第14話 手紙


 それからキャロラディッシュのレッスンは、ソフィアが満足するまで……木の葉達を舞わせることに飽くまで続けられた。


 普通であれば満足云々以前に、魔力の方が先に尽きるか、体力の方が先に尽きるかするものだが、ソフィアの魔力はその総量が見えない程に多く、また驚かされる程に元気な女の子である為に、そういったことは全く無く、レッスンが終わったのは日が沈みかけた夕刻頃のことだった。



 巣に帰る為なのか、小鳥達が慌ただしく空を舞い飛ぶ中、キャロラディッシュはサンルームの机を前にしながら、物凄い勢いでグレース手製のビスケットを貪り食べていた。


 浅く椅子に腰掛け、右手でペンを握り、白紙の便箋をじっと睨みながら……左手で木の器に盛られたビスケットをわっしと掴んで口に運び、バリボリボリバリと。


 そのビスケットにはくるみを始めとした様々な木の実が使用されていて、その木の実達がキャロラディッシュの歯に砕かれて小気味良い音を上げ続ける。


 甘いものを摂り過ぎては体調を崩してしまうからと、砂糖を少なめにし、ミルクを多めにし、砕いた木の実をいっぱいに散りばめたビスケットをキャロラディッシュの左手が再度鷲掴みにしようとした―――その時、いつの間にそこにいたのか、机の端に立つグレースが、嗜めるかのような態度でキャロラディッシュの手に己の前足をペシリと叩きつける。


「夕ご飯前だっていうのに、一体何をしていらっしゃるんですか!

 ビスケットをいくら食べたところで事情が変わる訳でも無いのですから、さっさと書いちゃって、さっさと送ってしまいなさいな」


 怒っているのか呆れているのか、エプロン姿のグレースがそう言って大きなため息を吐くと、キャロラディッシュはふんっと鼻息を荒く吐いて、ビスケットを鷲掴みにし、口の中へと放り投げる。


 そうしてバリボリバリボリバリとビスケットを噛み砕いたキャロラディッシュは、ペンを走らせて『頼みがある』との一文をかき上げて……そのまま硬直し、再びビスケットへと手を伸ばそうとする。


 ……が、そうはさせまいとグレースが木の器を自らの頭上へと持ち上げて、両手と頭とで器用に器を支えながら、キャロラディッシュから距離を取ってしまう。


「もう駄目です!

 残りはソフィアちゃんとアルバートちゃんの分ですから……お腹がどうしても空いて仕方ないとおっしゃるなら、さっさと書き上げて食堂に行って、夕ご飯を召し上がってください!

 ……もし、このままぐだぐだと書き上げないようでしたら、夕ご飯も抜きにしますからね!」


 グレースのそんな言葉を受けて、今までに見せたことのないような渋面になったキャロラディッシュは、渋面をそのままにペンに必要以上の力を込めて、手紙を書き上げていく。


『頼みがある。

 儂はつい先日、お前達が目を剥いて驚くような才を持つ子を養子とした。

 その才はこの儂をゆうに超え、お前達が束になっても敵わないものである。

 ゆえにこの子には、儂以外の庇護が必要だろうと儂は考えている。

 子の名前はソフィア、年齢は十歳で女の子。

 これはお前達にとっても損になる話ではないだろう。

 何であれば商船の一隻や二隻をくれてやっても良い。

 この子の庇護者と、教育者と、それと儂に何かあった際の後見人にしてやるから、数日以内に顔を見せに来い。

 もし理由もなしにこの話を断るようであれば、儂は大陸全土に対し、相応の態度で接することになるだろう』


 勢いのままにそんな内容を書き上げて、ふうと息を吐くキャロラディッシュ。

 そうしてキャロラディッシュがペンをペン立てに収める中、グレースがそろーりと近付いて来て、出来上がった手紙の内容を確かめるべく、器を持ち上げたまま覗き込んでくる。


「……きゃ、キャロラディッシュ様!?

 何なんですか、この内容は!!

 途中まではまだしも、この最後の一文……! これではただの脅迫文ではありませんか!!」


 その中身を読むなり、悲鳴に近い声を上げてしまうグレース。

 サンルーム内に響き渡る彼女の声を受け止めながらキャロラディッシュは、その頭上の器へと手を伸ばし、一枚のビスケットを奪い取り、なんとも満足気な顔でばりぼりと噛み砕く。


「まぁぁー! 何なんですか、その態度は!

 大人げない、本当に大人げない!! そんな態度でソフィアちゃんの保護者だ、先生だなんてよくも言えたものですね!

 アナタは昔っからそういうところがありましたが、今回ばかりはいくらなんでも見過ごせませんよ!

 何しろソフィアちゃんの未来がかかっている―――」


 ぶわりと全身の毛を膨らませて、怒り心頭、怒髪衝天といった様子で声を荒げるグレースに対し、キャロラディッシュは何の言葉も返すことなく無視を決め込む。


 そうしてグレースが更に大きく毛を膨らませる中、キャロラディッシュは、便箋にすっと手を伸ばし、さっと折りたたみ、封筒の中にすっとしまい、閉じた封筒と杖を手にして、グレースの制止を完全に無視して、杖を振るい魔術を発動させる。


 すると、机の中から荷物紐と荷物札が姿を見せて、蛇のようにくねり踊った紐が封筒を包み込み、荷物札が張り付いて……手荷物のような姿となってふんわりと宙に浮かび始める。


 それを見てグレースは、慌てて器を置いて手荷物に飛びかかろうとする……が、それよりも早く手荷物は、魔術でもって開け放たれたサンルームの扉の向こうへと飛び去ってしまう。


「ふっはっは。

 これで夜が深まる頃には奴らの手元に届いてくれることだろう。

 ……グレース、お前は脅迫だの何だのと声を荒げるが、あ奴らだぞ? 海の向こう、大陸の暗き森に住まう、あ奴らだぞ?

 あの陰気臭い婆共が、ただ頼んだからとて動いてくれるものか。

 礼を尽くそうが、相応の報酬を用意しようが、気紛れに、思うがままに、無責任に振る舞うのが奴らの特徴よ。

 あのお転婆共を動かそうと思ったら、このくらいが丁度良いのだ。

 ……早ければ明日にでも顔を見せるに違いないわ」


 そう言ってキャロラディッシュはすっくと立ち上がり、そのまま食堂の方へと歩き去っていってしまう。


 そんなキャロラディッシュの背中を見送りながらグレースは「ふぅーーー!」と怒りで一杯の熱い息を吐き出し……そうしてから呆れで一杯のぬるいため息を吐き出すのだった。


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