第16話 グレーテの提案
大きな笑顔を見せたグレーテは、ヒェッヒェッと笑い声を上げて、そうしてから何かを噛んでいるかのように口を閉じ、ソフィアの方へとその両手を伸ばしてくる。
その手を嫌がることなくソフィアが受け入れると、グレーテはソフィアの両頬を撫でて、頭を撫でて、耳の前を通る髪をすっと撫でてから口の中で「ふむふむ」と呟く。
そうしてグレーテが一言、
「良い子だね」
と、口にすると、その様子を見守っていた五人の老婆達がフィアの側へと一斉に近寄って来て……ソフィアの手を取りながら、頭を撫でながら、それぞれの自己紹介をし始める。
そうやってソフィア達と老婆達の触れ合いが始まる中、グレーテはキャロラディッシュの方へと向いて渋い顔をし、
「ハルモア、あっちで話そう」
と、そう言ってくいとその尖った顎をしゃくり上げる。
キャロラディッシュがその言葉に従って、ソフィア達に話を聞かれることのないだろう辺り……庭園の隅へと移動すると、グレーテは渋い顔をしたままゆっくりと口を開く。
「あの子の庇護者がアンタ以外にも必要という話は、実際にあの子を見てあの子に触れてよく分かったよ。
私達に頼りたくなるのもよく分かるし、そこで国ではなく私達を頼ったのも良い判断だった。
……まったくあれ程の才能がどうしてあの歳になるまで埋もれていたのやら……目眩がしてくるね」
そう言って片方の目を瞑り、なんとも言えない表情を浮かべるグレーテに、キャロラディッシュは苦虫を噛み潰したような顔になりながら言葉を返す。
「……やけに素直ではないか? お前らしくもない。
儂はてっきり嫌味の十や二十は言われるものと覚悟をしていたんだがな?」
「私だって嫌味の一つや二つ、言いたいところなんだけどね……私達にも事情ってもんがあるんだよ。
……今年で11になる私の孫、マリィがね……一緒なんだよ、あの子と。
生まれつきの才能に恵まれ、とんでもない魔力に恵まれ、私達の数十年をあっという間に吸収する鬼才……それがマリィなんだ。
私はてっきりマリィだけがそう生まれたのだと思ってたんだけどね……まさかここにも同じような子が居るとは驚かされたよ」
「……馬鹿な。婆の欲目ではないのか?
あれ程の才能がもう一人居るだと……?」
「私の欲目だったらどんなに良かったことか。
変に才能に恵まれてしまったおかげで、あの子は森の中で微妙な立場に立たされちまってるんだからね。
……だが、同じような力を持った子が他にも居るとなると色々と話が変わってくる。
というかだ、二人目も出たとなると、この世界と他の『重ね世界』に何かが起きているのかもしないと、そういう考えを持った方が良いのかもしれないねぇ」
「……ふ、む。
……ではどうすると? お前はソフィアとそのマリィという子をどうするべきだと考えている?」
髭を撫で、思案を巡らせながらそう言ったキャロラディッシュを見て、グレーテは口角をぐいと上げて、ニヤリと笑う。
「そりゃぁもう、答えは一つしかないさ。
私達が世界と重ね世界を調査し、あの子達がああなった原因を調査する間、マリィをここに連れてきて、ソフィアと一緒にソフィアの友達としてアンタに保護してもらう……これが一番だろうね」
「……なんだと?
お前は一体何を言っているんだ??」
「そう訝しがるもんじゃないよ、簡単な話じゃないか。
……まずここはアンタの魔術のおかげで、ちょっとした魔術要塞と化している。
私達でもアンタからの手紙がなきゃぁ立ち入れない程の要塞だ。ソフィアとマリィを『保護』するにはうってつけの場所だろうよ」
「……まぁ、それはそうだろうが……」
「そして、だ。あの年頃の女の子をこんな所で爺と二人っきりで育てるなんて、そんな残酷な話があるものかいね。
あの年頃の子には同い年くらいの同性の友達が必要不可欠なものさ。
『保護』の件が無かったとしても、私はマリィをここに置いただろうね。
男の見極め方に化粧の仕方に、流行りの服の選び方に……女の子が同性から学ぶべきことはアンタが思っている以上に多いもんなんだよ。
それとも何だい、アンタがそういったことをあの子に教えられるのかい? えぇ?」
「む……ぐ……」
そう言って口を噤んだキャロラディッシュを見て、ヒェッヒェッヒェッと笑ったグレーテは、黒いローブの袖の中に手を入れて、そこから枯れ果てた数枚の葉っぱを取り出す。
「……勿論大事な大事なマリィを保護して貰う以上は、こうして礼もするさ。
どうだい、アンタにも私にもあの子達にとっても、まったくもって悪くない話だろう?」
そう言ってその葉っぱを……大陸の魔女達が崇め保護している世界樹の葉を差し出してくるグレースに、キャロラディッシュは一瞬だけ驚いた顔を見せて……そうしてから片手を上げて、グレースに「それは必要ない」と仕草で伝える。
「そう簡単に世界樹の葉を流出させるやつがあるか、馬鹿者め。
……だが、お前の覚悟はよく分かった。
ゆえにそのマリィという子を……ひとまずはこちらで預かってやろう。
そしてソフィアと仲良くなり、友達となったなら……ここに好きなだけ滞在してくれて構わん。
……ただし! ソフィアにもマリィにも、今の込み入った事情を話すのは無しだ。
保護して貰う為に偽りの友情を抱くなど……そんなに悲しい話があってたまるものか。
友達となるかどうかは、あくまで本人次第、大人が干渉するようなことではないわ。
ソフィアと仲良くなれんようなら……まぁ、そうだな、別の屋敷でも建てて、そこに居候するくらいは許してやろう。
調査に関しては、儂の方でもやってみて……それでまぁ、情報を共有するようなことがあっても、良いかも知れんな」
そう言ってフンッと鼻を鳴らし、あらぬ方向へと顔を向けるキャロラディッシュを見て……グレーテはヒェッヒェッヒェと笑い、キャロラディッシュとそっと握手をしながら笑い続けるのだった。
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