第12話 キャロラディッシュのレッスン その1


「では、まずは自らが持つ魔力がどんなものであるかを自覚し、自覚した上で魔力を扱えるようになる所から始めるとしよう。

 ……ここでは何だな、付いてきなさい」


 と、そう言ってキャロラディッシュは、論文執筆用の何枚かの白紙と杖を手にして、サンルームを後にする。


 そうしてソフィア達と共にサンルームの外にある開けた一帯へと足を向けて、白紙を破り、木の葉の形に整えていって……五枚の木の葉を作り出し、それらをそっと地面に並べていく。


 木の葉の端がギリギリ触れ合うような、均一の間隔で並べていって……五枚全てを並べ終えてから、その様子を不思議そうな顔で眺めていたソフィア達へと向き直り、手にしていた杖をソフィアに手渡す。


「では、ソフィア……その杖を貸してやるから、自分なりの方法、自分なりの考え方で魔術を使ってみなさい。

 あの木の葉のうちの、一枚だけを吹き飛ばせたなら成功、それ以外の結果となったら失敗だ。

 ……まだ何も教わっていないのに一体何を言うのかと思うかもしれないが、これはソフィアが「魔術」というものをどう捉えているかを知るために必要な、実験のようなものなのだ。

 発動しなくともそれはそれで良し、発動し成功しても良し、失敗しても良し。

 結果を気にせず、自由な発想、自由なやり方でやってみなさい」


 とのキャロラディッシュの言葉と杖を受け取ったソフィアは、力強い声で「はい!」と、そう言って、これまでキャロラディッシュが魔術を使って来た時と同じように杖を構えて……意識を五枚の木の葉へと集中させる。


 そうして深く息を吸って……、


「えいっ!!」


 との掛け声と共に手にした杖を振り下ろすソフィア。


 すると、彼女の内側から魔力と思われる膨大な力の波が溢れ出して、地面に置かれていた木の葉全てを吹き飛ばしてしまう。

 突風と言うべきか、衝撃波と言うべきか、凄まじいまでの魔力の奔流が木の葉達を押し流していく様をじっくりと観察したキャロラディッシュは、杖を振り下ろした体勢のまま呆然としているソフィアの肩にぽんと手を置いて、


「よし、そこまで。

 中々悪くなかったぞ」


 と、僅かに硬くなった声を投げかける。


「ソフィア、お前は気付いていなかったろうが、今の魔術の影響はあれらの木の葉にしか及んでおらんかった。

 周囲の砂粒も、そこいらの草や木も全く揺らさないまま、ただ木の葉だけを吹き飛ばしていたのだ。

 つまりはそれだけお前が木の葉という目標だけに集中出来ていた、ということになるな……この点に関してはよくやったと褒めてやろう。

 ……ただし魔力の放ち方が良くなかったな。ただ己の中にある魔力を外に吐き出すだけでは魔術とは言えん。

 以前にも言ったが、己の中にある不確かなものを確かとして放つのが魔術なのだ。

 今のはただ不確かなままの魔力を吐き出しただけで、これではいかん。

 己の中の若木のことを思い浮かべていたなら、もう少し違った結果になったかもしれんな」


 続くキャロラディッシュの言葉に、ソフィアは小さく「あっ……」と声を漏らす。

 キャロラディッシュの力を借りて芽吹いた、あんなにも美しい若木のことを忘れてしまっていたなんて……と、己の未熟さを恥じて小さく俯く。


「そう恥じる必要は無い。

 今回のこれは先程も言ったように、失敗しても全く構わん今後の為の実験なのだ。

 恥じることなく素直に受け止めて、前向きな経験として活かすようにしなさい」


 キャロラディッシュにそう言われてソフィアは小さく頷き、しっかりと顔を上げて、


「はい! 分かりました!」


 と、元気な声を上げる。


 その様子を見て満足そうに頷いたキャロラディッシュは、ソフィアの前にすっとその手を差し出す。


「では、次のレッスンだ。

 今度は儂が魔術を使ってみせるから、その様子をよく見ているように。

 ……杖を返してくれるかね?」


 そう言われて慌てて杖をキャロラディッシュに手渡すソフィア。


 杖を受け取り頷いたキャロラディッシュは、杖の端を人差し指と親指で摘むように持って……指揮者が指揮棒を振るうかのように、軽やかに杖を振るう。


 すると今しがたソフィアが吹き飛ばした木の葉達がソフィア達の目の前へと戻って来て……キャロラディッシュが並べた時のように均一に、綺麗に、横一列に整列する。


「ソフィア、今から儂が見せるのは何十年も魔術の探求をしてきた熟練者だからこそ出来る魔術だ。

 今すぐに真似できんからといって、自分に才が無いなどとは思わんように。

 出来なくて当たり前、出来たら上等という、そういう魔術だ……儂の言っていることが分かるかな?」


 杖を指揮棒のように構えたままそう言うキャロラディッシュに、ソフィアはしっかりと頷いてみせる。


 その様子を見て髭の中で小さく笑ったキャロラディッシュは、杖をテンポよくリズムを刻むかのように振るって、木の葉達に華麗なダンスを踊らせ始める。


 まるで魂が宿ったかのように自由意志を持ったかのように、右へ左へと舞い飛んで、一枚で踊り、二枚で葉の先を取り合って踊り、五枚で輪になって踊り……ダブル・ジグ、スリップ・ジグ、シンプル・ジグと拍子を変える。


 その光景の凄まじさに目を奪われたアルバートが感嘆の声を漏らす中……ソフィアは目の前に広がるもう一つの光景に気付いて、その凄まじさに心の底から驚愕していた。


 それはキャロラディッシュの背後にうっすらと見える、大樹から伸びてきている枝の織り成す光景で……二十か、三十か、ぱっと見ただけでは数え切れない程の枝達が、器用に軽やかに動きながら、木の葉の動き一つ一つに干渉していたのだ。


 それはまるで、五つの操り人形を同時に操っているかのようであり……ソフィアは魔術という技術の複雑さと、その完成度の高さに圧倒される。


(……ただ木の葉を操るだけでこんな……。

 魔術は本当に万能の力でも奇跡の力でもなくて人の力、技術なんだ……。

 キャロット様はアルバートに知恵を与えてくれたり、ドレスを仕立て直してくれたりもしていたけど、それにはいったいどれだけの……)


 と、ソフィアがそんなことを考えた時だった、今度はキャロラディッシュの大樹から、五本の大きく力強い枝が伸びてきて、それぞれが木の葉の踊りに干渉し始める。


 その干渉の仕方は先程とは全く違う、小さな風を吹かせて木の葉達を踊らせるといった干渉の仕方だったのだが、それでも起きる結果は……木の葉達が器用に踊るという結果は変わらず、そのことがまたソフィアを大きく驚かせる。


 更にキャロラディッシュは、今日一番の大きさの魔力を放ち、木の葉の中に縮尺する紙の骨のようなものを作り出して木の葉達を動かすというソフィアが理解しきれない程高度な魔術を見せて来て……そうしてソフィアは、驚きと呆然と感嘆という感情の渦の中で、何も言えなくなり……何も考えられなくなってしまうのだった。

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