第13話 キャロラディッシュのレッスン その2
杖を振るい、紙製の木の葉達を舞わせながら、キャロラディッシュはソフィアに向けて、伝えたかった言葉を静かに響かせる。
「魔力とは力だ、何も知らぬ者でも簡単に物を吹き飛ばせる程の力だ。
そして魔術とはその力を扱う技術であり……今見ている光景がその技術が成す一つの終着だ。
この木の葉を舞わすという簡単な結果に至るだけでもいくつもの方法があり、経路があり、どうやってそこに至るかは魔術を扱う者の発想次第なのだ。
ただ木の葉を舞わすだけならもっと簡単な方法があるかも知れん、あるいはもっと複雑で高度で美しい方法があるかもしれん。
儂のように杖を振るわずとも出来るかもしれんし、もっともっと美しく舞わせることが出来るかもしれん。
以前にも言ったことであり、これからも何度も言うことになると思うが、魔力とは自由なものなのだということを、よく覚えておくように」
目の前の光景のあまりの凄まじさに、呆然とし、何も考えられなく成っていたソフィアは、キャロラディッシュのその言葉をどうにか、理解しきれないながらもどうにか飲み込んで、しっかりと頷く。
するとキャロラディッシュは髭を揺らしながらにっこりと微笑んで、手にしていた杖をそっとソフィアにそっと握らせる。
「これはあくまで儂のやり方であり……ソフィア、お前のやり方ではない。
だが、いきなり自らのやり方を編み出せといってもそう簡単にはいかないものだ。
ゆえにまずは模倣から始めていくのが良いだろう。
模倣を繰り返し、追々手慣れてから自らの方法を、自らの道を見つけ出せば良いのだ」
そう言ってキャロラディッシュは、ソフィアの背後に立ち、杖を握ったソフィアの手を包み込むように優しく握り、その手と杖を振るいながらソフィアの若木と魔力に干渉していく。
優しく静かに若木から魔力を引き出し、キャロラディッシュの大樹の力で形にし、放出し、五枚の木の葉に干渉させて、先程のような華麗なダンスを舞わせ始める。
自らの魔力が使われているからなのか、先程の舞よりもはっきりと魔力の動きを読み取ることが出来て、目の前で何が起きているのかをよく理解することが出来て……ソフィアは、その光景の美しさもあってか、その両目を大きく見開いてキラキラと輝かせ始める。
「……よしよし、よく観察しているようだな。
ではソフィア、次はお前がやってみなさい。
今儂がやったのと同じように、模倣の魔術であの木の葉達を舞わせるのだ。
もし失敗しても気にしないように、失敗を当たり前として受け入れるのも大事な心構えの一つだ」
ソフィアの背後に立ったまま、ソフィアの手を包み込んだままそう言うキャロラディッシュに、ソフィアは無言のまま頷いて……意識を集中させて、先程までのキャロラディッシュの魔術を思い浮かべながら、木の葉達を舞わせ始める。
キャロラディッシュが寄り添ったまま、キャロラディッシュの老木が寄り添ったままであるおかげか、ソフィアの魔術は見事に成功し、木の葉達は軽やかで柔らかなダンスを舞い始める。
キャロラディッシュがさせていたダンスよりも、明るくて楽しげで、木の葉達がまるで笑っているかのように見えるのは、ソフィアの心の有り様が影響しているのだろう。
その舞は本当に楽しそうで、幸せそうで……ソフィアの側で黙ってことの成り行きを見守っていたアルバートまでが、その楽しそうな様に釣られて、ふさふさとその尻尾を揺らし始める。
そしてそんなソフィアの魔術の様子を、ソフィアの背後でじぃっと観察していたキャロラディッシュは……胸中で複雑な心境を吐露し始める。
(むう……こんなにも早く儂の模倣から逸脱し始めるとは……儂が五年かけて習得した魔力の制御方を、概ね……いや、完璧に習得してしまっているではないか。
やはりただ魔力に恵まれているだけでなく、魔術の才能までもが儂とは段違いか。
このまま魔術師としての道を歩めば、間違いなく成功が約束されているのだろうが……しかし、そのことが必ずしもこの子を幸せにするとは限らんのがなぁ……)
そんなことを考えて、ひどく苦い顔をしたキャロラディッシュは、囁くように諭すかのように、静かな声でソフィアに語りかける。
「ソフィア、お前の魔術に関する才能はとても素晴らしいものだ。
……あー、もしかしたらだ、儂なんかよりも……んんんん、より高みに昇れるかもしれない才能をお前は持っているのだ。
ゆえに、魔力を制御する方法である魔術を習うことは、お前にとってとても有意義なものとなるだろう。
……しかし、だ。だからといって魔術の道にしか進めないという訳ではないのだぞ。
魔術以外にも、世の中には語学、歴史、算術といった勉学があり、その道を進むという選択肢もお前には残されているのだ。
あるいは農園主や牧場主になるのも良いだろう、世界地図を完成させるための冒険家になるのも良いだろう。
全く未知の学問を追い求めるのも良い、新たな商売を初めて見るのも良いかもしれん。
理由があって儂はお前に魔術を学ばせるが、お前が継ぎたくないと思ったならそうしても一向に構わないのだ。
……自らの心を、自由な心を失わないように、この言葉をしかと心に留めておきなさい」
目の前の光景と魔術に夢中になっていたソフィアは、その光景よりもキャロラディッシュの声に込められた優しさに気付いて、意識をその声の方に向けて……そうして、
「はい、分かりました! キャロット様!」
と、見えるはずのないキャロラディッシュの顔を見上げようとその顔をぐいぐいと上げながら、何処までも明るく元気な声を上げる。
その無邪気過ぎる程に無邪気で、元気過ぎる程に元気なソフィアの声と仕草を受けてキャロラディッシュは……ソフィアの為に、ソフィアの未来の為に、ある人物達に助力を願おうと……彼にとってとても厳しく、辛い決断を下すのだった。
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