第93話 友人に負けないように


 貴族令嬢としての自覚と覚悟を持って、今まで以上の意欲を見せ始めたソフィアに刺激されて、その友人であるマリィもまた春の日差しの下、その道を極めるために更なる努力をするようになっていた。


 と言ってもマリィはソフィアと違って貴族の令嬢ではなく、あくまで大陸の森の中に住まう伝統ある魔術使いの家の子供であり……目指す道もまたソフィアとは違ったものとなっていた。


 魔具を使った魔術を極める。

 大樹の魔術を学び、扱えるようになってもやはりマリィにとってはそれが本道で、キャロラディッシュの屋敷に来てから学んだこと経験したことを糧に、その道の新たな段階へと進もうとしていたのだ。


 もう自分は森の中で寂しく泣いていた頃の自分ではない。

 ソフィアという友人がいて、キャロラディッシュという師がいて、ロミィという相棒までがいるのだから。


 一段どころか二段も三段も上を目指せるはずだと……キッチンの一画を借りて懸命に魔具の魔術の研究を進めていく。


「えっと……このハーブはこの島にしか無いものだから……これに魔力を定着させたらきっと大陸には無い新しい魔術が……。

 でもハーブそのままじゃぁ上手く魔力が定着しないし……ハーブだけで煮込んでも、なぁ。

 うぅん……」


 キッチンの竈に置かれた鍋と、その側の作業台に置かれたカッティングボードを前にして、そんなことを言いながらマリィが頭を悩ませる中……相棒であるロミィは、キッチンの裏口側のコート掛けに鎮座しながら、静かに成り行きを見守る。


 自分は魔力のことも魔術のことも全く詳しくなく、何も言えることはなく……出来ることは静かに側で見守ってやるだけ……と、ロミィがそんなことを考えていると、エプロン姿の白猫が小さな鍋を抱えながらテトテトと歩いてきて……カッティングボードの上にある乾燥ハーブの存在にその鼻の力で気付くなり、声をかけてくる。


「あら、この匂いはチャイブの変種ですね?

 良いですよー、このハーブは。お芋料理やスープ、それとオムレツなんかにもオススメですね。

 それとロウに混ぜてロウソクにするとか、石鹸に混ぜちゃうのもいいですね。

 でもまぁ、それなら他のハーブでも良い訳ですけどもー」


 キッチンで働く猫らしいそのアドバイスを受けて……ぽんと手を打ったマリィは、ロウソクは確かに良いかもしれないと頷き……白猫に笑顔を向けて「ありがとう!」とお礼の言葉を口にする。


 それは一切のぎこちなさのない、自然な流れで行われたもので……マリィがそうやって普通に会話出来ていることをロミィが喜んでいると、マリィは早速ロウソクを作るぞと準備をし始める。


 大きな鍋に砕いた蜜蝋を入れて、竈に火を入れて弱火でじっくり溶かし……溶かしながら魔力を込めていく。


 木ベラでぐるぐると鍋の中をかき混ぜ、かき混ぜながら呪文を唱え……黒いローブと帽子を揺らしながらぶつぶつと。


 ハーブと違ってロウは魔力が定着しやすく、大陸の魔術を扱う様々な儀式に置いて定番のアイテムとなっている。

 そんなロウにたっぷりと魔力を込めてからハーブを包んで、じっくりと時間をかけて魔力を馴染ませていけばきっとハーブにも魔力が定着してくれるはずだと、マリィは真剣に、呪文を間違わないように神経を尖らせながら、木ベラを動かし続ける。


 ただ魔力を込めるだけなら、この呪文は必要ないのだが……呪文を唱えることにより、呪文になっている言葉の意味を意識することにより、深い集中力を得ることが出来、魔力を込めるべき対象……ロウにだけ集中することが出来、鍋の中で溶けゆくロウにマリィが放つ魔力がじわりじわりと溶け込んで……ゆっくりと定着していく。


 その作業は肉体的にも精神的にも負担が大きいもので、この屋敷に来る前のマリィであれば、途中で休憩を要したり、誰かに手伝ってもらったりしていたのだが……この屋敷に来てから、毎日のようにキャロラディッシュの散歩の付き合い、ソフィア達と……猫達と遊ぶようになり、様々な出来事を経験したこともあって、その肉体も精神も以前とは違って大きく成長している。


 途中で休憩することなく、誰かの手を借りることなくマリィは……淀みなくロウソク作りに必要な作業をこなしていく。


 淀みなく、手を休めることなく作業を行えば、その分だけ魔力が綺麗に、しっかりと定着してくれる。

 これは一段も二段も上の魔術を発動させるために必要なことなのだと、マリィは大粒の汗を額に浮かべながら、ロウに魔力を込めていく。


 するとそれを見たロミィが、出来るだけ音を立てないようにしながら、裏口のドアのノブへと飛んで、ノブをかぎ爪でしっかりと掴み、その全体重をかけることでノブをひねり……裏口のドアをゆっくりと開ける。


 するとそこから爽やかな、冷たい春風が吹き込んできて……マリィは、そのことに気付かないまま、爽やかな風を全身で浴びて……「ふぅ」と小さく息を吐き、大粒の汗を拭い、いくらかの不快さから解放されながら、作業を続けていく。


 ロウが十分に溶けて魔力が馴染んだなら、そこにハーブを砕いた上で混ぜて、ゆっくりとかき混ぜていって……ロウソクの芯となる、面紐を構えてロウの中に垂らし……丁寧にゆっくりと上下させて、ロウソクを形作っていく。


 そうやってある程度の形が出来たなら、用意しておいた木の板に乗せて……二本目、三本目を作っていく。


 ミツロウの匂いとハーブの匂いと、竈の熱気が籠もる台所でマリィがそうやって頑張っていると、頑張っているマリィを応援したくなったのだろう、猫達がキッチンや食堂へと集まってくる。

 

 そしてその手にはわざわざ摘んで来たらしいハーブや、薔薇で香り付けをした氷水や、甘いハチミツのお菓子などがあって……ロウソク作りを完了したマリィは、それらを持った猫達によるプレゼント攻勢を受けることになり、いつのまに猫達がこんなにも集まっていたのだと目をぱちくりとさせながら……笑顔を弾けさせて、キッチンの床にペタンと座って、猫達と一緒にそれらの品々を楽しむのだった。

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