十の宝〜地の巻

廃工場跡は静寂に満ちていた。

日中だというのに、建屋内は薄暗い。

以前に異形と死闘を演じた時とは、また違った緊張感が漂っていた。

張り詰めた空気が、針で刺すように神経を逆なでる。


入口を背に立つ九人のシルエットがあった。

神武時空を先頭に、神器をたずさえた乙女たちである。


「気をつけろ、みんな」

時空が前を向いたまま声を掛ける。

皆、黙って頷く。

敵の挑戦状を受けやって来たが、これが罠である可能性は十分考えられる。

人質をとるなど汚い手を平然と使ってくる相手だ。

僅かの油断も命取りになる。


崩れかけた通路に沿って奥へと進む。

廃材の陰から飛び出して来るのではと、どの顔も緊張で強張こわばっていた。

以前赤角と闘った場所を通り抜けると、かなり広い空間に出た。

周囲の壁には鉄製の棚が林立し、はるか上空の天井にはクレーンが複数吊り下がっている。

どうやら資材倉庫のようだ。


「誰もいないわね」

尊が辺りに目を配りながら呟く。

「ああ、なんの気配も無い」

そう答えて、時空も眉をひそめた。

挑戦状を叩きつけた以上、敵も総力戦で臨んでくる筈だ。

当然派手な出迎えを覚悟していたのだが、今のところ何の動きも無い。


「どう思う?」

時空は仄に問いかけた。

少女は何も答えず、静かに目を閉じた。

その体から、白い霧のようなものがただよい出る。

それは次第に大きくなり、触手のようにあちこちの間隙に伸びていった。

その光景を全員が固唾を呑んで見守った。


「いないわね……」


しばらくして、薄目を開けた仄が口を開く。

同時に、広がっていた霧が一瞬で消え去った。

「少なくとも、ここに饒速日命にぎはやひのみことがいないのは確かよ」

「今のは何ですか?」

神妙な顔で報告する仄に柚羽が尋ねる。

威光いこうを探ったの」

「威光?」

柚羽が不思議そうに首を傾げる。

それを見て仄は笑みを浮かべた。


「私たち古代神は、人間には無い固有の波動を持っているの。あなたたちが【威光】と呼ぶものよ。それは自らの意思に関係無く、常に私たちの体から放出されている。転生したからといって無くなるものではない。そしてそれは上位神ほど強く大きくなるの」

「ははぁ……それで神社に行くと、なんか身が引き締まるんすね」

晶が納得したように相槌あいずちを打つ。

「その通り。元々は人間に神の威厳を知らしめるためのものだから、感じ取ってもらえたなら光栄だわ」

そう言って仄は小さく声を出して笑った。

晶が照れ臭そうに頭を掻く。

「私は最高神だから、八百万神やおよろずのかみ全ての威光を見分ける事ができる……ここにアイツがいないのは確かよ」

「じゃあ、俺たちをここに呼んだのは一体……」

そこまで言いかけて、時空の言葉が途切れた。

不気味な音が倉庫内に響き渡ったからだ。


ウィィィィ……ン!!!


それは何かの駆動音のようだった。

全員の身に緊張が走る。


「な、何!?あの音……」

「何かの機械が動き出したみたいだけど……危ないっ!」

あたりを見回す鈴に、話し途中の幽巳が飛びかかる。

二人が地面に転がるのと、それが落下するのとほぼ同時だった。

地響きをたて地面に食い込んだのは、巨大なクレーンだった。


「大丈夫?」

幽巳が起き上がりながら、声をかける。

「……ええ。ありがとう」

差し出された手を握り、鈴が答える。

顔から血の気が引いていた。

無理もない。

幽巳がいなかったら、直撃していたところだ。


「大丈夫か!?二人とも」

時空が急いで駆け寄って来た。

「皆注意しろっ!」

二人の無事を確認した後、全員に向かって叫ぶ。

その声を皮切りに、天井のクレーンが次々と動き出した。

数台あるそれは、重機とは思えぬ素早さで移動し、少女ら目掛けて落下した。

間一髪で回避するも、すぐに元の位置に吊り上がり、移動と落下を繰り返した。



「まるでUFOキャッチャーね」

「な、何のんきな事言ってるんすか!」

笑みを浮かべる仄に、頭を抱えた晶がツッコむ。

「頭上に気をつけろ!」

時空は落下を避けながらも、皆の状況を確認した。

仄は体を捻り、紙一重でかわしている。

幽巳は霊那をかばいながら移動していた。

尊と柚羽は、やはり鈴をかばってかわし続けている。

晶と凛は、そろって頭に手をやり逃げ回っていた。


「埒があかないわね。一旦、この場所から移動しましょう」

仄が余裕の表情で進言する。

さすが元女神さま――

キモがすわっている。

時空は頷くと声を上げた。

「皆入口に走れ!」

その言葉に、全員が今しがた入ってきた入口へと向かった。


「まったく、しぶとい連中だ……」


その時、突然背後で声がした。

聴き覚えのある金切り声だ。


「一人でも邪魔な奴を減らそうと思ったが、こんなものでは駄目か」


「……お前は!」


振り向き様に時空が吠える。

睨み付ける視線の先に、一体の異形がたたずんでいた。

先ほどまで何も無かった場所だ。


全身黒装束に、額から突き出た赤い角――


それは、宿敵の赤角だった。


「やはりお前の仕業だったか!どうりで卑劣なやり口だと思った」

憤怒の形相で時空が言い放つ。

「ふん、何とでも言え……俺は八握剣さえ手に入れば、お前らの命などどうでもいい」

「性懲りも無く、まだ狙ってるの。よく飽きないわね」

時空が答える前に、仄が口を挟んだ。

「これはこれは天照大神あまてらすおおかみ様……いや、今は伊邪那美仄とお呼びした方がよろしいかな」

「別にどちらでもいいわ。虫唾むしずが走るのは一緒だから」

にこりともせず言ってのける。

見返す目が氷のようだ。


「まさか、あなたが裏で暗躍しているとは思いませんでした。どうりで神器を持つ邪魔者が増えるわけだ」

赤角がおどけた口調で皮肉る。

「あの方もいたくご立腹しておられます。仮にも神であるあなたが、人間ごときのためにここまでするとは……」

赤角は両手を広げ、わざとらしく嘆いた。

「……いかがでしょう。ここで取り引きといきませんか?あなたが手を引いて下さるなら、今この場にいる者たちには手を出しません。勿論、八握剣は頂戴しますが……」


「ふざけるな!そんな事を信じると思っているのか」

時空が声を荒げる。

「今までお前らがやってきた事を見れば分かる。そんな手には絶対に乗らない。俺たちが今日ここに来たのは、お前たちを倒すためだ!」

激昂に身を震わせながら時空が言い放つ。

瞳には怒りの炎が揺れていた。


大切な友をあざむき、おとしいれ、傷つけた奴の言う事など聞くに値しない。

たとえ神であろうと、人の命を平気で奪う者は断じて許さない!


「……だそうよ」

時空の言葉を受け、仄が肩をすくめて見せる。

「さっさと帰って報告なさいな。あなたたちの親玉――饒速日命に」

あざけるような仄の口調に、赤角の形相が一気に変わった。


「図に乗るなよ、人間ふぜいが……」


頭巾から垣間かいま見える両眼が光り出す。

「女神といっても、転生した今は人間と同じ。大した力も無いくせに……」

吐き出す言葉には毒気が込もっていた。

「ならば、全員まとめてこの世から消し去るのみ!」

赤角は両手を差し上げながら叫んだ。

そのまま、何かの呪文を唱え始める。


たちまち、倉庫内のあちこちにが出現した。

幾度も目にした凶々まがまがしい靄……

それが異形を呼び込むためのゲートである事を、時空はすでに理解していた。


キィィィッ……!


グルルル……!


ズン……ズン……!


様々な奇声や足音が空気を揺るがす。

やがて大小の靄の中から、そいつらは姿を現した。


黒装束の大群、狛犬こまいぬ、そして仁王が二体――


かつて時空らを苦しめた異形たちが、こぞって集結しようとしている。


まさに総力戦の様相だった。


神器の乙女たちは、中央を背にして円陣を組んだ。

どの表情も険しい。


「……すごい数ね」

尊が震え気味の声で囁く。

「ああ……だが味方の数なら、こちらも増えている」

言いながら、時空はちらりと仄に視線を送った。

それに気付くと、少女はニコリと微笑んだ。

「さて、どうする?時空」

仄の問いかけに、時空は全員の顔を見回した。


どの顔にも緊張の色が見える。

だがそれ以上に、どの目にも闘気がみなぎっていた。

時空は前に向き直ると、力強く言い放った。


「やるしかない!」


その言葉に、少女らは自身の神器を手に取った。

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