第11話 見学を終えて
見学を終えて工房の入り口へと戻り、エプロンと頭巾を脱いで綺麗にたたみ、しっかりと抱きかかえて……そうしてソフィアは興奮し沸き立っていく心を抑えることが出来ずに、心のままに駆け出してしまう。
「ソフィア!? ま、待ってよ!?」
突然のことに驚いたアルバートがそんな声を上げるが、ソフィアの耳には届いていないようで、ただただ真っ直ぐに、無我夢中といった様子でキャロラディッシュの下へと駆けていく。
猫達の工房、猫達の社会はとっても素敵な世界だった。
皆が笑顔で、楽しそうで幸せそうで……まるで素敵なおとぎ話の世界のような光景だった。
あんなにも素敵な世界を作り出せるなんて、魔術とはなんと素晴らしい力なのだろう。
ここに来たばかりの時は、不安で不安で仕方なかったが、キャロラディッシュの素敵な魔術はそんな不安さえも綺麗に拭い去ってくれた。
その上アルバートの病を癒やし、元気いっぱいにしてくれて……あぁ、私も早くときめきに満ちた魔術の世界に足を踏み入れたい!
……と、そんなことを考えながら、膝に纏わりつくスカートを振り乱し、ひたすらに駆けていくソフィア。
これまでキャロラディッシュはアルバートの病を癒やした力についての詳しい話を、あえてしないようにしていた。
それはまだまだ小さな子供でしかないソフィアが、大きすぎる力に押し潰されてしまわないよう、振り回されてしまわないようにとの、気遣いからくるものだったのだが……ソフィアはそれをおかしな方向へと解釈してしまっていた。
アルバートが喋れるようになったのも、アルバートが元気になったのも、全てはキャロラディッシュの魔術のおかげで、魔術を使う前に行われた問答はソフィアの心構えを試そうとしてのこと。
ドレスのことといい、猫達のことといい、キャロラディッシュはなんでも出来てしまう、最高の魔術師なんだ! ……と、そんな勘違いをしてしまっていたのだ。
(もう一週間も経ったし、ここでの生活にも慣れたし、私も十分落ち着いたし……もう良いよね、私の大樹、元気に育ってくれるよね!)
胸中でそんなことを呟きながら荒く息を吐き、息を吐く度に胸を高く踊らせて、サンルームの前まで駆けていったソフィアは……キャロラディッシュの怪訝そうな視線が自分に向けられていることに気付いて、慌てて足を止めて、エプロンと頭巾を片手で抱え直し、もう片方の手で乱れたスカートをぱたぱたと叩いて整える。
そうして深呼吸を一回。
呼吸を整え、表情を整え、居住まいを正したソフィアは……ようやく追いついたアルバートと共にサンルームへと足を踏み入れるのだった。
サンルームの中から、元気に外を駆けるソフィアを見た瞬間、キャロラディッシュは一週間ぶりの大きな驚きと嫉妬心に苛まれることになる。
ソフィアの若木が、金色に輝く魔術の若木が……驚く程に大きく枝葉を伸ばしていたのだ。
魔術の知識を得た訳でもなく、魔術の鍛錬をした訳でもなく、ただ猫達の工房を見ただけでそこまでの成長をしてしまうのかと、狂わんばかりの嫉妬心がキャロラディッシュの中で大暴れする。
その嫉妬心を表に出すことなく、内側にだけ留めることが出来たのは、この一週間の間に育ってくれた親心と、自らの未熟さを責める向上心のおかげだろう。
ソフィアの成長を親心が素直に喜び、お前がこれ以上の成長しないのはただお前が未熟なだけだと向上心が責め立ててくれたおかげで、どうにかこうにか嫉妬心に打ち克つことが出来たのだ。
(あの枝葉の活き活きとした様と、あの笑顔を見れば、お前の嫉妬心など取るに足らんものだと分かるだろう!
お前の魔術の探求はあの子の為にあったのだ、あの子を立派に正しく育ててこそ真の魔術の探求者だ!
ハルモア・キャロラディッシュ! 下らない嫉妬心を投げ捨てろ!!)
狂わんばかりの想いを、そうやって胸中で吐き捨てて……それでどうにか平静さを取り戻したキャロラディッシュは、椅子からゆっくりと立ち上がり、サンルームの中に入って来たソフィアとアルバートを出迎える。
「……どうだった、工房は?」
付き合いの長いヘンリーとグレースであれば、その声が僅かに震えていたことに気付いたのだろうが……ソフィアもアルバートも一切気付かないまま、元気に声を返す。
「はい! とっても素敵な工房でした!」
「僕もいずれお仕事を頂いて、お役に立ちたいです!」
目をキラキラと輝かせて沸き立つ心を抑えきれないといった様子のソフィアと、しっかりとした力強い目でそう言うアルバートに、それぞれ一回ずつ頷いたキャロラディッシュが、椅子に座って休むようにと仕草で促す……が、ソフィアは椅子を見ようともせずに言葉を続ける。
「あ、あのキャロット様!
私……魔術のお勉強をしたいです!
私もキャロット様のような魔術師になって、あんな素敵な世界を作り出してみたいんです!!」
ぐっと握った両拳を胸元に置いて、その目の輝きを一層に増させながらそう言うソフィアを見て、キャロラディッシュは顎髭を雑に掴みながら、どうしたものかと唸り声を上げる。
まだまだ新生活は始まったばかり。
キャロラディッシュとしてはひと月程が過ぎてから少しずつ……語学、歴史、算術などの勉学をまず先にさせてから、少しずつ魔術についてを教えていくつもりだったのだ。
だがしかし、これほどまでに若木の成長と早いとなったら……いつまでも魔術についての知識を与えないのはかえって危険を招いてしまうかもしれない。
そうなってしまうよりかは、しっかりと教えてやって、彼女自身に若木の制御と世話をさせたほうが良いかもしれない。
掴んだ顎髭を下にすっと撫で……何度も何度も撫で返して、そうしながらそんなことを考えたキャロラディッシュは、小さなため息を吐き出しながら決断し、ゆっくりと口を開く。
「……分かった。
今日より魔術の授業を開始するとしよう。
……アルバート、お前もソフィアの側で魔術がどんなものであるか、どう扱うべきものであるかを一緒に学びなさい。
お前に魔術を扱うことは出来ないが、魔術についての知識を得ることで、ソフィアの一助となれる場面もあるやもしれん」
そんなキャロラディッシュの言葉を、ソフィアは一段とその目を輝かせながら、アルバートは一段とその目を力強くしながら、
『はい!』
と、異口同音にそう言って、しっかりと受け止めるのだった。
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