第20話 重ね世界
「さて、どう違うのかの話はもう良いな?
では次に、どうして違うのか……形式の違う魔術がどうして存在しているかの話をしよう」
そう言いながらキャロラディッシュは、小さな手乗り地球儀を取り出して……ソフィアとマリィの目の前へと差し出す。
「知っていることかと思うが、これが儂らの住まう世界だ。
ここが儂らが今居る島で……ここが大陸のマリィ達の住まう森だな。
世界がこれだけ広ければ当然のように地域ごとに違う言語が生まれ、言語から違う生き方や違う考え方が生まれ、そうして多種多様な文化が生まれるという訳だ。
魔術も同様にその地域ごとに違う生まれ方をし、違う発展をしてきた……ゆえに違う形式の魔術がこの世界にはいくつも……数え切れない程に存在しているのだ」
そう言ってキャロラディッシュは、くいと地球儀を回し、世界の果てにある青い海に囲まれた島国を指差す。
「この辺りの国々では、言葉に力があるとされ、意味のある言葉を呪文として唱えることで魔力に形を与えておる。
あるいは意味のある言葉を紙に記して魔術の触媒とするフジューツという魔術があるそうだ。
こっちの大きな大陸では特別な配合をしたタバコを吸うことで、神との距離を近くし、そこからシャーマニングという方法で魔術を行使するそうだし……本当に多種多様で、数え切れん。
同様にこの世界には様々な神が存在し、その地域ごとの精霊達が存在していて……そしてこの精霊達は『重ね世界』と呼ばれるここではない、異なる世界からやって来たと言われておる」
キャロラディッシュはそう言いながらソフィアに地球儀を手渡し……机の中からまた別の、赤色をした地球儀と、緑色をした地球儀を取り出す。
「この重ね世界が『いくつ』存在しているのか『何処』に存在しているのかは、今も尚様々な議論がなされている。
こんな風に儂らの世界の近くにあるとも言われているし、儂らの世界の中にあるとも言われているし、あるいは儂らの世界に幾重にもなって重なっているとも考えられている」
右手と左手に持った地球儀を、ソフィアの持つ地球儀に近づけたり離したりするキャロラディッシュの説明を受けて、ソフィアとマリィは興味深げな顔をしながら、ぐいとその顔を突き出して色の違う三つの地球儀と食い入るように見つめる。
「精霊は重ね世界からの『迷い子』で、マリィの暮らしている森にあった世界樹は、この世界に幸あれと重ね世界から株分けされたものという説がある。
そうやって重ね世界は儂らの世界の近くにありながら、儂らの世界に様々な影響を与えてきたという訳だな。
そして儂らが使う魔術……いや、魔力も重ね世界の影響で生まれたものだ、という説があるのだ」
そんな説明を耳にしたソフィアとマリィは「えっ!?」と異口同音に声を上げて、自らの胸にそっと手を当てる。
それまでの精霊だ世界樹だのという話は、二人の日常からかけ離れているせいか今ひとつピンと来ない話だったのだが、自らの内側に宿る魔力の話となると事情が変わる。
自らの内側にあるこの力が、違う世界からやって来たなんて……と、ソフィアはワクワクと胸を躍らせながら明るい表情をし、マリィはおどおどと、少しだけ怯えたような表情となる。
「これはあくまで説の一つだがな。
中々説得力のある話だと儂は考えておる。
魔力や魔術というのはこの世界に存在する他の法則からかけ離れた、とんでもない力を有しているものだ。
でありながら、人間しか使えないというのもなんともおかしな話よ。
何故獣が使えないのか、何故魚が使えないのか……元々この世界にあったものであるなら、この世界のすべての生命が平等に扱えなければおかしい……という説になるな。
まぁ、ここら辺の話をすると長くなりすぎるのでここまでにするが、大事な説であるので覚えておくと良い」
そう言って一旦言葉を切ったキャロラディッシュは、地球儀を机の上に置いてから、コホンと咳払いし、居住まいを正し、言葉を続ける。
「そして、だ。儂が重ね世界の話をしたのには理由がある。
これもまたどうして各地で魔術の形式が違うのか、に繋がる話であるからだ。
一つの説として、もしかしたら各地方で言語が、宗教が、文化が、そして魔術の形式が違うのは、影響を受けた重ね世界が違うからなのでは……? という説が存在しているのだ。
影響を受けた世界が違うからこそ、これだけ多種多様な言語が、宗教が、文化が、魔術が生まれたと、そういうことだ。
まぁ、ここら辺はまだまだ証明のされていない、ただの一説でしかないが……盛んに研究されている分野であるので、いつの日か証明されることがあるやもしれんな」
そう言って大きなため息を吐いて、椅子に座り直したキャロラディッシュが、ソフィア達に向かって「何か質問は?」と問いかけると、ソフィアが元気に「はい!」と手を上げて、マリィがおずおずと静かに手を挙げる。
「ふむ……ではまずソフィアの質問から聞くとしようか」
その様子を見てキャロラディッシュがそう言うと、ソフィアがなんとも元気に、椅子から立ち上がらんばかりの勢いで声を上げる。
「はい!
えぇっと、キャロット様は、後半になってからは逐一『そういう説がある』と口にされていましたが……重ね世界の話の時はそういう説があるとは言いませんでしたよね?
もしかしてですが、その重ね世界という世界の存在は証明されているのでしょうか!!」
続いてマリィもおずおずと声を上げる。
「あの、その、あたしも同じ質問です」
二人のそんな質問を受けて頷いたキャロラディッシュは、よくぞそこに気付いてくれたと満足気な顔をしてから、言葉を返す。
「ああ、勿論されておるとも。
というかだ、儂はこの目で重ね世界を見たことがあるからな、今更その存在を疑ったりはせんよ。
何であればお前達にも重ね世界の姿を、ここではない別の世界を見せてやろうか?」
何でもないような態度でそう言ってくるキャロラディッシュに、ソフィアもマリィも唖然としたような、何かが抜け落ちたような、そんな表情をする。
そうして隣に居る女の子の顔と、キャロラディッシュの顔を二度三度と繰り返し見た二人は、凄まじい勢いで立ち上がり、
『見たい! 見たいです!!』
と、異口同音に元気かつ大きな声を張り上げるのだった。
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