第98話 猫達の想い
「よし、今日も皆で頑張ろう!」
早朝、まだ空が白み始めたばかりの頃、そんな声を上げているのはヘンリーだった。
屋敷に住まう猫達の代表であり、キャロラディッシュと親しい猫であり……最近になって誰よりもやる気を出している猫でもあるヘンリーの声を受けて、食堂に集合していた屋敷内で働く猫達一同は、ぴしりと背筋を伸ばして『はい!』と元気な声を返す。
この屋敷の家事は全て猫達の手によって行われている。
炊事も洗濯も掃除も猫達がやっていて……この屋敷が上手く回るかは、キャロラディッシュが日常を送れるかは全て猫達の頑張りにかかっていた。
それ程の責任を背負えることを猫達は、素直に喜んでいて誇りに思っていて……ヘンリー達の先祖である代々の猫達もまたそうやってこの屋敷を維持していたのだ。
最初の猫はふらふらとこの屋敷の側へとやってきた、家を追い出されてしまった黒猫であったという。
若きキャロラディッシュは人は信じられぬが猫ならばと、その猫を保護してやって世話をしてやって……そうして傷つき沈んでいたキャロラディッシュの気持ちを見事に持ち直させた黒猫は、世界で始めての喋る猫となった。
それはあくまでキャロラディッシュが黒猫と喋りたかったからしたことであって、黒猫と対等の友人になりたかったからしたことであって、決して家事などをさせるつもりでしたことではなかったのだが、言葉と知恵を得た猫は、使用人もおらずたったの一人で何もかもが不足していて、何もかもを満足に行えなくて……このままでは確実に飢えて死ぬか、病気で死ぬかというような状態にいるキャロラディッシュを放っておけなくて、屋敷の家事を担うようになった。
……が、たったの一匹の猫では出来ることに限度がある。
言葉と知恵を得たといっても、二本足で歩けるようになったといっても、その体は普通の猫と大差無いのだからそれも当然のことだった。
このままでは駄目だ、そう思った猫は大きな声を上げて仲間を呼び集め……時には屋敷を出て敷地の外に出てまで野良猫を……住まう場の無い猫達を呼び集め、そうして言葉と知恵を持つ猫の社会がこの屋敷の中に出来上がった。
そして多くの仲間を得ることに成功した黒猫は、それ相応の試行錯誤をしながらどうにか屋敷の維持に、キャロラディッシュの生活に必要な家事をこなすことに成功したのだった。
そうやって落ち着いた生活を得たなら猫達は恋愛をするようになり、結婚をするようになり……子を産むようになり、猫の数が増えてくると、外から物を買わなくて良いようにと猫の工房が作られるようになり、工房で使う原材料も作ることにしようと畑や牧場が作られるようになり……それから何十年もの時を経て、この屋敷の今がある。
そのことはヘンリー達にとっての誇りであり、誇りある仕事に勤しむのはキャロラディッシュやご先祖様に対する愛でもあり……ゆえにヘンリー達は勤勉に真面目に毎日のように働いていた。
働けば十分な食事を得られるし、お昼寝タイムがあるし、寝床にはふかふかのベッドを用意してくれるし……時たまブラッシングなんかもしてくれるし。
何の文句もない、不満もない、理想の労働環境がここにはあり……それだけでも十分にやる気になれるのだが、ソフィア達が来て以来この屋敷には、明るさというか活気というか未来への希望のようなものが満ち溢れていて、マリィといった更なる住民を迎え入れる事ができていて……それがまた猫達のやる気を増させていた。
……もしキャロラディッシュが亡くなったらここはどうなってしまうのだろう。
そんな不安が常にヘンリー達の頭のどこかに存在していた。
キャロラディッシュは手を打っているというが、ビルさんがなんとかしてくれるというか……キャロラディッシュの死後も、それは本当に有効なのだろうか? と、不安に思わずにはいられなかったからだ。
だが今はそんな不安を感じる必要は全く無い。
キャロラディッシュの後継者たるソフィアがいるからだ。
血が繋がらずとも確かな縁を築き上げ、猫達のことが大好きで、猫達以外の住民のことも大好きで。
温かく力強く、輝きに満ち溢れた魔力を有していて。
女の子とは思えない強さがあり、芯があり……その強さでもってこの屋敷を受け継ぐ覚悟を決めていて。
自分達の未来を任せるにたる、この屋敷の主、我らが女王陛下。
ソフィアがいれば大丈夫、ソフィアが来てくれてからこの屋敷は明るくなった、ソフィアのおかげで楽しい今がある。
だからこそソフィアのためにもっともっと頑張らなければ。
今までも十分なやる気は持っていたし、それなりの覚悟と責任感でもって仕事に励んでいたのだが……今はそれよりももっと上の、満ち溢れる程のやる気と覚悟が猫達にはあって……キャロラディッシュ達が目覚める前にあらかたの仕事を終わらせようと、テキパキと、それでいて静かに、猫らしく柔軟に仕事をこなしていく。
そうして一通りの掃除と炊事が終わって、パンが良い感じに焼き上がって、牧場から搾りたてのミルクが届いたなら……身支度を整え、毛並みを整え、すらりと背筋を伸ばしたヘンリーがキャロラディッシュの部屋へと、彼を起こすために向かう。
「キャロット様~、朝ですよ~。
朝ご飯がそろそろ出来上がりますよ~、今日はキャロット様の大好きな羊肉のハムエッグですよ~。
パンも焼き立てほかほかですよ~、空のご機嫌も抜群に良いですし、いい加減起きてく~ださいっ」
それは毎日のように繰り返された朝の挨拶だった。
何十何百何千回言ったかも分からない、決り文句でもあった。
ソフィアのことはアルバートが、マリィのことはロミィが起こしてくれている。
そしてキャロラディッシュを起こすのはこの僕、灰猫グレースの孫ヘンリーなのだと、誇り高い気持ちでもってヘンリーは声を上げ続ける。
そうしてキャロラディッシュがゆっくりと、静かに目を覚ますとヘンリーは、一度満面の笑みになってから表情を引き締め……キャロラディッシュを食堂に誘導するためにあれこれと言葉を尽くして急き立てるのだった。
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