九の宝〜地の巻

「どういうつもりだ!?」


時空は眼前で笑みを浮かべる仄に向かって吠えた。

助けられた相手が、よりにもよってコイツとは……

一体どういうことだ?

肉体の疲労以上に精神的動揺の方が激しかった。


「話しは後……ほら、デカイのが向かって来るわよ!」


その声に視線を戻すと、頭に青い炎をまとったまま仁王が掴み掛かってきた。

弱点の目を焼かれ緩慢な動きだが、それでも地響きを鳴らして襲い来る様は凄まじかった。

野生の勘で時空の位置を把握し、棍棒を振り下ろしてくる。

恐ろしいまでの生命力だ。

時空と仄は寸前で左右に飛び退く。

空振りに気付いた巨人が追い撃ちをかけたのは時空の方だった。

雄叫びを上げるような仕草をすると、一直線に突っ込んで来た。

打撃では無く、体当たりする気だ。

このままではらちがあかない。


霊鶏の蒼炎でも致命傷は与えられない。

かと言って下手に切りつけても取り込まれてしまう。

倒すには一発必中、再起できぬほどの一撃を急所に浴びせなければならない。

……


できるか!?


「霊鶏の蒼炎!!」


たちまち八握剣が青い炎と化す。

時空はそのまま剣を腰に構え身を沈めた。

仁王の手が自らの首にかかる寸前、一気に跳躍する。


神武至天流八咫烏じんむしてんりゅうやたがらす!!」


青き炎の相乗効果を得た一閃が、巨人の首筋に炸裂する。

苦しむ暇も無く、ねられた頭部が宙を舞った。

時空が着地するのと、仁王の巨体がもんどり打つのと同時だった。


「……お見事。瞬時にを放つとはさすがね」

仄が感心したような表情で近寄って来た。

「まだ終わっちゃいない」

そう言い放つと、急いで黒装束と苦戦中の仲間をかえりみる。

だが、先ほどまでの追い詰められた様相とは異なっていた。


鳴動拳めいどうけん!!」


そこには鈴の道返玉ちかえしのたまにより復活した幽巳の姿があった。

地割れから飛び出す瓦礫の飛弾が、瞬く間に異形の数を減らしていく。

強力な助っ人を得た尊たちは、完全に勢いを盛り返していた。

気付けば異形の数は、赤角を含め数名のみとなっていた。


「キキィィっ、忌々いまいましい!一体なんだお前は!?」

歯軋りして悔しがりながら、赤角は仄を睨み付けた。

「あら私?伊邪那美仄と言います。よろしくね、怪物さん」

茶化すような口調で仄が答える。

「キキ……伊邪那美仄……そうかお前が!」

何かに合点がいったのか、赤角は急に言葉を詰まらせた。

「陰で俺様の邪魔をしていたのはお前だったのか……」

「あら、特に邪魔したつもりは無いけど……あなたのやり方が姑息こそく過ぎたんじゃない」

仄の歯に衣着せぬ物言いに、赤角の目が大きく吊り上がる。

両者の間に一触即発の空気が流れた。


二人の会話を耳にした時空の顔が驚きに変わる。

なんだと!

コイツらは……仲間じゃないのか!?

これまで抱いて来た既成概念を完全にくつがえされた瞬間だった。

両者の言動が演技で無い事は、その緊迫した空気が物語っている。

赤角が仄に対し面識が無いのは確かなようだ。

さらに自分の邪魔をしたと恨み言まで吐いている。

とすれば仄とコイツらとは何の関係も無い……

いや、それどころか敵対しているという事か。

では何故この仄という人物は俺たちを襲ったのだ。

何故俺の命を狙う。

分からない……


!?


湧き立つ疑念が激流となって時空の中で渦巻いた。

ふと気が付き振り返ると、仲間たちが集まっていた。

満身創痍まんしんそういていだが、どの顔にも驚愕と懐疑の色が張り付いている。

いずれの思いも時空と同じである事が読み取れた。


「……いい気になるなよ」

凄みの利いた声が赤角の口から漏れる。

「お前の存在が分かった以上、もただでは置かないはず……」

今までとは明らかに異質の憎悪が、その目には宿っていた。

「いいか、次に会う時がお前の最後だ。そして神器を持ったコイツら全員のな……覚えておくがいい」

それは脅すというより、死刑判決を告げる者の口調だった。

抑揚の無い声色が、聴く者に一層の嫌悪感を抱かせた。

「あそ。楽しみにしてるわ」

対する仄の返答は拍子抜けするほど軽かった。

苦々しげに睨みつけながら、赤角は片手を差し上げた。

瞬く間に黒い靄がその体を包み込む。

数名の黒装束を伴って、異形はその場から姿を消した。

その間、呆然と立ち尽くしていた時空が、ハッとしたように仄に目を向ける。

険しい表情で何か言いかける時空の口を、仄が人差し指で制した。

「言いたい事は分かるわ。説明するから落ち着いて」

そう言って少女は片目をつぶってみせた。



全員が幽巳の家に集まっていた。

気を失ったままの霊那を運び込んだのだ。

「大丈夫。任せて」

そう言うと、仄は掌を霊那の額にかざし何やら唱え始めた。

「あめち おう おう おう」

掌から淡い光が霊那の顔に降り注ぐ。

何故か見ているこちらの心までも落ち着く光だった。

「ううっ……」

ほどなく少女が息を吹き返した。

「……こ……ここは……?」

「姉さんっ!」

薄目を開いた姉に呼びかける幽巳。

「あなたは……ゆみ……?」

意識が戻るにつれ、霊那の目は大きく見開かれた。

「幽巳……幽巳!……ああ、良かった……」

「姉さん!」

お互いの無事を確認し合った姉妹は固く抱き合った。

二人の頬をつたう涙に、まわりで見つめる乙女たちの胸も熱くなる。


「一気に力を使ったせいで、精神力が追い付かなかったのよ。もう大丈夫」

そう言って仄は笑みを浮かべた。

今までとは違い、心底安堵したような表情だった。

「今のは一体……?」

尊が問い掛けるような視線を仄に向ける。

「……何かの祝詞のりとですね」

そう言って柚羽も仄をかえりみた。

「あら、さすが嵯峨家筆法継承者、よく知ってるわね。古神道の【一二三ひふみ祓詞はらえことば】の一節よ」

事もなげに答える少女の顔を、その場の全員が呆気あっけに取られたように見つめる。

神器といい、古神道といい、一体コイツは何者なのだ……

計り知れない力を目の当たりにし、皆畏怖の念を禁じ得なかった。


「……そろそろ話してもらおうか」

時空は仄の方に向き直ると、感情を抑えた声で言った。

「……そうね。皆も揃った事だし。少し長くなるけどいいかしら?」

仄は自分を見つめる顔の一つ一つ見返しながら応えた。

時空を始め皆の目に同意の色が浮かぶ。

「まず最初に言わなきゃならないのは……」

仄は再び時空に視線を戻すと、その瞳を覗き込んだ。


「時空……実は、あなたは神武天皇の転生人まわりびとなの」

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