第17話 マリィ


 春波のように腰まで流れる金の髪に、くりっとした緑の瞳に、大人しげに垂れた細眉に。


 翌日の早朝。

 屋敷の玄関へとグレーテがガチョウに乗せて連れて来たそのマリィという名の女の子は、そうした容姿と、今にも消えてしまいそうな儚げな空気とを持ち合わせていた。


 グレーテと全く同じ作りの黒いとんがり帽子と黒いローブを身に纏いながら、グレーテとは全く逆の空気というか雰囲気というか……独特の世界を持っている彼女は、初めて顔を合わせたキャロラディッシュを見てなのか、身を硬くし、あらぬ方向へと視線を泳がせて……そうして完全に萎縮してしまっていた。


 見方によっては「根暗」とも取れるその態度は、恐らくはグレーテが口にしていた彼女の『微妙な立場』が影響してのことなのだろう。


 そんなマリィを見て、キャロラディッシュが「さて、どうしたものか」と考えていると、玄関の奥からアルバートとヘンリーを伴ったソフィアがたたっと駆け込んでくる。


 同年代のお友達が遊びに来てくれたと笑顔で駆けるソフィア。

 ただただソフィアが嬉しそうだからと微笑むアルバート。

 静かだった屋敷が賑やかになってきたことを喜ぶヘンリー。


 という、三者三様の笑顔を目にしたマリィは、その暗く沈んでいた表情をぱぁっと輝かせて、細く高い声で一言。


「可愛い!!」


 と、叫んで、ソフィア達の方へと駆けていって、その小さな3つの体を、長いその手でぐっと捕まえて、ぎゅうっと抱きしめる。


「え、え、何この子たち! 可愛い可愛い可愛い!」


 さっきまでの暗さは一体何処へいったのやら、喜色に満ちた声を上げるマリィと、そんなマリィとの邂逅を素直に喜ぶソフィア達。


 そうした様子を見て、上手くやってくれそうだと判断したキャロラディッシュは、その場から数歩距離を取り、指をくいと曲げてグレーテにこっちに来いとの仕草を見せる。


「あの様子であれば、まぁ問題無いだろうな。

 というかお前……ソフィアやアルバート達のことをマリィに話してやってなかったのか?」


 仕草を受けて近寄って来たグレーテにキャロラディッシュがそう言うと、グレーテはため息まじりで言葉を返してくる。


「勿論昨日の晩のうちに話してやったともさ。

 ……ただあの子の耳には届いていなかったようだね。

 力を持ちすぎた為に期待され、嫉妬され、疎まれ、攻撃されて……私達がいくら守ってやっても、あの子の心は深く深く傷ついてしまっていた。

 それが少しでも癒えてくれるのならとここに連れて来てやったんだが……まさかここまで上手く行くとはねぇ。

 私達も動物関係の魔術の研究をしてみようかねぇ」


「そこまで心を傷つけられたのだとしたら、あの様子はあくまで一時的なものだろう。

 心の傷が癒えるには数ヶ月もあれば十分だろう。

 そこら辺に関してなら儂は識者と言っても良いくらいの知識を持ち合わせておる。

 後のことは儂に任せておくが良い……悪いようにはせんさ」


「未だに傷が癒えてないどころか、傷を剥き出しにしてうなり続けているアンタがそう言っても説得力が全く無いと思うがねぇ。

 ……まぁ、こうして預ける以上は細かいことはアンタに任せるさ。もののついでにアンタの魔術の知識もあの子に与えてやっておくれよ。

 それが上手くいったなら、あの子にはこの島で暮らして貰うというのも悪くないからねぇ」


 そう言ってソフィア達とじゃれ合うマリィの方を見て、静かに微笑むグレーテに、キャロラディッシュは今までにしたことがないというくらいの驚愕の表情を浮かべて食ってかかる。


「ま、待て待て待て待て!?

 マリィにはお前が驚く程の才能があるのだろう!? その才能をそんなにあっさりと他国に明け渡すというのか、お前は!?」


 そんなキャロラディッシュの言葉に対し、グレーテは鼻をふんっと鳴らし、強い呆れの混じった声を上げる。


「アンタも知っての通り、私達はあの邪教徒共と長い間、戦いを繰り広げて来た。

 常に前線で戦い、弱き民達を懸命に守り……それだけの貢献をしてきてやったってのに、大陸の馬鹿共は私達に全く感謝の態度ってもんを示さないんだよ。

 まるでそれが日常のことであるかのように、感謝するまでもない当たり前のことであるかのような態度で接してきやがって……僅かな感謝さえもしやがらないんだ。

 挙句の果てに私達の森を切り開こうとしてみたり、マリィが特別な力を持っていると知れば誘拐やら何やらと、腐れた手段で奪おうとしてきたりしやがって……ほとほと愛想も尽きたってもんだよ。

 この島国が良い国って訳じゃぁないんだが……アンタは前線で戦う私達の為にあれやこれや支援してくれたり、便宜を図ってくれたりしていただろう?

 ……それなら、世の道理として私達はこっちに付くってもんだよ」


 キャロラディッシュは長年の間、グレーテを始めとする邪教と戦う者達への支援を様々な形で行っていた。

 金銭的、技術的な支援は勿論、キャロラディッシュの所有する船舶や運河の優先使用権や、負傷者の為の保養所の建設、引退時の年金の支給など、その支援の数々は枚挙にいとまがない程だ。


 それらはあくまで、参ずべき戦いに参じなかったキャロラディッシュの罪悪感によるものだったのだが……それがまさかこんな結果を引き起こすとは思ってもいなかったキャロラディシュは、軽い目眩を覚えてしまい両手で頭を抱え込む。


 そうして大きなため息を吐き出したキャロラディッシュは、ゆっくりと言葉を選びながら声を上げる。


「……そうすると、お前達もそのうち、こちらに移住してくる……ということになるのか?」


「さて……それはどうだろうね。

 流石にこれだけ長い間住んでいると、あの森への愛着も深くなるってもんだし……『余程のこと』が無い限りは、移住まではしないさ。

 ……ただ、今のような状況が続くようだと、その余程のことが起きてしまいそうでねぇ、おお、怖い怖い」


 そう言ってなんとも軽い態度でヒェッヒェと笑うグレーテ。


 そんなグレーテを半目で睨むかのように、じぃっと見つめたキャロラディッシュは、


「……移住するとなったら、せめて数週間前には連絡をよこすように」


 と、そんな言葉を吐き出して、グレーテの笑い声を一層に大きなものへと変化させるのだった。

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