第24話 ドラゴンの……
キャロラディッシュによる邪教についての授業が一段落した、その時だった。
突然凄まじい轟音が空の方から響いて来て、キャロラディシュを含めた一同を驚かせる。
「な、何事だ!?」
そんな声を上げながらキャロラディッシュが天井の方へと視線をやると、そこには先程の悪戯を仕掛けて来たドラゴンの姿があり……まるでガラス窓に張り付くカエルかのように、ドラゴンが空の天井にべたりと張り付いていたのだ。
「ば、馬鹿な!?
重ね世界の境界に触れるなど、そんなこと出来るはずが……!
い、いや、ドラゴン程の力を持つ存在であれば、それすらも可能なのか!?」
まさかの事態に困惑しながらも、ソフィア達を守るようにして立ち、杖を構えながらそんな声を上げるキャロラディッシュ。
世界の境界に触れるなど、ましてや向こうからこちらに音を送ってくるなど、全く前例のない尋常ではない事態だ。
あのドラゴンが一体全体何をしでかすつもりなのかは分からないが、場合によってはこの一帯が吹き飛ぶこともありえるぞと恐怖し……恐怖しながらもキャロラディッシュは、懸命に頭を働かせ、どうやってソフィア達を守るかと、どんな魔術で守るべきかと思考を巡らせる。
そんなキャロラディッシュの様子と目の前の光景から何かが起きつつあることを察し、恐怖に震えながらも、お互いを……自分以外の皆を守ろうと、ソフィアとマリィと、アルバートとヘンリーとグレースが、抱き合って一塊になる中、ドラゴンがその前足をぐいと振り上げ、その指の鋭い爪を天井へと向けて突き立てる。
「こんのクソトカゲが!
仮にその境界が崩壊したとなったら、お互いの世界にどれだけの影響が出ると思っているのだ!!
これだから考えの足らぬ獣は手に負えん……!!」
その様子を見て、そんな悲鳴のような声を上げたキャロラディッシュが、魔術を発動させようと杖を振り上げた―――その時、天井の向こうから音が……何かの声とおぼしき音が響いてくる。
『―――!』
それは何らかの言葉であった。
人の発する声とは全く別の音で構成された、全く未知の言語。
天井の向こうのドラゴンがその口を大きく開けたり閉めたりと、激しく動かしていることから、それはドラゴンが発しているものらしいが、音の在り方も、その言語の在り方も、何もかもが未知過ぎてキャロラディッシュには何も伝わってこない。
『――――――!!』
更にドラゴンの声が響いてくるが全く理解できず、キャロラディッシュがどう対応したものかと逡巡(しゅんじゅん)していると、他の皆と抱き合い、一つの塊となっていたソフィアが声を上げてくる。
「あ、あの、キャロット様!
あのドラゴンは多分、こっちに来いと、渡すものがあると、そう言っているのではないでしょうか……!」
「……ソフィア!?
お前、あの言葉が分かるのか!?」
その言葉に心底から驚愕したキャロラディッシュがそう言いながら振り返ると、ソフィアが頷き……そしてソフィアと抱き合っているマリィまでもが、自分にも分かると言いたげに小さく頷く。
突然、常軌を逸した力を得ることになったソフィアとマリィ。
それには重ね世界が何らかの影響を及ぼしていると考えられ……そして今、重ね世界の住人の言葉を、世界の叡智を極めしキャロラディッシュでさえ理解できない未知の言語を、そのソフィアとマリィが理解してしまっている。
重ね世界の住人であるドラゴンのあの不可解な行動と言い、今ここで起きている出来事には、何か意味があるようだと理解したキャロラディッシュは、そっと杖を振るい……絨毯をその場に固定して、自らの身だけを天井へと、そのドラゴンの方へと浮かせて運ぶ。
するとドラゴンは『お前ではない』とでも言いたげな渋い表情を浮かべて……そうしてため息を吐き出すように小さな炎を吐き出してから、再度その爪を天井へと突き立てる。
するとその爪が天井を貫き……貫いた爪の先端からしずくのような何かがぽつりと落ちる。
その何かは天井が貫かれたことに驚愕するキャロラディッシュの方へと向かって落ちてきて、キャロラディッシュが咄嗟に手を伸ばしてそれを受け止めると……その瞬間しずくと天井が白い輝きを放ちだし……キャロラディッシュと、その様子を見守っていたソフィア達の視界を真っ白に染め上げる。
『―――アア、マッタク、デシャバリノ、オイボレメ』
その瞬間また先程の声のような音が聞こえてきて……キャロラディッシュはどういう訳だか、その音に込められた意味を聞き取れてしまう。
それはどう考えても言語と言えるような代物ではなく、キャロラディッシュが懸命に頭を働かせても文法の「ぶ」の字も見当たらないような、そういった乱雑な音でしかなかったはずなのだが、何故だかその意味だけが理解出来てしまって……キャロラディッシュは白い光の中で、混乱の局地を迎える。
発狂してしまいそうな程の白しかない世界と混乱の中で、どうにかキャロラディッシュが理性を保とうとしていると、先程に見た、あちらの雲が晴れるかのような形で周囲を包んでいた白さが消えていく。
そしてその白さが綺麗に消えた時、そこにいたのはキャロラディッシュと、絨毯の上で一塊になっているソフィア達だけだった。
天井もなく、ドラゴンの姿もなく、眼下には雲海が、頭上には透き通るような青空があるだけの、当たり前の世界となっていたのだ。
一体何が起きたのか。
天井は何処へいってしまったのか。
キャロラディッシュがそんなことを考えながら杖を振り、絨毯の方へと戻っていると……自らの手の、先程しずくを受け止めた手の中にちょっとした違和感がある。
絨毯の上にとすりと降り立ったキャロラディッシュがその手をゆっくりと……慎重に開くと、そこには二粒の宝石の姿があった。
しずくのような形をしていて、空の色を吸い込んでいるのか青色で、職人が仕上げたダイヤモンドのように煌めいていて。
それらはキャロラディッシュが知り得ない全く未知の宝石であり……キャロラディッシュは直感的に、それらがソフィアとマリィへの、ドラゴンからの贈り物なのだと理解するのだった。
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