第92話 春の庭の猫達


 キャロラディッシュ達が戦争関連のことなどで忙しくしている中……屋敷の猫達はようやく到来した本格的な春を心の底から楽しんでいた。


 春の日差しで暖められるのがたまらなく、春風に交じる草花や土の匂いが心地よく、活動を開始した虫や小動物達の動きが面白く、絶え間なくさえずる小鳥達の歌がとても楽しく。


 ただぼんやりと過ごしていても、働いていても、とても幸せな気分になれて……庭に出てお気に入りの場所に寝転がったらもう最高で。


 更には去年にミツバチが引っ越してきたこともあり、多くの花の種が撒かれることになった屋敷の庭には色とりどりの花が咲き乱れていて……そこに飛んでくるミツバチの様子を眺めることもまた、猫達にとってはたまらない娯楽となっていた。


 可愛らしい姿でぷんぷんと飛び回って、懸命に花の蜜を集めて。

 その頑張りの結果、美味しい美味しいハチミツが出来上がって……その一部を分けてもらう立場である猫達はもう、ミツバチのことが……その在り方全てが愛おしくてたまらなかったのだ。


 変にちょっかいを出せば刺されてしまうかもしれないが、こちらから手を出さない限りは、ただ眺めているだけならそういったことが起こる心配はなく……そういう訳で猫達は屋敷の庭のあちこちで、尻尾をゆらゆらと揺らしながらの見物に勤しんでいた。


「ミツバチの真似して、花を舐めてみても全然甘くないんだよなー」

「キャロット様にお願いして花蜜を集めてもらったことあるけど、ハチミツとは全然味が違うんだよなー」

「ミツバチが集めないとハチミツにならないんだよなー、不思議だよなー」


 ぎゅうぎゅうと顔を寄せ合い身を寄せ合い、じぃっと一匹のミツバチを見つめながらそんなことを言う猫達。


 そんな猫達のことを当のミツバチは少しだけ邪魔に……迷惑に思っていたが、手を出してくる訳ではなく、危害を加えてくる訳でもないので、相手にせずにただただ花へと向かって自らの仕事をこなし続ける。


 そうやって猫達はミツバチを見つめ続け、ミツバチは真面目に働き続け……そこに春の日差しが降り注いできて、猫達はいつのまにか体の奥底から膨らんできた眠気に負けて……お互いの体をクッションにして、お互いの体の暖かさと春の日差しの暖かさを堪能しながらすやすやと昼寝をし始める。

 

 そんな光景を見てしまうと釣られて眠くなってしまって、連鎖的に猫達が昼寝をし始める光景が庭中に広がっていって……あちらこちらからすやすや、すぴすぴと猫達の寝息が上がる中、黒い毛に全身を覆われた……黒いローブのような服を着た一匹の猫だけは、眠ること無くそのブルーの目を細めながら神経を尖らせて、その髭をピンピンと立てて警戒心を高めていた。


 その黒猫がそうやって警戒しているのはミツバチを襲う奴らの襲撃で……気配を感じ取ったなら、すぐさまに戦闘体勢を取り……猫の俊敏さと柔軟さを活かしての奇襲攻撃でもって襲いかかる。


「にゃぅん!!」


 そんな声を上げて、爪を立てた前足を振るい、叩きのめしたのは一匹のカエルだった。


 そのカエルは周囲に広がる自らの体色と同じ色の、青々とした葉っぱの中に潜み……そうしながら花へと集まるミツバチを食べてやろうとしていたハンターで……既に何匹かのミツバチをその胃の中におさめてしまっていた。


「この庭は俺達の縄張りだ!

 死にたくなければ余所での狩りをすることだな!」


 叩きのめしたカエルに向かってそう声を上げる黒猫。


 すると叩きのめされ、その腹を青空へと向けていたカエルはむくりと起き上がり……ぴょんぴょんと跳ねて、庭の向こうにある小川の方へと逃げていく。


「む……そこ!!」


 そんな光景を満足そうに眺めていた黒猫は、次なるハンターの気配に気付いて飛び上がって……またもペシンとその前足でもってそいつを叩きのめす。


「今度はトカゲか! お前もあっちに行け!!」


 その声が届いたのかも分からない速度でトカゲは逃げていって……間を開けることなくまた別の捕食者の気配が黒猫の髭に感知される。


「そこ……っとととと、お、お前か。

 お前は庭に居てよーし!」


 飛び上がって前足を振り上げて、その捕食者を叩こうとした黒猫だったが、その姿を見るなり慌てて振り上げた前足を制止し……そのせいで転びそうになりながら声を上げる。


 そこにいたのは一匹のハリネズミだった。


 ふっさふっさと背負った鋭い針の束を揺らしながら、細長い鼻をちょいちょいと動かして……獲物を探しているらしい、一匹のハリネズミ。


 ハリネズミの主食はカタツムリを始めとした庭に害をなすものたちで……庭に住まう友人として、屋敷の皆からその存在を歓迎されていた。


 そんなハリネズミを叩きのめす訳にはいかず、そもそもその針の鋭さから手出しすることなど出来ず……黒猫はそっと体を避けてハリネズミに道を譲り……次なる捕食者を、歓迎できない捕食者を求めて庭の中を練り歩く。


 ハリネズミが空飛ぶ虫を食べるという話は聞いたことがないし……ミツバチも、そこまで動きの早くないハリネズミに捕まるほど鈍くさくはないだろう。


 それよりも素早く動くトカゲや、卑怯にも舌を伸ばしての奇襲攻撃を仕掛けてくるカエルをなんとかしなければと、黒猫は庭の警備を続けていく。


 そんな黒猫がいるおかげか、ミツバチ達は元気に活発に活動を続けて……その巣の中に甘い蜜をたっぷりと溜め込んでいく。


 たっぷりと蜜を溜め込んで力を蓄えたなら、そろそろ分蜂……新たな女王が巣立つ時期だ。


 幸いにしてこの辺りにはまだまだたっぷりと蜜を溜め込んだ花があり、住まうに適したなんとも都合の良い箱がいくつも置いてある。


 ここでならもっと数を増やせる、栄えることが出来る。

 そんなことを思いながらミツバチ達は働き続け……ミツバチが増えることを……あまーいハチミツを舐められることを歓迎し、心の底からの喜びとしている黒猫もまたミツバチのためにと働き続ける。


 そんな風にして春の日差しの中、キャロラディッシュの屋敷に住まう猫達は、思い思いの方法で、春という季節を存分に楽しんでいくのだった。

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