第35話 乗馬


 キャロラディッシュにとっての乗馬とは、優雅さと華やかさを持ち合わせた、ダンスに近いものであった。


 馬の上に美しい所作でまたがり、馬と息を合わせて優雅なステップを刻んで。


 ただ歩かせるのではなく、その一歩一歩に意味を込めて、まるで踊り子がステージの上を跳ね踊るかのように、馬場をゆったりと駆ける。


 ドレッサージュとも呼ばれるそれこそがキャロラディッシュにとっての乗馬であり、当然ソフィアとマリィもそうするものと思っていたのだが……彼女達が乗馬を始めてから五日後、屋敷から少し離れた一帯に新たに整備された馬場へと様子を見に行くと、予想だにしていなかったまさかの光景が繰り広げられていた。


「やぁ! やぁ!!」


 全力で馬場を疾走する馬の上で、そんな声を上げながら激しく手綱を振るうソフィア。


 キャロラディッシュが用意してやった乗馬服を擦り切らんばかりの勢いで激しく身体を動かし、荒く息を吐き出す馬と見事なまでに息を合わせている。


「もっと! もっと頑張って! まだいけるよ!」


 普段の大人しさからは想像できない力の込もった懸命な表情で、そんな声を上げているマリィ。


 彼女もまた懸命に手綱を振るっていて……そんな彼女の想いに応えようと馬もまた懸命に地面を蹴り、恐ろしいまでの速さでソフィア達を追いかけている。


「……どうりで毎日毎日、汗だくになってかえってくる訳だ……」


 馬場を囲う柵の外でそんなことをキャロラディッシュが呟くと、同じく柵の外で様子を見守っていた牛牧夫のジェイムズが声をかけてくる。


「やぁ、全く見事なものですねぇ。

 最初は恐る恐るといった様子だったんですが、あっという間に慣れてしまわれて、今では疲労も筋肉痛も何のそのといった様子で見事な乗りっぷりを見せてくださいますよ。

 アルバートさんとヘンリーさんも中々の腕前なのですが、お嬢様方には敵いませんねぇ」


「……ジェイムズ、儂はもう少し大人しく、優雅に乗馬を楽しんでいるとばかり思っていたのだが、何だってまたこんなことに?」


 呑気な態度で麦わら帽子を揺らすジェイムズに、キャロラディッシュは少し棘のある声でそう返すが、ジェイムズは全く気にもとめない様子で呑気な声を返す。


「何だっても何もあの馬達は皆が皆、長年の訓練を経て騎士様を背に乗せる程になった生粋の軍馬ですから、どうしたってこうなりますよ。

 よりタフにより速く、目の前に人がいても障害があっても恐れることなく突き進み、踏み荒らす。

 それが軍馬の在り方です……と、こんなことはオレなんかがわざわざ言わんでもご存知なのでしょうけどね。

 オレとしてはそんな軍馬をたったの数日で乗りこなすお嬢様方のほうに驚きを隠せませんねぇ。

 全くの未経験だったはずなのに、たったの数日であそこまで乗りこなすとは……まったくもって神々に愛されているかのようですなぁ」


 そう言われてキャロラディッシュは一瞬物凄い表情となるが、ソフィアとマリィの楽しそうな、生命力に溢れた笑顔を見るなり表情を崩し、仕方ないかとでも言いたげなため息を吐き出す。


「……まぁ、ああやって身体を動かすこと、それ自体は悪いことではないし、怪我をしないよう十分に気をつけるのであれば、儂から何かを言ったりはせんがな」


 露骨なため息の後にそう言ってくるキャロラディッシュの様子にジェイムズは、小さく笑ってから言葉を返す。


「女性らしく大人しくしていろ……とは言わないのですね」


「ふんっ、女王が玉座で辣腕を振るう時代だというのに、そんな古臭い考え方を押し付けるべきではないだろうよ。

 あの子達はあの子達らしく、したいことをしたいように、己が思うように思うままに枝を伸ばせばそれで良い」


「そうやって枝を伸ばしていって……大人となったお嬢様方は一体どんな生き方を選ぶのでしょうねぇ」


「どうであれ、本人が望む道を行けばそれで良い。

 儂の後を継ぐも継がぬも、魔術師になるもならないも、あの子の自由なのだからな。

 儂に出来るのはあの子がどんな道を選んだとしても迷うことなく進んでいけるように、あらゆる術(すべ)と知識を与えるだけだ」


 そのキャロラディッシュの言葉にジェイムズは一瞬だけ驚いたような表情となり、すぐに平静を取り繕う。


(以前、キャロット様は伝統ある公爵家が自らの代で絶えてしまうことをひどく気に病んでおられた。

 養子という形であれ、子を得たのであれば当然家を継がせるものと思っていたのですけどねぇ。

 ……いざ子を得てみれば伝統だとか家だとかよりも、その子の幸せと未来の方が大事になったと、そういうことなんですかねぇ)


「……なんだ、そのにやけ顔は」


 考え事の途中でキャロラディッシュにそう言われて、ジェイムズは慌ててにやけてしまっていた口を引き締めて、なんでもありませんと、態度でキャロラディッシュに示す。


 そんなジェイムズのことを半目で見つめていたキャロラディッシュは……小さなため息を吐き出してから馬場へと視線を戻し、激しい疾走を見せる馬達のことを眺め始める。


 その横顔はとても穏やかで、柔らかで温かな空気をまとっていて……猫達の前であっても見せなかったであろうその顔に、ジェイムズはただただ安堵する。


 我らが主人が、孤独から脱却し、家族を得られた。


 それはジェイムズを心をこれ以上なく安らがせてくれる、とても喜ばしいことであり……そんな主人と、主人の家族の為に一段と仕事を頑張らなければなと、安堵の中でジェイムズは強い決意を抱くのだった。


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