第15話 襲来


 翌日。


 朝食と散歩を終えての休憩時間。


 庭園に足を運んだソフィアとアルバートが、ポカポカとした陽気の下で椅子に腰掛けての日光浴を楽しんでいると、鳥か何かのものと思われる、辺り一帯に響き渡る程の大きな羽音が二人と周囲の猫達の耳に飛び込んでくる。


 一体どれほどの大きな翼を持っていたら、こんなにも大きい音が出せるのかと、ソフィアとアルバートが驚きながら空を見上げると……そこには一羽の巨大なガチョウの姿があった。


 下から見上げるという形であってもそれがガチョウだと分かる程のでっぷりとした体、つややかな羽毛、特徴的な足。


 以前住んでいた家でガチョウの世話をしていたことがあるソフィアは、ガチョウが空を飛べないということもよく知っていた為、どうしてそこに……大空にガチョウの姿があるのかと激しく困惑し、混乱してしまう。


「え? え? な、なんで!?

 ガチョウがなんで空を!?」


 そんなソフィアの悲鳴に一切構うことなくばっさばっさとガチョウは空を舞い飛び続け、大きな円を描くように滑空し、ゆっくりと高度を下げていって……そうしてソフィア達の目の前へとドタリと舞い降りる。


 羽根をたたみ、くいと顔を上げてポーズを決めるガチョウの背中には黒いとんがり帽子に、黒いローブ姿といった怪しげな格好をした老婆の姿があり……鷲鼻と長い白髪を揺らしながら老婆が声をかけてくる。


「……アンタがソフィアかい?」


 嗄れた老婆らしいその声は、何処か優しげな響きを含んでいて……薄茶色の瞳でじっと見つめられたソフィアは、何が何やらと困惑しながらも頷くことでその質問に答える。


「そうかい、そうかい。

 ふぅーーーむ……まぁまぁまぁまぁ、素直そうな良い子じゃないか。

 まったくあんな爺にゃぁ勿体なさ過ぎる子だねぇ」


 そう言ってヒェッヒェッヒェッヒェと高音の、周囲に染み渡るような笑い声を老婆が上げると……まるでそれを合図にしたかのように、庭園のあちこちから似たような黒尽くめの格好をした老婆達が次々に姿を見せる。


「この子がソフィアちゃんかい?」

「かわいらしか~、かわいらしか~」

「まぁまぁ黄色のドレスなの? 私は青色のほうが好きだわねぇ」

「何言ってんだい、女ならば黒を着こなしてこそじゃぁないか」

「アンタねぇ、この島国じゃぁ黒はあんまり好まれないんだよ!

 女ならそういった流行にも敏感じゃないとねぇ」


 姿を見せるなり好き勝手なことを言い始める老婆達にソフィアが、この人達は一体何者なのか、どう対応したら良いのかと困惑していると、アルバートがソフィアを守ろうとしているのか、ソフィアの前に立って「グルルルル」と威嚇の意味を込めた声を上げる。


「おやまぁ驚いた! こいつがソフィアちゃんのナイト様かい!」

「ふぅーむ、なかなかどうして、悪くない性根をしているようだねぇ」

「面構えがちょいとイマイチだねぇ、もう少し良い男じゃぁないとねぇ」

「犬っころに何を求めてんだい、大事なのは気概だよ、気概」

「あたしはあれだねぇ、大型犬のが好みだねぇ」


 アルバートの決死の威嚇にも、そんな態度で接してくる老婆達に、ソフィアがいよいよその困惑っぷりを極めていると、屋敷の方から、


「こんの婆共がぁー! 来たならまず儂に声をかけんかぁ!」


 とのキャロラディッシュの声が響いて来て、屋敷の扉が激しい音と共に開かれて、姿を見せたキャロラディッシュがずんずんと大股でソフィア達の下へと歩いてくる。


 そんなキャロラディッシュを見るなり老婆の一人……一番にソフィアに話しかけて来た老婆が、ローブの端と端を両手ではっしと掴み、キャロラディッシュを真似しているかのような大股でずんずんとキャロラディッシュの方へと歩いていって……そうして小さな背丈でキャロラディッシュと相対した老婆は、ギョロリとした目でキャロラディッシュを睨みつけて、キャロラディッシュもまたそんな老婆に負けじとその目を見開いてきつく睨み返す。


「アンタの無礼極まりない手紙に応えてわーざわざ海の向こうから来てやったよ、感謝しな!!」

「ハッ!! 耄碌してないようで何よりだ! わざわざ手紙を送ってやったというのに、呆けて文字も読めないようでは無駄骨になってしまうところだったからなぁ!!」


 そんなことを言い合ってにらみ合う老婆とキャロラディッシュ。


 視線と視線がぶつかりあい、ぶつかりあって魔力を弾けさせ、弾けた魔力が火花のような姿となって周囲に散り……そんな睨み合いがいつまでも続くかと思われた、その時。


「あ、あの! こちらの方々は一体どちらのどなたなのでしょうか!!」


 勇気を振り絞ってのソフィアなそんな一言が周囲に響き渡り……その声を受けてキャロラディッシュと老婆は、きつく厳しくなっていた表情を緩めて、静かに息を吐く。


 そうしてソフィアの方へと向き直ったキャロラディッシュは、小さなため息を吐いてからゆっくりと口を開く。


「……この婆共は海の向こう、大陸の暗き森に居を構える魔女の一党だ。

 儂とはまた違った形で魔術を行使し、その魔術でもって人々を病や呪いだといったものから守り……何よりあの邪教との戦いの最前線に立っている者達でもある。

 この儂に突っかかって来たガチョウ乗り、こ奴が魔女達を束ねるマザー……マザーグースとの二つ名もある魔女達の長だ。

 儂は邪教と戦う者達への支援を積極的に行っていてな……その縁でこ奴らとも面識があるのだ。

 ソフィア、お前にとってこ奴らとの縁は……きっと良いものとなることだろう。

 まずは挨拶をし、その名を覚えて貰うと良い」


 そう言われてソフィアは、慌てて居住まいをただし、スカートの端をちょんと持って、


「お、お初にお目にかかります。

 きゃ、キャロラ、ディッシュ様の下でお世話になっている、ソフィアと申します」


 と、そう言って簡単な形でのお辞儀をする。


 その様子を微笑みながら、温かな視線でじっと見つめたマザーグレースは、


「はいよ。

 私の名前はグレーテ。マザーグレース・グレーテと覚えておいで。

 ちなみにだが私は貴族でもなんでもないし、この島国独特の文化には興味もないから、挨拶も口調も簡単に、可愛らしくしてくれたらそれで良いよ」


 との言葉を返し、真っ白に輝く犬歯を剥き出しにしての大きな笑顔を浮かべるのだった。

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