第100話 未来視


 逃げ出した幹部も捕獲され、邪教が壊滅となって……世間はいつにない賑わいを見せていた。


 長かった戦争が終わった、戦地に赴いた者達が帰ってきた、各国の交流が盛んになった……新しい日常が始まった。


 戦争状態であることが当たり前の世界を生きてきた人々は、生まれてから一度も経験したことのない平和という状態を存分に楽しみ……これから始まる未知の次代の到来を心の底から喜び。


 そんな中キャロラディッシュと屋敷の人々は……いつもと変わらない日々を送っていた。


 最近の日々と少し変わったことと言えばウィクルが一族の下へと帰ったことだった。


 終戦となったことをいたく喜び、娘と一族にそのことを知らせるためにと、連絡用の魔術を残して去っていって……いずれまた娘を連れて顔を出してくれるそうだ。


 戦争が終わったとなれば各国との行き来も活発になり、楽になり、国を越えての旅行なども楽しめる時代が来るはずで……そうなればウィクルも気軽にここまで来てくれることだろう。


 ……そう、戦争は終わった、邪教は壊滅した。

 ソフィアやマリィに起きた不思議な現象の理由も判明し、その原因も壊滅し……。


 マリィは立派に成長し、ロミィという友人を得てもう孤独でもなくなり……これ以上キャロラディッシュの屋敷に居る理由も、無くなってしまった。


 それはいずれ来ると分かっていたことで、ソフィア達も覚悟していたことで……。

 二人は今のこの時間を、いつも通りの楽しい時間を、少しでも長く一緒に楽しもうと……全力で二人の時間を作っている。


 行き来は楽になったのだからまたすぐに会えるはず。

 望めばいつでも会いに行けるはず。

 だけれども今のように、一緒に暮らしていた頃のようには会えないはずで……精一杯に思い出を作ろうとしていた。


 そんな中、キャロラディッシュは……外の世界から送られてくる山のような手紙と贈り物の数々と格闘する日々を送っていた。


 キャロラディッシュのかけた賞金目当てで集まった傭兵達は、しっかりと支払われた賞金を土産に各国へと帰っていった。

 その金額はそれなりのもので……ちょっとやそっとのことでは目減りしないと思われていたキャロラディッシュの財産が国内の人々が驚愕し慌てる程に減ってしまうもので……。


 惜しむことなくそれだけの金銭を払ってくれて、それらが戦後復興や平和な時代に活発化するだろう産業への投資の原資となってくれて。


 そういう訳で各国の政府関係者や経済人から、そのことに関する感謝の手紙や、感謝の品が送られてきていたのだった。


 キャロラディッシュからしてみれば全くもって迷惑で、読まずに捨ててしまいたいような内容の手紙ばかりだったが……平和となった今、邪教という共通の敵が消えた今、各国の要人にそんなことをするのはまずかろうと、懸命に読み……適当な返事を書いてはロビンに託し、ビルの下へと送らせていたのだ。


 そんな風にサンルームで大量の手紙や贈り物と格闘していると……その中の一つ、手のひらほどの大きさの水晶が、独特の魔力を放ってきて……それを感じ取ったキャロラディッシュは「うん……?」と声を上げながらそれを手に取る。


 どうやらこれにはかなりの魔力が込められているようだ。

 尋常では無い魔力、国を挙げて作ったらしいなにがしかの魔具。


 一体全体何を込めて送ってきたのやらと、その中に込められた魔力を読み取ってみると……その水晶にはどうやら未来視の魔術が込められているらしい。


 未来視の魔術は、その言葉のまま未来を視る魔術ではない。

 こういう因果があるからこういう結果になるという、経験からの予測……経験則を元にした計算を繰り返し、人の身では決して行えない膨大過ぎる計算を魔術によってこなすことで、ありえるだろう予測した未来を映し出すものだ。


 それを作るにはとんでもない人数の魔術師が必要で、相応の金銭や魔具が必要で……水晶に残った魔力から推察するに、恐らくは何処かの国が戦争のためにこれを作ったのだろう。


 戦況を予測し有利に運ぶためにこれを作ったは良いが、あまりに高価過ぎるためにどの戦場に使うべきか、どの時期に使うべきかを決断出来ず、いざという時のためにととっておいて……とっておいたまま使わずに死蔵してしまっていたに違いない。


 であるならばこの先世界がどうなるか、平和な世界での経済がどうなるかを視れば良いだろうにとも思うが、人類が未だ経験したことのない平和が、この先どうなっていくかを経験則で導くなんてことは不可能に近い。


 出来なくもないのだろうがその結果は、まったくもって価値のない、頼りにならない曖昧な内容に終わるはずで……そうしてこの水晶は価値があるのかないのか分からない、中途半端な存在となってしまったのだろう。


 そのまま持て余すのもしゃくだから誰かに贈ってしまえ、魔術の探求者であり戦争勝利の功績者でもキャロラディッシュなら丁度良い相手ではないか。


 恐らくはそんな理由で贈られてきたに違いない。


「それならそれで、未来への遺産として死蔵したままにしておけば良いものを……。

 ……いや、その頃には魔術は更に洗練され、こんなもの無用の長物と化しているか……」


 そんな独り言を呟いたキャロラディッシュは、何の躊躇もなく水晶に込められた魔術を起動させる。


 どうせこんな老人の未来などは決まりきっている、墓に埋もれ土に還り……なにがしかの新たの生命として生まれ変わっているに違いない。


 寿命を迎える前に、そんな未来を見ておくのもまぁ悪くはないかとキャロラディッシュが水晶の中を覗き込むと……そこにはまさかの未来が映り込んでいた。


 未来……10年後か20年後かのリンディン。

 王城が王城ではなくなり、王権が失われ、人々に政治の主導権が手渡され、選挙で指導者を選ぶようになって……。


 そんな初代大統領を決める選挙に立候補しているのは一人の女性だった。

 なんとも立派なスカートドレスを身に纏い、長い髪を美しく輝かせ、凛々しく、力強く、生気に溢れた笑顔を振りまいて……王城前の広場に設置されたステージの上から高らかに政治はかくあるべしと、民衆に向かって語りかけている。


 その言葉には確かな自信と明確な論理と……人々を正しい方向へ導くだろう希望が込められていて、民衆は歓喜の声を上げて女性の言葉に応えていく。


 そんな女性の傍らには黒いドレスを身にまとった……フクロウを肩に乗せた女性がいて。

 女性の元に投げられる花束などを回収する二本足で歩く……正装を身にまとった猫達の姿があって。


 鎧姿の盾と槍を構える犬の姿があって。


 何処かで見たような者達が水晶の中には映し出されていて……キャロラディッシュはどうしようもないほどの目眩を覚える。


 これはあくまで計算によって導き出された仮の世界だ、確定した未来を視ている訳ではない。


 そう思っても、どうしても目眩を抑える事ができない。


 そうしてキャロラディッシュが目眩を感じながらも水晶を覗き込んでいると……演説を終えた女性が、一同を伴ってステージから降りていって……ステージ裏で、民衆の目が届かない所で、車輪のようなものがついた椅子に腰掛けた、シーのような妖精が周囲を舞い飛ぶ年老いた老人の下へと駆け寄っていく。


 どうしようもなくヨボヨボで、まるで枯れ木のようで、いつ死んでもおかしくない程に生気を感じなくて……。


 そんな風に弱っていても、女性達がそうやって元気な姿を見せてくれているのが嬉しいのか、笑顔になっていて。


 それから水晶は女性が選挙を勝ち抜き、この国の指導者になる所までを映し出していく。


 そうやって込められた魔力の全てを使っての未来視を……役目を終えた水晶はひび割れて粉々となり、砂となり、塵となり……サンルームの中を舞う埃の一部と化す。


「……全くもって、バカバカしい……」


 未来視を終えてそんなことを呟いたキャロラディッシュは、深いため息をついてから……誰か優秀な、ソフィアのための家庭教師をこの屋敷に招くことを、真剣に考え始めるのだった。

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