第6話 ドレスを綺麗に仕立て直して


 キャロラディッシュがヤドリギの杖を振ったその瞬間、ソフィアはキャロラディッシュの背後にあの時に見た力強い古木の姿を目にする。


 そこにあるはずのないその古木は、木の葉を散らしながらソフィアとアルバートの下へと枝を伸ばして来て、そしてその枝がソフィア達に触れた瞬間、ソフィア達の体がふわりと浮き上がり、目に見えない椅子に腰掛けたかのように宙に固定される。


 ドレスに何かが起きるということは予測していたが、まさか自らの身にそんな事態が起きるなんてとソフィアが驚く中、ソフィアとアルバートの腰掛けている見えない椅子が、まるで渦巻に巻き込まれたかのように、大きな円を描きながら回転し始める。


 くるくると景色が回転し、回転する景色の中に木の葉とソフィア達が手にしていた布が舞い飛び、舞い飛ぶ布が次第にほつれていって……ほつれきった糸が、回転の中で何処かへと消えていってしまう。


 そうして椅子が激しく円を描き始め、それだけの回転をしたならば目が回るはずなのに、不思議とソフィア達の目が回ることはなく、そんな状況を楽しいと、面白いと思い始めたソフィアとアルバートが、その目を輝かせながら景色を眺め、小さな笑みを浮かべていると……回転の中心に突然生まれた白く柔らかな光が、ソフィアのドレスへと向かって飛んできて、ふっとドレスの中へと溶け込んでいく。


 一体何が起きたのかソフィア達が驚いていると、ソフィアの着ているドレスが真っ白な、卸したてのような輝きを放ち始めて、ほつれていた糸が整えられていって……静かに柔らかに大きく膨らんだドレスが、まるで最初からそうであったかのように、今のソフィアの体ピッタリのサイズへと変化する。


 その出来上がりに違和感はなく、長い間愛用してきたソフィアにも、何処がどう変わったのか分からないというような仕上がりで……それを見たソフィアが深い安堵の息を吐き出す中、新しく生まれた赤い光が、アルバートの下へと向かって飛んでいく。


 そうして赤い光が溶け込んだアルバートの体は、白いシャツに赤いベスト、赤いズボンに赤いマントという、なんとも目立つ古臭い服装に包まれていって……アルバートの服装が整い、完成したその瞬間、ソフィアとアルバートの体がまたもふわりと浮かび……そっと地面へと降ろされる。


 まるで夢でも見ているのかと思うような、そんな不思議な出来事から開放された二人は、自らが身につけた服を見てにっこりと微笑んで……お互いの顔を見合って柔らかに笑い合う。


 そうして二人が、目の前に杖を構えたまま立つ、キャロラディッシュに礼を言おうとした、その時だった。

 何の前触れもなく突然、ソフィアの手の中に何着ものドレスが……ビルが買ってくれて、荷箱に収められていた、真新しい上等な作りの何色ものドレスが姿を現す。


 そのドレスを見てアルバートがなんとも困ったような表情を浮かべる中、泣きそうな表情となったソフィアが礼ではなく「これらのドレスは私に必要無い」とそんなことを言おうとすると、それよりも早くキャロラディッシュがその口をすっと開く。


「ソフィア」


 静かに響く、頭の中に溶け込んでくるかのような声でそう言って、やや硬い仕草でゆっくりと膝を曲げるキャロラディッシュ。

 ソフィアを叱ろうとしているのか、窘めようとしているのか……それでも尚ソフィアが口を開こうとすると、またもキャロラディッシュは、


「ソフィア」


 と、それだけを口にする。


 キャロラディッシュは名前を呼んでいるだけだったが、その声と表情は「儂の話を聞きなさい」とそう言っているかのようで……それを受けてソフィアがぐっと吐き出しかけた言葉をぐっと飲み込んだのを見て、キャロラディッシュは柔らかな表情となりながらソフィアに目線と己の目線を合わせて、じっとその目を見つめながらゆっくりとその口を開く。


「ソフィア、両親を亡くし、その形見を大切にしたいというお前の気持ちは儂にもよく分かる……私も大昔に亡くなった両親の形見を今も大切にしているからな。

 だが、お前の、そのドレス以外を着ないという態度は……少しばかり間違っているように思えるな。

 確かにその白いドレスには、お前に着て欲しいとの母の想いが詰まっているのだろうが……今手にしているそのドレスにだって、お前に着て欲しいとのビルの想いと、誰かに着て欲しいとそう思いながら、紡いだ職人の想いが詰まっているはずではないか。

 ……儂はこれからもお前がそのドレスを着続けられるように、お前が成長する度に今使った魔術を使い続けることをここに誓おう。

 だからお前も少しだけ……ほんの少しだけ儂等に譲歩して、そのドレス以外のドレスも着てみてはくれんか。

 きっとお前の両親も、還った大地の中でお前がそうすることを……色々なドレスを着こなす素敵なレディになることを望んでいることだろうよ」


 そんな言葉を口にするキャロラディッシュを見て、ソフィアは何も言葉を返せずに俯き……そしてキャロラディッシュの後ろに控えていたヘンリーは「まさか!?」と、そう言わんばかりの驚愕の表情を浮かべる。


 偏屈爺のキャロラディッシュのことだ、ドレスの直しだけして後は好きにせよと、そう言い捨てると思っていたのに、まさかこんなにも思いやりに溢れた、まるで『大人』のように見える『親』のように見える、それらしい言葉を口にするとは。


 先程のソフィアを導き守るという、キャロラディッシュの言葉が、ヘンリーの想像以上に、思っていた以上に本気の言葉であったと知って……ヘンリーは心底から、今までに経験したことの無い程の驚愕の感情を抱き、無言のまま静かに震える。


 そんなヘンリーの態度に気付くことなく、キャロラディッシュは、俯いてしまったソフィアへの言葉を続ける。


「なぁ、ソフィア。

 亡くなった両親を想うなとは言わんから……もう後ろばかり向くのは止めにしなさい。

 お前がいくら後ろを向いていても、それでも時は流れて世界は流れて前に進み続けるものだ。

 そんな中で後ろばかり向いていては、いつか致命的な『躓き』をしてしまうことだろう。

 そんなことは誰も……儂もお前の両親も望んではいない。

 だから俯きながらで良いから前を向いて……母の形見以外のドレスに袖を通して、お前の前を歩いている両親に、素敵なレディの姿を見せてやりなさい」


 そう言ってそっと、静かにソフィアの頭を撫でるキャロラディッシュに、ソフィアは小さくこくりと頷いて……そしてもう一度しっかりと大きく頷いて、はらはらと大粒の涙を流すのだった。


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