第19話 魔具



 キャロラディッシュの快諾を受けてソフィアとマリィがサンルームの中へと入ってくると、その後を追いかけるようにして、ヘンリーとアルバートまでもが姿を見せて、慌ただしく隅に置かれていた椅子を持ち出してソフィア達の為の席を整え始める。


 そうやってレッスンの場が整っていく中で、呼吸を整え居住まいを正し、椅子をソフィア達の方へと向き直させたキャロラディッシュは、平静な態度を取り繕ってからコホンと小さな咳払いをする。


 そうして両者の準備が完了となって、キャロラディッシュは、ソフィアとマリィと、その後ろに控えるヘンリーとアルバートに向けてゆっくりと口を開く。


「あー……大陸生まれのマリィにこちらの魔術のレッスンをする前に、だ。

 まずは大陸とこちらの魔術がどう違うのか、どうして違うのかを考えてみるとしよう。

 儂らの、この辺りの魔術は、心の中から生まれ出る魔力を外に放ち、その魔力によって様々な現象を引き起こしておる。

 そして魔力の引き出し方、放ち方には様々な方法があり……その中でも儂は心の中で大樹を養い、魔術の助けとする『大樹の魔術』を得意としている」


 そう言ってキャロラディッシュはペンの代わりに手にした杖を振るい、ソフィア達の瞳に己の中の大樹の光景を写し込む。


 その大樹がどうやって魔術を放つのか、どうやって魔力に干渉しているのかという、大樹の魔術の流れを、不慣れなマリィにも分かりやすいように見させてやって、そうして杖の先をふわりと光らせる。


「これが儂らの魔術という訳だ。

 そして大陸の……マリィ達の魔術は、魔力でもって現象を引き起こすのではなく、魔力を物に込めることで様々な魔具と呼ばれる物を作り出し、その魔具を使うことで様々な現象を引き起こしておる。

 たとえば木や藁に魔力を込めながら箒を編んでいって、そうして出来上がった箒に乗って空を舞い飛んだり、魔力を込めた木の実をガチョウに食べさせて、そのガチョウに乗って空を飛んだりする訳だな。

 他にも薬草やハーブを大鍋で煮込みながら魔力を込めていって、凄まじい効能を持つ薬を作り出したり、トカゲやら虫の死骸を煮込みながら魔力を込めていってとんでもない呪物を作り出したりもしておる。

 ……さて、ソフィア、この魔具を扱う魔術には儂らの魔術には無いある利点があるのだが、それが何か分かるかな?」


 光る杖を振りながら、そう問いかけてくるキャロラディッシュに対し、ソフィアはうんうんと唸りながら悩み、悩みに悩んで……そうしてから小首を傾げ「分かりません」との一言を口にする。


「そうか。

 まぁ……まだまだ魔術に触れたばかりのソフィアではそこまで想像が巡らないのも仕方ないことではあるか。

 ではマリィ、その利点についてを答えられるかな?」


 キャロラディッシュにそう問いかけられたマリィは、キャロラディッシュの目を見て、隣に座るソフィアの目を見てから、おずおずとした態度で、何処か申し訳なさそうにしながら口を開く。


「は、はい。

 ま、魔具はそれ自体に魔力が込められているので、魔具さえあればいつでも、誰でも魔術的力を行使することが出来、ます。

 魔力を持たない人でも、あ、赤ん坊でも、魔具を手にし、正しい使い方をすれば、それで良いのです。

 中には扱い方の難しい魔具や、持ち主の魔力を要求してくる魔具もありますが……そ、そこまでのものとなると、作るにしても使うにしてもお祖母様くらいの魔女じゃないと出来ないのではないかなと……」


 そう言って語尾をもごもごと飲み込んでしまうマリィに対し、キャロラディッシュは良い回答だと満足気に頷いて、ソフィアは手をぽんと打ち合わせながら「なるほど!」と元気な声を上げる。


 そんな二人の反応が予想外だったのだろう、マリィは目を丸くしながら驚きの感情を顔いっぱいに浮かべて、そんな顔で二人の顔を何度も何度も見返す。


「……何だ? どうかしたのか?」


 そんなマリィの態度に、キャロラディッシュがそんな言葉をかけると、マリィは俯くことで被っていた帽子のつばでもって己の表情を隠しながら、もじもじとその身を捩らせ、籠もった声を返してくる。


「……あたしの喋り方、み、皆嫌がるから……。

 誰かが正解出来なかったことを正解しちゃうのも、皆は……」


 ぼそぼそと響くマリィのその言葉に、ソフィアがきょとんとした顔で首をかしげる中、キャロラディッシュは小さなため息を吐いてから、鼻をふんっと鳴らし、言葉を返す。


「あの暗い森の中ではそういったこともあったかもしれないが、ここでは……少なくとも儂の屋敷の中ではそういったことは無いから安心しなさい。

 喋り方なんぞ好きにしたら良いし、優秀であることはただ胸を張って誇れば良い。

 ……少なくとも儂はこれまでの人生をそうやって過ごして来たからな、今更止めろと言われても止められんわ」


 そう言ってキャロラディッシュは、マリィの返事を待たないまま立ち上がり、レッスンの為に使う資料や本を探す為、机の引き出しの中をあさり始める。


 そうしながらキャロラディッシュは、マリィの言葉……というよりもその過去と境遇に余程に思う所があったのか「ふんっ、ふんっ、ふんっ」と鼻を荒く鳴らし続ける。


 そんなキャロラディッシュの背中……というか突き出されたお尻を見つめたソフィアは、マリィの方を見ながら「あはっ」と笑い、そんなソフィアの笑いに釣られたマリィと、アルバートとヘンリーまでもが、なんとも楽しそうで元気な笑い声を上げるのだった。


 

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