第22話 重ね世界見学へ


 翌日。


 朝から重ね世界を見る為の支度に精を出していたソフィアとマリィは、グレースに手伝って貰いながら一時間と少しで、大きな……抱える程の大きなランチボックスを仕上げて、ヘンリーとアルバートを伴いながら屋敷の玄関にてキャロラディッシュがやってくるのを待ちわびていた。


 重ね世界を見る為の乗り物を持ってくると、朝食を終えるなり何処かへと行ってしまったキャロラディッシュ。


 そわそわと心を浮き立たせながらその姿が見えるのを待っていると……屋敷の奥からか大きな絨毯を抱えたキャロラディッシュが姿を見せる。


 大きな筒の如く丸められたそれは、なんとも風変わりな、見たことのないような独特の柄の描かれた絨毯で……それを地面へと広げながらキャロラディッシュが口を開く。


「これは大陸の東の国……聖国製の魔具だ。

 かの国で紡がれたこれは、人を乗せて空を舞い飛ぶことが出来る上に、その上にある人や物を、魔力結界にて守ってくれるという優れ物なのだ。

 重ね世界を見るにはこれが欠かせん……ほれ、ぐずぐずしておらんで、さっさと乗るが良い」


 そう言ってキャロラディッシュが、絨毯の先端……先頭と思われる場所に腰を下ろすと、それに続く形でソフィアとマリィが、ヘンリーとアルバートが、更にはソフィア達の世話役だとグレースまでが絨毯の上に腰を下ろす。


 そうしてソフィア達がこれから一体何が起こるのかとそわそわとした気持ちを増させていると、キャロラディッシュが手にした杖を軽く振り……足元の絨毯がぐわりとうねる。


 確かな魔力と力強いうねりでもって動き始めた絨毯は、そのままぐわりぐわりとうねりながら地面を離れ……グンッと宙に浮かぶ。


 次に魔力結界を展開し、その硬さと暖かさでソフィア達を包み込み……そうして絨毯はグングンと浮かんでいって……木々よりも高く、屋敷よりも高く、浮かんで……ソフィアとマリィとアルバートは自らが空を飛んでいることに感動し、感激し、言葉にならない声を漏らす。


「わぁ~~! わぁ~~~!!」


 と、ソフィア。


「え、あ、えっ……えぇえ~~!?」


 と、マリィ。


「うぉぉぉぉーーーー!!」


 と、アルバート。


 過去にこの絨毯でもって空を飛んだことのあるヘンリーとグレースが微笑ましげにそんな三人を見守る中、キャロラディッシュは杖を振り、何度も振り……絨毯を見事なまでに操り、その高度を更に上へ上へと上げていく。


「キャロット様! お屋敷があんなに小さく!!」

「く、雲が、雲があんなに近くに!!」

「ああ、夢を見ているかのようだ!!」


 なんとも楽しそうに、なんとも無邪気にそんな声を上げる三人。

 そんな三人の声に後押しされるかのように絨毯は更に高度を上げていって……空へと至り、雲を突き抜け、更に上へ上へと昇り続けていく。


 そうしていくうちにソフィア達は、段々と興奮が覚めて来たのか落ち着いた様子を見せて……そして不安そうな様子を見せ始める。

 

 一体この絨毯はどこまで行くのか、どこまでも上がっていって大丈夫なのか。

 そして空の上、更に上には一体何があるのかといった、そういう不安を抱いてしまったのだ。


「……キャロット様、一体何処まで行くおつもりなのですか? まさか空の更に上へ……?」


 不安に耐えられずソフィアがそう尋ねると、キャロラディッシュがソフィア達の方へと振り向いて口を開く。


「その通り、空の上の、更に上でこそ重ね世界を見ることが出来るのだ。

 ……なぁに、言葉で説明せずともすぐに分かることだ。そのまま待っているが良い」


 そう言って更に杖を振るい、絨毯を上昇させるキャロラディッシュ。


 近くに座るヘンリーとグレースの落ち着いた様子を見れば、不安がる必要はないと理解できるし、キャロラディッシュのことも信用しているのだが……それでもどうにも不安で、どうにも恐ろしくて、ソフィア達がその表情を青くし始めた……その時だった。


 雲のはるか上、空の上の上に……まさかの『天井』が見える。

 空の果てから果てまでに広がっていて、一面が真っ白で、それはまるで白亜の宮殿の壁かのようで……目をこすっても、何度目をこすっても、確かな天井がそこにあった。


 まさか空にそんなものがあるはずがないと、そんなのがあればどうして太陽の光が降り注ぐのだとソフィア達が困惑し、混乱していると、キャロラディッシュが声をかけてくる。


「あれが重ね世界の一つ、竜界だ。

 本来ならばこんな形で見えるはずのないものなのだが……あちらに住まう者達の力が強すぎて、こうして目に見える形でこちらの世界に写り込んでおる。

 あくまで写り込んでいるだけなのでな、そこに重ね世界がある訳でもないし、もう少しばかり近付くと、霞かのように消えて見えなくなってしまうのだ。

 ……しかし残念だな、今日は雲が濃すぎて何も見えんではないか」


 キャロラディッシュのその言葉に、ソフィア達は「あれが雲なの!?」と驚く。

 真っ白で、何処までも一切の隙間なく真っ白で……少なくともそれはソフィア達の知っている雲ではなかった。


「むぅん……こちらから干渉して雲をどかすという訳にもいかんからなぁ。

 あちらの天候が回復するのを待つしか……」


 なんとも残念そうにキャロラディッシュがそう呟いた―――その時、白い天井が揺らいで、まるで波が白砂をさらうかのような動きでもって、白さが晴れて、空の向こうにもう一つの青い空が広がる。


 そこにあったのは逆さまの世界だった。


 天井の向こうに空があり、雲があり……その向こうに平面の、いくつもの大地が見える。

 世界に大地が浮かんでいると言えばいいのか、空に大地が浮かんでいると言えば良いのか、そんな世界が逆さまに写り込んでいて……そうしてその世界の光景を埋め尽くさんと、あちらの世界の住人が姿を見せる。


 トカゲのような顔つき体つきに、真っ赤で大きな身体に大きな翼、力強く揺れる大きな尻尾。

 それはまさしく伝説に名高い『ドラゴン』の姿であった。


 それが一匹や二匹ではない、数百匹、いや、数千匹かと思う規模で空を舞い飛んでくる。


 恐らくドラゴン達は何かの目的があってそうしているのだろう。

 整然と並び、数え切れない程の群れでもって、何処かへと向かって優雅に空を舞い飛んでいる。

 

 水中をたゆたっているかのようにふんわりと翼を動かし、その力でもって舞い飛び、空どころか世界のすべてを埋め尽くさん程の規模で……ドラゴンとドラゴンが重なり合って、世界も何もかもが隠れてしまい……ドラゴンしか見ることが出来ない程だ。


 その動きはとても力強く、それでいて優雅で……その光景に目を奪われてしまっていたソフィア達は思わず、ドラゴン達が飛び進む方向へと身体を傾けてしまう。


 そうしてソフィア達がドラゴン達の姿に目を奪われていると、あちらのドラゴンの一匹がソフィア達の視線に気付き……その口元をにやりと歪め、こちらに向かって物凄い勢いで突っ込んでくる。


 天井ギリギリにまで近づいて来たそのドラゴンは大きな口を開き……その口から凄まじいまでの火炎を吐き出してくる。


 それを受けてソフィア達は、凄まじいまでの悲鳴を上げながら火炎を回避しようと身を縮める……が、そもそもあちらの世界がただそこに写り込んでくるだけ、火炎がこちらにまで来るはずがない。


 それはこちらの世界を覗き見たあちらの住人による悪戯だった。


 そうしてあちらの世界の住人は、ソフィア達のことを見やりながら、大きく口をあけての……その笑い声がこちらに聞こえてきそうな程の大笑いをするのだった。

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