十の宝〜明の巻

長髄彦ながすねひこ……!?」


おうむ返しに時空が呟く。


彦火火出見ひこほほでみの東征にて、幾度も闘った大和国やまとのくにの指導者です」

それまで後方に控えていた鈴が、おもむろに口を開く。

「それまで連敗をきっしていた彦火火出見が、最後に金色こんじき霊鵄れいしにより倒したとされています」

鈴は史書のポイントを抜粋し説明した。


「金色の……霊鵄?」

「【霊鶏の蒼炎】の事よ……八握剣やつかのつるぎの奥義を会得した彦火火出見が、それを使ってやっと勝つ事ができた」

隣に立つ仄が、意味深な表情で補足する。

「数百の軍勢と八握剣をもってしても相当苦戦した相手……つまり、それだけ手強いという事よ」


「フフ、さすが天照大神あまてらすおおかみ……われの力の恐ろしさをよく知っておられる」

そう言って赤角こと、長髄彦は不敵な笑みを浮かべた。

「あの奥義さえ無ければ、我は確実に彦火火出見の息の根を止めらたのだ。我のべる地を荒らした、憎き盗っ人の息の根を……」

長髄彦は歯軋はぎしりしながら、苦々しげに吐き捨てた。


「でも確か史書では、長髄彦は信奉する饒速日命にぎはやひのみこと誅殺ちゅうさつされたはず……」

「何っ!饒速日命に……殺されたのか!?」

鈴の言葉に、時空が思わず声を上げる。

「はい。彦火火出見に敗れた事を認めず、饒速日命の制止を聞かなかった……それで剛を煮やした饒速日命が命を絶ったと……」


「フフフ……馬鹿な事を」

いぶかしげな表情で語る鈴に、長髄彦は皮肉な笑みを送った。

饒速日にぎはやひ御神おんかみがなされたのは誅殺などでは無い。。八握剣をもってしても倒せぬほどの、強大な存在にな……」

腹の底に響くような声だった。

顔に張り付いた笑みが、次第に異様な角度にねじ曲がり始める。

「御神は申された……私と共に来るが良い。神武天皇の転生人まわりびとを殺し、積年の怨みを晴らすのだと……」

そう言って、長髄彦は両手を天に掲げた。

吊り上がった口角から泡が垂れ落ちる。


「どうやら饒速日命にそそのかされて、一緒に転生してきたみたいね。一度異形の身となったものは、。アイツはそれを利用したのよ」

仄が眉をしかめながら囁いた。

「じゃあ、あの異形たちは……!?」

驚く時空に少女は小さく頷く。

「皆、いにしえの世から連れて来られたのよ。この世に騒乱を起こすための兵隊として……」


「この角も、この顔も、そしてこの身体も、全て憎き神武天皇を倒すために、御神が与えて下さったもの……見るがいい!生まれ変わった我の真の姿を!」

最後に絶叫すると、長髄彦は両拳を固く握り締めた。

全身から尋常では無い殺気があふれ出る。


赤く変色した身体が、に変わろうとしていた。

数え切れぬほどの突起物が表皮を覆い、背中からは蜘蛛の脚に似た触手が突き出した。

耳元まで裂けた口には牙が生え、長い舌が垂れ下がる。

巨大化した額の角が、赤黒い光沢を放っていた。

それはもはや人では無く、例えようも無く凶々まがまがしい怪物だった。


その様相を目にした少女たちの身に戦慄が走る。

恐ろしいほどの殺気に、皆硬直して動けなかった。


シャァァァァァ……っ!!!


その元長髄彦だった怪物が、巨大な遠吠えを上げる。

凄まじい振動に、思わず耳を塞がねばならなかった。


「一体……アイツは何なんだ!?仄」

驚愕の表情で時空が問いかける。

「分からない。奴の強い怨念から饒速日命が創り出した生き物……もはや人でも古の異形でも無い、別の何かよ」

さしもの仄も、困惑の色を隠せなかった。

「いずれにしても、今までの相手とはレベルが違うわ」

それは時空にも感じ取れた。

怪物から発散されるオーラは、闘気と言うよりは瘴気しょうきに近かった。

対峙しているだけで、こちらの体力が吸い取られていく。

見回すと、少女たちにも苦悶の色が浮かんでいた。


「これは……長引くと危険だ」

「短期決戦しかないわね」

時空と仄は顔を見合わすと、二手に分かれた。

「俺たちが突破口を開く。皆、用心しろ!」

そう声を掛けると、時空は怪物の背後に回り込んだ。


神武至天流八咫烏じんむしてんりゅうやたがらす!」


そのまま首筋目掛けて斬りかかる。


ガキィィィーーンっ!


甲高い金属音を伴い、何かが真っ二つに裂ける。

だが、それは怪物の体では無かった。

見ると先ほどの巨大なクレーンが、怪物のまわりを取り囲んでいた。

クネクネと揺れ動くそれは、もはや天井から吊り下がった機械では無かった。

一本一本が、まるで生き物のようにうごめきながら怪物の身を守っている。


「こ、これは!?」


「ふっ……驚いたか」


思わず声を詰まらす時空に向かって、怪物は鼻を鳴らした。


「我の身は、すでにしている。この建物にあるもの全てが、我の意のままに動く。お前たちはで闘っているのだ!」


怪物の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。


先ほどのクレーンの襲撃は、コイツの仕業だったのか。


だが全てのクレーンを切り落とせば、コイツは丸裸になるはず……


やるしかない!


意を決すると、時空は仄の方をかえりみた。

同じようにクレーンと対峙していた仄が、その視線に気付く。

意思疎通を図った二人は、左右から同時に斬りかかった。


「無駄だ」


身動き一つせず、怪物が言い放つ。


破断鬼煙陣はだんきえんじん!!」


掛け声と共に、怪物の体から得体の知れない黒煙が噴出した。

あたりに散らばる廃材や棚が、見る見るうちに怪物に引き寄せられていく。

それらは次第に、怪物の周りで渦を巻き始めた。


キィィィィィ……ン!!


甲高い金属音と共に、時空と仄の攻撃が跳ね返される。

まるで竜巻のような廃品の渦は、完全に怪物をガードしていた。

さしもの時空や仄の剣でも、突破するのは容易ではなかった。


「くっ……なんだ、この渦は!?」


八握剣でも破砕できないとは!?

言いようの無い衝撃が時空を襲う。


「倉庫内に張り巡らしたアイツの闘気が、みたいね。鉄よりもはるかに硬いから、私たちの斬撃も通用しない。しかも、それを回転させて身を守っているので、付け入る隙も無いわ」

「工場と一体化したとは、そう言うことか」

仄の解説に、時空は困惑の表情を浮かべた。


「ふん、無駄だと言ったろ。これが我の力だ。この建屋内のもの全てが、我の体の一部なのだ。たとえお前たちでも、我には指一本触れられぬわ。さあ、分かったら此処で大人しく死ね!」

そう叫ぶと、怪物はまた両手を広げた。


それを合図に、渦の中からおびただしい数の廃材が飛び出した。

それは周囲に散らばる少女たちに、飛弾となって降り注いだ。


波動光ライトニングウェーブ!」

「鳴動拳!」


尊の放つ光の壁と、幽巳の起こした石礫いしつぶての壁が少女たちを防護する。 

なんとかしのいではいるが、長くは持たない。

それは、尊と幽巳の苦しげな表情が物語っていた。


「くそっ!こうなったら……」


時空は咄嗟に仄に目配せした。


もはや奥義を使うしかない!


かつて倒せたのなら、今の自分にも出来るかもしれない……


意を汲み取った仄が、双柱剣ふたはしらのつるぎを前方に突き出す。

それに合わせるように、時空も八握剣やつかのつるぎを突き出した。


真龍飛炎しんりゅうひえん!!」


仄の剣から白き炎が噴き出す。


霊鶏れいけい蒼炎そうえん!!」


時空の剣からも青き炎が噴き出した。


二つの剣からほとばしった烈火が怪物を直撃した。


が……


その体には傷一つ付いていなかった。

周囲を覆う渦が防御壁のように遮ったからだ。

それだけではない。

跳ね返された炎が、逆に時空と仄に降りかかった。

瞬時に回避するも、激しい衝撃が二人をかすめる。

時空は肩口に傷を負い、仄の衣服はすだれのように裂けた。


「フハハハ!無駄だ、無駄だ。今の我にお前らの奥義など効かん」

平然とした顔で、怪物が笑い飛ばす。


その様子を見て、時空は唇を噛み締めた。


このままでは、全員やられてしまう。


だが、コイツに八握剣は通用しない。


一体……どうすれば……



「こうなったら、を使うしか無さそうね」


時空の心中を読み取ったかのように、仄が声を上げる。


「最終奥義?だが、霊鶏の蒼炎は奴には……」

言葉を詰まらす時空に、仄は光る目を向けた。


「時空、あなたにはまだが残ってる」


「最後の……切り札?」


「鈴さん、


仄の突然の呼びかけに、鈴が飛び上がる。


「私のチカラ……道返玉ちかえしのたまですか?」

鈴が驚いた顔でき返す。


「いえ、【十種神宝とくさのかんだからを使う」


「最後の神器って……!?」


晶と凛の揃って驚く声が木霊こだました。


沖津鏡おきつかがみ……鈴、

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