第41話 病院


 キャロラディッシュが資金を出し、大体の方針を決めて、後のことの全てをビルに丸投げした結果出来上がったこの町の病院は、とても大きな……この町一番の、町の規模に全く見合わない大きさの建物となっていた。


 横に長く、奥に広い石造りの二階建て。

 大きく開かれたガラス戸の玄関が特徴的で……その玄関の周囲には花畑を兼ねた薬草畑が広がっている。


 更には病院の裏手などにもいくつもの薬草畑があるそうで……研究棟を兼ねたサンルームでもかなりの種類の薬草が育てられているそうだ。


 この病院では病人や怪我人の治療や静養は勿論のこと、新たな治療法の研究や実験も精力的に行っていて……大陸式の治療に使う薬草は、欠かすことの出来ない大切な治療薬であり実験薬なのだそうだ。


 未だ戦火は絶えず、原因不明、治療法不明の病気は数多く……それらの犠牲者の数を少しでも減らしてやろうという、キャロラディッシュが立てた方針を、頑なに……頑固なまでに守った結果がこの病院という訳だ。


 そうした運営方針の影響で、この病院の維持費と人件費はとてつもない金額となっていたが……その全てがキャロラディッシュの資産によって賄われており、この病院で働く若き医者達、研究者達にとってキャロラディッシュは、自らの親以上に敬愛する最上の羊飼いであると言えた。


 優れた植物の知識を持ち、優れた動物の知識を持ち、人々の生活の根幹である食と衣服を支える羊飼い。


 その姿はまるで日々を苦しみながら惑う人々を導かんとしているようでもあり……この島の者達が口にする羊飼いという言葉には、国王や女王に向けて発せられる『陛下』という言葉にも匹敵する程の重要な意味が込められている。


 そういう訳で病院へと足を向けたキャロラディッシュは、そこで働く者達全員の、


『ようこそ、我らが羊飼い、キャロラディッシュ公爵!

 この度の来訪……キャロラディッシュ記念病院の職員全員が伏して歓迎いたします!!』


 などという、過剰に過ぎる言葉によって出迎えられてしまったのだった。




 そんなことをされてもキャロラディッシュとしては欠片も嬉しくは無く、むしろ放っておいてくれたほうが何倍も何十倍も嬉しいものであり……ビルもまたそういったキャロラディッシュの意向を事前に連絡し、彼らに伝えていたのだが……彼らにとってはそんな態度さえも、連絡さえもが敬愛の理由となってしまっていたのだ。


 止めろと言われて止められるものか、キャロラディッシュ公爵の慈愛なくして自分達の今の生活は成り立たないのだと、行動をおかした彼らのそんな言葉を……なんとも嫌そうな、渋い顔で受け取ったキャロラディッシュは、適当に手を振って、適当な態度で受け流して、この場から一刻も早く逃げ出そうと、病院……いや、今日の宿へ入ろうと足を進める。


 そんなキャロラディッシュの態度を見てすかさずソフィアは、堂々とした態度で前に進み出て、職員たちの代表……院長と言葉を交わし始める。


 キャロラディッシュに足りない部分を懸命に、健気に補おうとするソフィアの姿を見て、キャロラディッシュはその足を止めて、一瞬の躊躇を見せる……が、このままここに自分が居続けても邪魔になるだけだろうと都合の良い言い訳を内心で呟き、真っ直ぐに宿の入口を見据えてそちらへと足を進めていく。


 ヘンリーとアルバートはソフィアを守ろうと側に寄り添い、マリィもまたソフィアを助けようとソフィアの側に駆け寄っていって……そんなソフィア達をビルが静かに見守る中で、すたすたと足を進めていくキャロラディッシュを見て人々は何を思うのか……。


 噂に聞こえてくる程の様々な事情があるのだとしても、決して褒められた態度ではないことは確かであり、実際にヘンリーはキャロラディッシュに冷たい視線を送っていたのだが……人々は、それでもキャロラディッシュに対しての敬愛を深めてしまう。


 ソフィアの堂々とした態度と言葉遣いは、公爵の名代として全く不足のない、年不相応の立派なものだった。

 そんな彼女に教育を施したのは誰あろうキャロラディッシュ公爵である、ということになり、更にはソフィアの年も年齢も気にせずに名代を任せたことで、他の類を見ない程の懐の深さを見せたと……言えないこともない。


 そして本来であれば自分が受けるべき称賛を、他者に譲ったという好意的解釈を出来ないこともなく……そうやって人々はキャロラディッシュへの敬愛を深め、同時にソフィアへも同じくらいの敬愛を懐くことになる。


 そんな結果だけを見れば、キャロラディッシュの取った行動は、キャロラディッシュにとっても……将来公爵家を継ぐことになっているソフィアにとっても有益なものであったのだが……それでもやはり、父親として保護者としては、かなり問題のある態度だとも言える。


 そんな保護者失格の背中を半目で見送りながらヘンリーは、後でしっかりと説教をしてやろうと、そんなことを思うのだった。




 夕刻を過ぎて薄暗くなった病院の中を、一人すたすたと進むキャロラディッシュ。


 以前書類に目を通した関係でその構造は頭に入っている。ビルから今日宿泊することになる病室の場所は既に聞いてある。

 

 であれば後は、その部屋に向かって一直線に進むだけだと足を進める中で、キャロラディッシュは魔力的な部分による直感で、言葉には出来ない不快さというか、言い様のない悪い予感を感じ取る。


 気の所為だと無視をしようにも、その不快さは……悪い気配は絶えることなくキャロラディッシュの精神を刺激してきていて……それに根負けしたキャロラディッシュは瞑目し、何処からその不快さが、嫌な気配が漂っているのかを探る。


 するとそれは、病院の一画……その生の終わりを迎えようとしている人々が静養するための一画から漂ってきているようで、そこに小さな魔力的な何かがあることを感じ取ったキャロラディッシュは、静かに……一つの言葉も口にしないままその一画へと足を向けるのだった。


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