第36話 暖かな春の日差しの下で


 それからソフィアとマリィは、存分に学び、存分に遊ぶ日々を送ることになった。


 朝食後の散歩を終えたらキャロラディッシュに魔術や様々な学問を学び、昼食を終えたら図書室などで自主学習をし、それを終えたら猫達と遊んだり、二人っきりで遊んだり、乗馬をして遊んだりし、日が暮れたなら屋敷へと戻るという、そんな日々を。


 それはキャロラディッシュにとっても独りの時間を確保できるありがたいものであり……そうした日々の中で季節は早春から春へと変化していった。


 冷たかった風は暖かなものへと変化していって、花々が咲き乱れその周囲を虫達が飛び交い、その虫を狙って冬眠から目覚めた動物達が動き始めて。


 昼食後のひとときに、一人で庭園を散歩していたキャロラディッシュは、そんな動物の姿を見つけて思わず足を止める。


「おお、ハリネズミか」


 小さな鼻を突き出し、全身を守る針のような毛を揺らしながら、のったのったと庭園の中を歩くそれは、庭園を荒らすカタツムリや芋虫達を積極的に食してくれるありがたい存在であり……庭園のそこかしこで身体を休めている猫達も、ハリネズミには一定の敬意を示していて、その姿を見るなり邪魔にならないようにと道……というか場を譲る。


 そんな猫達の態度を、果たして当のハリネズミはどう思っているのか……全く気にした様子もなく鼻を突き出し、すんすんと鳴らして、獲物の匂いを嗅ぎ取ったのかトタタタタッと駆けていく。


 暖かくなれば様々な害虫も姿を見せるようになるが、ハリネズミやロビン達がいれば大丈夫だろうとこくりと頷いたキャロラディッシュは、ハリネズミが獲物に飛びかかる姿を見やりながら、屋敷へと足を向ける。


 屋敷へと入り、この時間であればソフィア達は図書室だろうと考えたキャロラディッシュは、一旦自室へと向かい、机から研究資料一式を取り出し、小脇に抱えてサンルームへと向かう。


 今日の日差しならばサンルームはさぞや暖かな空間となっていることだろうと、楽しみにしながら扉を開けると……そこには一つの塊と化したソフィア達の姿がある。


 中心に居るのは間違いなくソフィアとマリィなのだろう、クッションを枕に向かい合っての昼寝をしているようだ。


 そしてそこにアルバートとヘンリーと、数え切れない程の猫達が群がっていて……その全員が穏やかな表情ですやすやと寝息を立てている。


 穏やかな春の日差しに暖められたサンルームの中で、そうやって一つの塊を化した毛玉を少しの間、じっと眺めていたキャロラディッシュは……音を立てぬようにと踵を返し、そっと扉を締めてその場を後にする。


「春とは眠くなるものだからな……」


 そんなことを言いながら廊下を歩いていって……ふとキャロラディッシュが窓の向こうを見たその時だった。

 

「チュリー!」


 と、声を上げながら一羽のロビンが玄関へと降り立ってくる姿が見える。

 それは以前ビルの下へとやったものとはまた別の個体のロビンであり……それを見たキャロラディッシュは、その個体を預けているビルから何か報せが来たようだと、玄関へと足を向ける。


 うるさい音を立てぬよう静かに足を進めていって……研究資料をそこらに置く代わりに玄関側に置いてある小箱を手に取り、玄関の扉をゆっくりと開けて、ロビンに声をかけ、ロビンから手紙を受け取り、ロビンに小箱を、餌がいっぱいに入った小箱を差し出し、報酬とする。


 そうしてから手紙の封を開けてその中身を、以前提出した論文の結果が出たのだろうかと、胸を弾ませながら確認したキャロラディッシュは……露骨に落胆した表情となり、苦い表情となりながらその内容を読み進める。


 驚き半分、憤り半分と言った感じで手紙を読み進めるキャロラディッシュの下に、その様子を見かけて心配したのだろう、老猫グレースが心配そうな表情でやってきて、驚かさないようにと静かな声をかけてくる。


「そのお手紙が、どうかなさったのですか?」


 その声を受けて手紙から視線を外したキャロラディッシュは、グレースへと視線をやり……青空の向こうへと視線をやってから言葉を返す。


「儂が所有する港、フェリークスに異形の化け物……魔物が出現したらしい。

 恐らくは重ね世界からの来訪者なのだろうが……その魔物によって港が危機的状況に陥っているそうだ。

 国軍は既に敗退、ビルが手配した魔術師、傭兵連中も敗退……他に頼る相手は無しと儂にどうにかして欲しいと、泣きついてきおった……」


 そこまでしても良い結果を得られないのであれば、最早キャロラディッシュが直々に出向く以外にはなく、また港の持ち主としてもこの国の一貴族としても放置しておける事態ではない……のだが、長年をこの屋敷の中で、この世界の中で生きてきたキャロラディッシュには、フェリークスまでの……かなりの遠方までの遠出は気が重いものであった。


 重ね世界を見学に行くのとはまた違う、大勢の人間達が居るそこへと向かい、魔物をどうにかして注目を浴びてしまうというのはキャロラディッシュにとっては苦痛に近いものであり……どうしたものかと苦悩していると、グレースが至って気軽な、なんでもない様子で声をかけてくる。


「あら、海を見にお出かけだなんて、とっても素敵なことじゃぁないですか。

 あの子達も喜ぶことでしょうし、この機会にあの子達に貴方の格好良いところを見せておあげなさいな」


 腰に手を当てながらそう言ってウィンクをしてくるグレースに、キャロラディッシュは返す言葉も無く、ただただ頷くことしか出来ないのであった。

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