第23話 近くて遠い重ね世界
重ね世界の住人、ドラゴンによる悪戯を受けてソフィアとマリィとアルバートはまず唖然とし、そして次にその身を震わせ、そうしてドラゴンの声まで聞こえてきそうな、大きな笑いに釣られたのか大きな笑い声を上げ始めた。
今までに見せて来た笑顔とはまた違う、驚きと興奮と歓喜の入り混じったその笑い声は、聞いていて楽しくなってくるような、そういう笑い声で……そんな笑い声を受けてか、キャロラディッシュは微笑ましげな笑みを浮かべる。
こちらの音はあちらに届かず、あちらの音はこちらに届かない為、ソフィア達の笑い声はドラゴンには届いていなかったが、それでもドラゴンはソフィア達が満面の笑みとなったことが嬉しかったようで、再度口を大きく開けての大笑いをし始める。
そうしてソフィア達とドラゴンが充分なまでに笑ったのを確認してから、キャララディッシュはゆっくりと口を開く。
「これが重ね世界だ。
この光景を目にした原始の人々は、さぞや驚いたことだろう。
そして驚きが歓喜に変わり、歓喜が信仰へと変わっていった……のかもしれん。
そうやって重ね世界が信仰や文化に様々な影響を与えて来たという説については昨日話してやったが、この光景を見ればある程度は納得の行く話と言えるな」
キャロラディッシュがそう言うと、笑い疲れてしまったらしいソフィアとマリィとアルバートが、その表情を整えながらこくこくと頷いて同意を示す。
「重ね世界を見て信仰を抱き、そこから文化が花開き、当然これ程の光景であればその言語にも影響があったことだろう。
儂らが住まう島の上空ではこのようにドラゴンの住まう重ね世界を見ることが出来るし、南東の砂漠の果てでは炎を身に纏った巨人の住まう重ね世界を見ることが出来るそうだ。
極東の島のある山の頂上では人に似た姿でありながら、人を超越した者達が住まう浮島がいくつも漂う重ね世界が見えて、南東の島々からは海の中に栄える文明がある重ね世界を見ることが出来るとも聞く
……重ね世界はそうやって、その存在をこちらに示すことで様々な影響をこちらの世界に与えて来たという訳だ」
続くキャロラディッシュの言葉に、ソフィア達はその重ね世界も見てみたいとの意欲を示すが、キャロラディッシュはその顔を左右に振って否定の意を示す。
「流石に島外国外となると、そう簡単に見に行くことはできんよ。
場所によってはその地に住まう人々の聖地として崇められておるしな。
……まぁ、追々良い機会に恵まれたならその時には善処してやるとしよう」
言葉の途中で露骨に落胆の表情を見せるソフィア達に負けて、そういったキャロラディッシュにソフィア達は満面の笑みを浮かべて……両手を合わせたり、ぎゅうとドレスの裾を握りしめたり、拳を握り込んだりして喜びの感情を表現する。
そしてそんなソフィア達の仕草を、向こうの世界のドラゴンが真似をする中、キャロラディッシュは授業を続けていく。
「重ね世界の影響はそういった間接的なものに留まらん。
普段はこうして隔たれており、決して交わることのない世界だが……時折世界と世界の狭間に道が出来ることがあるという。
その道からは様々な物が流れ込み……その最たるものが精霊である、とされている。
好奇心旺盛な精霊は別の世界への道が開いたとなったら、もう後先を考えず、恐怖を抱くこともなく、別の世界へと渡ってしまうらしい。
そうやってこちらに来た精霊達はその際に様々なものも一緒に持ち込んでくる。
それが世界樹の種や魔術である……という説については昨日話したな。
……そんな風に重ね世界からの間接的、直接的影響を受けた儂らの世界は、多種多様な文化を生み出し今に至ると、そういう訳なのだ」
そう言って一旦言葉を区切ったキャロラディッシュは、ソフィア達の様子を窺う。
ソフィアもマリィもアルバートも、その好奇心を爆発させながら、まるで宝石かのように目を輝かせていて……その目をじっと見つめ存分に堪能したキャロラディッシュは締めの言葉に入る。
「この世界の文化や信仰はそうやって成り立っておる。
そしてそこに優劣はなく、ただ影響を受けた世界が違うというだけの話なのだ。
ゆえに儂らはその全てに相応の敬意を払わねばならん。
他の文化や信仰を、否定し迫害するなど以ての外……そういった愚行はいずれ己の首を締めることになる……分かったな?」
その言葉を受けてソフィア達は、真剣な表情でもってこくりと頷く。
そこに一切の陰りはなく、ただただ真摯だと言える態度であり……それを見たキャロラディッシュは満足そうに頷く。
重ね世界を見せてやることが出来た。それに関する授業を良い形で終わることが出来た。
後はソフィア達が満足するまでこの光景を見せてやるかとキャロラディッシュが気を抜きかけた……その時、マリィがおずおずと小さくその手を上げる。
何か聞きたいことがあるのだろう、キャロラディッシュが「なんじゃ?」と尋ねると、マリィはまたもおずおずと、何かを恐れているかのような態度で口を開く。
「あ、あの、そうすると、ですね……。
もしかしてあの、お婆ちゃん達がずっと戦っている邪教っていうのはもしかして……?」
大陸で今も尚、その活動を続けている邪教と邪教徒達。
大陸住まいのマリィだからこそのその疑問に、キャロラディッシュは「うぅむ」と唸ってから言葉を返す。
「確かに今の話にあの連中は深く関わっておる。
……が、折角楽しんでいたところに、あんな連中の話をしてしまっては気分が悪くなってしまうのではないか?」
「た、たしかにそうです……けども……」
と、マリィが口ごもり、その言葉を失ってしまったのを見てか、ソフィアが声を上げる。
「キャロット様、それが本当に重ね世界に関わる大事なお話なら……重ね世界を身近に感じることの出来る今、この場でお聞きできたらと思います」
力強いその瞳に、先程のそれとはまた違った輝きを宿しながらそう言ってくるソフィアに、キャロラディッシュは再度「うぅむ」と唸り……そうしてから口を開く。
「邪教。
大陸の端で生まれたその教えは、他文化と他宗教と……重ね世界の否定を是としておるのだ。
一体何があってそうなったかまでは知らないが、心底から重ね世界を憎んでいる奴らは、そこから生まれた文化も宗教も、何もかもが許せんのだ。
……ゆえに奴らは成立から千年以上を経た今も尚、他文化への侵攻と破壊と略奪をし続けている。
何もかもを破壊し、奪い、その地獄から救われたければ邪教を信じろと布教をする……まったく筆舌に尽くしがたい連中だ。
かつてはその手法で大陸の半分を手中に収めたこともあった……が、方々に敵を作り過ぎてな、今では大陸の端にまで押し込まれ風前の灯火となっておる。
東西南北、海を渡った向こうにまで喧嘩を売れば、いずれそうなることは明白であったろうに……それでも奴らはその教えがゆえに止まることができんのだ。
……良いか、あんな連中のようにならんためにも、儂の教えを忘れんようにするのだぞ」
ゆっくりと、重くそれについて語ったキャロラディッシュに対し、ソフィアとマリィとアルバートは、その身を恐怖で震わせて、硬く緊張したものとしながら、しっかりと力強く頷くのだった。
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