第7話 綺麗なドレスを着てパーティへ
はらはらと涙を流し、堪えきれない嗚咽を上げて、わんわんと泣き声を上げたソフィアをキャロラディッシュは、無言のままそっと抱きかかえて、たどたどしく重苦しく足を進めて、屋敷の中へと戻っていく。
そうして心配そうにソフィアを見上げるアルバートと、優しい微笑みを浮かべるグレースと、なんとも言えない表情をしたヘンリーと、泣き声を聞いて集まって来た心配そうな表情をした猫達を引き連れて、ソフィアの為に用意した部屋へと向かう。
キャロラディッシュの寝室の隣の何もなかった空き部屋に、転んでも良いようにと分厚い絨毯を敷き詰めて、天蓋付きのベッドに、可愛らしい装飾のされたクローゼットに、可愛らしい小物が並ぶガラス戸棚にと、いかにもキャロラディッシュのような老人が、孫のために買い集めたといった家具を並べて、可愛らしい花柄のカーテンをかけたという……いかにもな部屋に入ったキャロラディッシュは、抱きかかえたソフィアをそっとベッドの上に寝かせる。
「今日は色々あって疲れたのだろうから、夕食の時間までこの部屋で……自分の部屋で休んでいなさい。
アルバート、ソフィアの側に居てやりなさい、そして何かあればお前達の世話係となるグレースに声をかけなさい。
何か必要な物があったり、困ったことがあったりしたら遠慮をする必要は無い、全てグレースに相談するように。
……ではまた、夕食の時間に」
小康状態となってすんすんと泣くソフィアにそう言って、胸元から取り出したハンカチをそっと枕元に置き、ソフィアの頭をそっと撫でてやってから部屋を後にしたキャロラディッシュは……腰へ手をやりながら隣の自室へと入り、自らのベッドへと倒れ込む。
「も~、良い歳だっていうのに、無茶をしちゃぁ駄目じゃないですか。
ソフィアちゃんを運んであげるにしても、魔術を使ってしまえば良かったのに」
一緒に部屋について来て、倒れ込んだキャロラディッシュの背中に登頂し、その足でトントンと痛む腰を踏みつけて、マッサージしながらそう言うヘンリーに、キャロラディッシュは「ふんっ」との鼻息で返事をする。
「ま~、抱っこしてあげたかったっていうのは分かりますけどね~。
一人で泣くと心と体が寒くなっちゃいますからね~、お義父さんとしては抱っこしてあげたいですよね~。
……っと、そう言えばキャロット様、さっきなんだかとっても聞こえの良いことを言ってましたね?
後ろを向くなとかどうとか……自分は思いっきり後ろを向いたままで、未だに……50年経っても彼らを恨んだままだっていうのに~、格好つけちゃって~」
「はんっ、儂が奴らを恨んでいるのは、まったくもって正当で、妥当で、適当で、公正で筋の通った感情によるものだ。
儂は奴らに謝罪を求めなかったし、一切の復讐もしなかった。
そしてまた奴らも儂に許しを求めなかったし、謝罪や賠償をすることは無かった。
と、いうことはだ、儂には奴らを恨む権利があるはずだし、奴らも恨まれて当然というものだろう。
これは決して後ろ向きの感情なんかではない……儂の未来と毎日を輝かせてくれる、至極前向きな、儂の活力とも言って良い感情なのだ」
そんな言葉を返して、またも「ふんっ」と鼻息を鳴らしたキャロラディッシュにヘンリーは、それはもう大きな、大き過ぎる程のため息を吐き出すのだった。
そうして夕食の時間、ソフィアを歓迎するための豪華な夕食が並ぶ食堂で、キャロラディシュと猫達が静かに待っていると、アルバートを伴ったソフィアが、しっかりとした足取りで食堂へとやってくる。
春に咲くブルーベル色のドレスに身にまとって、一人前のレディといった堂々たる仕草で「おまたせしました」と、そう言ったソフィアを見て、席を立ったキャロラディッシュは、相応の紳士的な態度で、ソフィアを自らの隣の席へと誘導し、椅子を引いてやってソフィアを席につかせる。
それに続く形でアルバートが少しぎこちない仕草でソフィアの隣の席についたのを見て、しっかりと頷いたキャロラディッシュは、自らの席へと戻り、瞑目し自然への感謝の祈りを口ずさみ始める。
「―――今日も恵みを頂戴出来たこと、そしてソフィアとアルバートという新たな家族と出会えたことを感謝し、ここに祈りを捧げます」
長々しい祈りの後に、キャロラディッシュがそう言うと、猫達が「ニャー!」と賛同の声を上げる。
そうして祈りの時間が終わると見るや、一気に活気づいた猫達は、とっても豪勢で、いかにも美味しそうで、見ているだけでお腹の空く夕食へと飛びつくのだった。
そうやって始まった猫達の食事風景を前にしてソフィアは、なんとも言えなくなって硬直してしまう。
綺麗に仕上げられたクリームいっぱいのケーキに我先に飛び込んでしまう猫が居たかと思えば、ロブスターには殻ごとかぶりつき、脂の乗ったサーモンは取り合いの末に引き裂かれ、一体どうしてそうなったのかチーズとプリンとパンがバラバラに砕かれて天井すれすれを飛び交う。
それでも食材の全てが、綺麗に一切の食べ残しなく、猫達の腹の中に収まっていく様子は、ちょっとした魔術の力のように思えてしまって、ソフィアは何も言うことが出来ず、何も口に運ぶことが出来ず、ただただその光景に圧倒されてしまったのだ。
そんなソフィアの隣ではアルバートが初めてのナイフとフォークに戸惑っていて……結局それらを扱うのを諦めて、目の前の猫達を見習いでもしたのかがつがつと、乱暴で粗雑な、いつも通りの口での食事を始めてしまう。
その様子を見てどうしたものかとソフィアが困り果ててしまっている中……キャロラディシュはなんとも嬉しそうに笑い声を上げていた。
笑って笑って、幸せそうな表情で食事を口に運んで……そこでようやくソフィアが食事に手を付けていないことに気付いたキャロラディッシュは、水を飲み、口の中を整えてから、ソフィアの方へと顔を近づけて、猫達に聞こえないように声をかける。
「彼らの食事を見て色々思う所があるだろうが、どうか彼らを許してやってくれ。
確かに儂らは静かに、礼儀正しく食事をすること重んじるが……ああやって食事を全身で、全力で楽しむというのも、中々どうして悪くないものだ。
儂らより少しばかり本能的だというのは……彼らの悪い部分でもあるが良い部分でもある。
そんな彼らから学ぶこともきっと多いことだろう」
そう言われてきょとんとした表情をキャロラディッシュに向けたソフィアは、堪えられなかった笑いを小さく吹き出してから「はい」と、そう言って柔らかく微笑む。
そうして猫達とアルバートを見習って少しだけ本能的になったソフィアは、フォークをわしっと掴み、ずいと腕を突き出して、美味しそうなケーキを削り取って口いっぱいに頬張るのだった。
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