十の宝〜神の巻

我はを待ち、は我を待つ

今再び一つにならん


あおき光の奔流ほんりゅうが時空の体を包み込む。

凄まじい闘気と共に、八握剣やつかのつるぎがその姿を現した。

他の少女たちも、次々と神器により変容を遂げていく。


黄金のローブ【品々物之比礼くさぐさのもののひれ】をまとったたける――

深紅の筆【生玉いくたま】をたずさえ柚羽ゆずは――

紫紺しこんの瞳に猫耳となった【足玉たるたま】のりん―─

深緑の手袋【死返玉まかりがえしのたま】を両手に装着したあきら―─

褐色の古書【道返玉ちかえしのたま】を抱えたすず――

漆黒の甲冑かっちゅう蜂比礼はちひれ】に身を包んだ幽巳ゆみ─―

瑠璃色るりいろの髪をなびかせながら【蛇比礼おろちひれ】となった霊那れな─―


そして――


白き双刀[双柱剣ふたはしらのつるぎ]を手にした仄――


今ここに、天照大神あまてらすおおかみにより選ばれし神器の戦士が勢揃いしたのだった。


シャァァァーっ!!


グァォォォっ!!


奇声と唸り声を上げながら、異形の群れが一斉に襲いかかってきた。

先陣を切る黒装束らが、短剣を手に四方から迫る。

すかさず反応した時空ときほのかが迎え撃った。


神武至天流八咫烏じんむしてんりゅうやたがらす!」


時空の居合術が炸裂する。

瞬く間に黒装束の体が分断されていく。


風神扇舞ふうじんせんぶ!」


仄の双刀から凄まじい旋風が巻き起こる。

数体の黒装束がまとめて弾け飛んだ。

二人の神速の攻撃は、膨大な敵の数を確実に減らしていった。


嵯峨家筆法御霊写さがけひっぽうみたまうつし!」


柚羽が繰り出す肉食獣も、異形たちと果敢に渡り合った。


「あぶないっ……波動光ライトニングウェーブ!」


その柚羽に襲いかかった狛犬こまいぬの触手を、尊の光の壁が遮断する。


「助かりました。尊さん」

「気をつけて!そいつ、相当怒ってるわよ」


見ると、確かに触手のたてがみを震わせ唸っている。


「やっぱり、私の虎の方がカワユイですわね」

「いや、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」


納得顔で頷く柚羽に尊がツッコむ。

ふと目をやると、倉庫の隅では晶と凛が仁王を相手にしていた。


「コイツの体には触れちゃダメっすよ、凛!」

「分かってる」


晶の忠告に小さく頷くと、凛は大きくジャンプした。

そのまま、巨人の首筋目掛けてカマイタチを放つ。

かつて時空が倒した時のだ。


裂閃ラスレイション!!」


だが攻撃は直撃するも、巨人の動きを止めるには至らなかった。


ダメだ!

威力が足りない……


凛は着地しながら、唇を噛み締めた。


どうすればいい……

どうすれば……


(大丈夫だ。嬢ちゃん)


凛の中でミョウの声がした。


(時空のやった事を思い出すんだ)


時空さんのやったこと……

あの時、時空さんは……たしか……


ふいに凛の脳裏に、その時の光景が蘇った。

少女は晶に叫んだ。


「晶ちゃん。私が合図したらアイツの首を狙って!」


巨人の動きを止めようと、懸命に足元を攻撃していた晶が驚いて振り向く。

だが凛の真剣な眼差しに、すぐさま大きく頷いた。


「行くわよ!」


そう叫ぶと、凛はまた大きく跳躍した。

闘気を全身にこめる。

仁王は空中の凛を掴もうと、両腕を伸ばしてきた。


「今よっ!」


凍える拍動アイシング・ビート!!」


凛の掛け声で、晶はありったけの冷気を放つ。


裂閃ラスレイション!!」


白く凍りついた巨人の頭部に、強烈なカマイタチが直撃した。


ガシッ!!


剥き出しの首筋に亀裂が入る。


「はあぁぁぁぁぁっ!!!」


その首筋に向かって、凛は肩から体当たりした。


バッキィィィ……ン!!


巨人の頭部が跳ね飛ぶ。

同時に、その巨体ももんどり打って倒れ込んだ。

仁王の体がぴくりとも動かなくなる。


「すごいっすよ、凛!」


晶は着地した凛に駆け寄ると、思わず抱きついた。


「でもよく倒せたっすね」

を使ってみた。時空さんもやったから……」


肩で息をする凛も、照れくさそうに笑みを返した。

そして対面の空間で、もう一体の仁王と闘う朱雀姉妹に目を向けた。


「姉さん、コイツは私が倒す!」

「でも、幽巳……」

「姉さんはまだ体調が万全じゃ無いんだ。休んでて」


幽巳はそう言い放つと、巨人の真正面に対峙たいじした。

前回の教訓を踏まえ、一定の間合いをとる。


鳴動拳めいどうけん!!」


地表に刺さる正拳突きにより地面に亀裂が走った。

飛弾となった石礫いしつぶてが巨人に降り注ぐ。

仁王は棍棒のような両腕で、頭部をカバーした。

そのまま幽巳目掛けて、突進してくる。


「くっ、頑丈なヤツめ」


幽巳は悔しそうに呟くと、回避しょうと跳躍した。

だが、その少女の足元に狛犬のたてがみが絡みつく。

身動きの取れなくなったところに、巨人の体当たりが炸裂した。

咄嗟に十字受けで防御するも、幽巳の体は大きく宙を舞った。


「ぐうっ……!」


呻き声の漏れる口元に血がにじむ。


さすがの幽巳も、怪物二体が相手ではが悪かった。


「こ、コイツら……」


殴打された肩を押さえ、幽巳が吐き捨てる。

激痛で視界が定まらない。


何とかしなければ、次は姉さんが……


苦悶の表情を浮かべる少女に、狛犬と仁王が同時に襲い掛かった。

どちらかを避けても、もう片方に襲われる。


「ギャイィィっ!」


断末魔の悲鳴が響き渡る。

見ると、狛犬の全身にが巻き付いていた。


蛇王の晩餐スネーク・ディッシュ!!」


霊那だった。

むちのようにしなる頭髪が狛犬の体を締め付け、力を吸い取ろうとしていた。

激しく抵抗するも、動きが次第に緩慢になっていく。


「今よ、幽巳!コイツは私に任せて」


「姉さん……」


懸命に闘う姉の姿に、幽巳はハッとしたように顔を上げる。

その目に凄まじい闘気がみなぎった。


鳴動拳めいどうけん!!」


幽巳は仁王に向き直ると、再び秘技を繰り出した。


「……連打れんだっ!!」


そう叫ぶと、地面に向かって左右の連打を放つ。

縦横に走った亀裂から、豪雨のように石礫いしつぶてが噴き出した。

さしもの仁王も、頭部をかばう腕が次第に下がり始める。

それを目にした幽巳は、すかさず巨人に向かってジャンプした。


「素手がダメなら、コイツはどうっ!?」


幽巳は仁王の顔面付近に飛来していた石礫いしつぶてを、今度は空中で連打しはじき飛ばした。

マシンガンのような集中砲火が、巨人の首を直撃した。


ガキっ!!


鈍い音と共に仁王の頭部が砕け散る。

巨人は膝から崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。


着地した幽巳は、間髪入れず姉の方に視線を向けた。

だがそちらも、すでに決着はついていた。

体力を全て吸い取られた狛犬は、粉々に瓦解がかいしていた。


「姉さん、大丈夫!?」

心配そうに声を掛ける妹に、霊那は微笑んで見せた。

「姉さん、ありがとう……また、助けられちゃった」

バツが悪そうに頭を掻く幽巳の肩に、霊那が手を添える。

「当たり前じゃない」

疲れた表情の中にも、優しさに満ちた笑顔が浮かぶ。

「姉妹なんだから」



狛犬と仁王を倒した効果は絶大だった。

黒装束たちの士気が一気に減退したのが見て取れる。

中には武器を投げ捨て、逃げ出すものまでいた。


「お、おのれぇ……!」

赤角が悔しそうに眉を釣り上げる。

「どこまでも、忌々しい奴等め……」


「いい加減観念したらどうだ?戦況はもう崩壊してるぞ」

時空が剣を突きつけて叫んだ。

雲散霧消する異形を睨みながら、少女たちが時空のまわりに集まってきた。

「勝負あったわね」

「もう終わりですわよ」

尊と柚羽も声を揃えて言い放つ。


「ククク……」

その時、うつむいていた赤角の肩が震え出した。

漏れ出る声は、明らかに笑い声だ。


「ぐぅわハハハハハっ!」


高笑いと共に赤角が顔を上げる。

その目には狂気の光が宿っていた。

「本当にこれで勝ったと思ったのか、馬鹿どもめ」

「……!?」

突然の豹変に、時空らは一瞬言葉を失った。

「何のために、お前らをここに誘い込んだと思ってるんだ」

「……何?どういう意味だ!」

時空が声を荒げ問い返す。

「クク……見せてやるよ。俺様の本当の力を」

赤角はそう言い放つと、身に付けていた装束を一気に引き剥がした。


そして、中から現れたのは……


赤い角に赤い目をした、姿だった。


「我が名は長髄彦ながすねひこ……」


その人物は真顔になると、おもむろに名乗り始めた。


「神武天皇に滅ぼされし、大和国やまとのくにおさだ」

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