言えなくもない距離に離れ家が建ったということだろう。


 ビルが資材を手配し、キャロラディッシュが魔術で大方の形を整え、猫の職人達が仕上げをしたその離れ家は、屋敷に負けず劣らずの立派な作りとなっていて、主にソフィア達の勉強のためにと用意されたものだ。


 彼女達のための家庭教師を雇う決心をしたキャロラディッシュだったが、一緒に住むとなると話は別だ。

 ウィクルのような分別のある人物であれば少しの間、耐えることも出来るかもしれないが、ソフィア達が大人になるまでの長期間となるともう無理で、考えるだけでおぞましくて、思わず身体が震えてしまう程で……そういう訳で離れ家が必要となったのだ。


 家庭教師達はその離れ家で生活をすることになり、ソフィア達も授業を受ける際はその離れ家に移動することになり……勉学のための本や道具なども十分過ぎる程にその中に揃えてある。


 ……つまるところそこはソフィアとマリィのたった二人のためだけの学校ということになる。


 なんとも贅沢な話だが、外界と切り離されたこの世界で将来のために必要なことを学ぶとなったら、このくらいは必要で……あの未来を視たキャロラディッシュなりの覚悟の表れでもあった。


 これから今までとはまた別の形の激動の時代がやってくる。

 荒れ狂う激流の中をソフィア達が無事に過ごせるように……激流に惑うだろうこの国を正しく導いてくれる指導者が現れてくれるように、そんな祈りを込めての覚悟。


 ソフィア達はまさかキャロラディッシュがあんな未来を垣間見たとはつゆしらず、そうしたキャロラディッシュの変化を、良い方向への成長として受け止めていて、また学校で多くのことを学べることを心から歓迎していて……ビルが手配してくれるという教師陣の到着をまだかまだかと待ち遠しく思う日々を過ごしていた。


 キャロラディッシュとしては全くもって待ち遠しくもなんともない訳で、いっそそんな連中こなければと思う訳だが、それでも人選はビルがやってくれているし、そのほとんどがキャロラディッシュが経営している孤児院や学校の出身者となるそうだし……ギリギリ身内と言えなくもない連中であり、自分が言い出したことでもあるので仕方無しと歯噛みしながら日々を過ごしていた。


 そんな風に毎日が過ぎていって……そうしてある日のこと。


 昼過ぎ頃にビルが御者台で手綱を握る馬車が、キャロラディッシュの屋敷への道を進んでくる。


 その馬車にはビルが集めた老若男女の家庭教師達が乗り込んでおり……事前に話を聞いていたものの彼らは、馬車の窓から見える凄まじいまでの光景に、目を大きく見開き言葉を失ってしまっていた。


 常識外の大きな鳥が舞い飛んでいる、妖精のような何かが宙を舞っている、牛が服を着て歩いてフォークで牧草を仕分けている。

 屋敷が遠くに見えてきたなら、二足歩行の猫達が次々に現れては、馬車に向かって笑顔で手を振ってくる。


 一匹や二匹ではない、十も二十も、いやそれ以上の数がいて、まるで猫の王国といった有様だった。


 そうして馬車が屋敷へと到着し停車したなら……家庭教師達の雇い主で、この国の経済の要でもあり、この国一番の公爵でもあり、邪教に最後の一撃を放った救世の英雄でもあるハルモア・キャロラディッシュが姿を見せる。


 何か嫌なことでもあったのか顔中の皺を深くして、歯が割れん程に歯噛みして、その身を覆う魔力が可視化してゆらゆらと滾っていて……馬車から降り立った家庭教師達はそのあまりの表情に思わず怯んでしまう。


「もー、キャロット様ったら、そんな顔しちゃ駄目でしょうに」


 するとキャロラディッシュの側に立つ執事服を身にまとった猫がそう声を上げて、話に聞いてはいたが本当に猫が喋ったと戦慄している家庭教師達の下へと……苦笑した少女が進み出てくる。


「こんな辺境までご足労いただきまことにありがとうございます。

 お義父様は少しばかり人付き合いが苦手で、あんな顔をしてしまっていますが、私達同様、皆様のことを心より歓迎していますので、ご理解の程をよろしくお願いします。

 申し遅れましたが私の名前はソフィア・キャロラディッシュと―――」


 そう言って名乗った少女の側には騎士のような出で立ちの犬の姿があり、教師達は思わずそちらに目を奪われてしまいそうになるが、懸命に少女の方へと視線を戻し、少女の挨拶をしっかりと受け止め、そうして一人一人出来る限り心を込めた丁寧な挨拶を返していく。


「あ、あ、あたしはマリィです、ソフィアの友人です、よろしくお願い、します」


 するとソフィアと名乗った少女の後ろに立っていたもう一人の、黒いローブに黒い帽子、手に持った杖にフクロウを乗せた少女が挨拶をしてきて、教師達はそちらにも出来る限り丁寧な挨拶を返していく。


「あ、ちなみにボクはヘンリーです。

 この屋敷のことはボクが取り仕切っているのでよろしくお願いしますね。

 あ、皆様のお家はあっちですよ、あっちの離れ。

 とりあえずお一人一部屋ずつ、教室も一部屋ずつ、共通の図書室にサンルーム、食堂など生活に必要なものは用意しておきましたが、足りないものがあったらその都度言ってくださいね。

 言わないとキャロット様は動きませんから、ちゃんと言わないと駄目ですよ。

 食堂の運営やお掃除などはボク達猫がやりますが、自分でやりたい場合はそう言ってくださいね。

 猫嫌いの人は諦めてビルさんと一緒にリンディンにおかえりくださいな」


 挨拶の途中で執事服姿の猫がそう言ってきて……それを受けて教師達は、ここでの新しい暮らしが、普通ではない常識外の暮らしになることを改めて痛感する。


 それはキャロラディッシュ達にとっては当たり前の、今日まで何の問題もなく続いてきたなんでもない日々であるのだが……彼らがここでの日々に慣れるには少なくない時間が必要であり、人によってはいつまでも慣れることは出来ないだろう。


 だがそれでもキャロラディッシュは構うことなく彼のままで在り続けることだろう。

 更に年をとり、歩くこともままならなくなり、その寿命を全うするその時まで。


 そしてソフィア達もまた彼女達らしさを失うことなく、キャロラディッシュの側に在り続けるのだろう、あの夢幻の未来が示したように。


 猫達や屋敷の周辺に住まう者達も当然のようにこれまでの日々を続けていくのだろう。


 たとえキャロラディッシュの命が失われたとしても、彼の全てを受け継ぐ立派な後継者が側にいてくれるのだから。


 後世キャロラディッシュの家名はその後継者の活躍とともに世界中に鳴り響くことになるのだが……キャロラディッシュ達も教師達も猫達もそんなことはつゆしらず、ただ精一杯に目の前にある毎日を生きていくのだった。





――――あとがき


ここまでこの物語をお読みいただきありがとうございました。


魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵、これにて完結となります。

爺さん魔法使いと少女の出会いという、個人的な趣味を押し通した作品でしたが、いかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


これからもこれまで以上に頑張っていくつもりですので、そちらも応援していただければ幸いです。


改めてましてここまでお読みいただき本当にありがとうございました。



♡や☆をしていただくと、更に屋敷が賑やかになるとの噂です。

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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵 風楼 @huurou

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