八の宝〜明の巻

青く輝く剣は今、宿敵赤角の手にあった。


「これは全てお前の仕業か!?」

ひざまずいた位置から見上げるようにして時空が叫ぶ。

「ククク……全く揃いも揃っておめでたい奴らだ。俺様の狙いは最初からコイツさ」

赤角は八握剣やつかのつるぎを揺らしながら、あざけるように笑った。

「じゃあ……八握剣があれば姉さんを助けられると言ったのは……」

横で聞いていた幽巳が言葉を詰まらせる。

顔から血の気が引いていた。

「さあ、知らんな。そもそも俺様の口車くちぐるまに乗って、お前の姉が自ら覚醒をやめちまったんだ。俺様はそれを利用させてもらっただけさ」

「きさま……一体、どういうつもりだ!」

たちまち幽巳の目に怒りの炎がともる。

それを見た赤角は、ニヤリとしながら何やら差し出した。

それはだった。

「……それは!?」

驚いた幽巳が思わず自分の両手を確認する。

そこには間違いなくバンドが巻かれていた。

「クク……こいつはコピーだよ。お前が試合中外して置いたものをこっそり複製したのさ。俺様は自身の容姿だけで無く、手にする物を本物そっくりに模写する事ができる。まぁ、自慢の特技といったところだ」

赤角はおどけたように言いながらバンドを振り回した。

そうかコイツは……

時空の脳裏に赤角が長須根伊織ながすね いおりに化けた時の事が蘇った。

こんな芸当ができるんだった……


「コイツをお前の姉に見せてチョイと脅したら、自分から覚醒を止めて抜け殻になっちまった。俺様の狙い通りさ。後はその姉を使ってお前を丸め込めば言う事を聞かせられる。予想通り、お前は姉を助ける為この剣を手に入れてくれた。騙されているとも知らずにな」

「それじゃ……最初から私と姉さんが神器を持っているのを見越して……」

あまりのショックに幽巳は言葉を詰まらせた。

「クク……その通り。ここのところ神器を有する者がやたらと現れ、事あるごとに俺様の邪魔をしやがる……それなら逆にそれを利用してやろうと考えたのさ」

誇らしげに語る赤角の目が怪しく光る。

「……どうして幽巳たちが神器を持っている事が分かった!」

時空が叫ぶ。

その目には凄まじい闘気が宿っていた。


「ほう、その目……どうやらお前らも一芝居打ったようだな。まぁコイツさえ手に入れば、そんな事はどうでもいいがな」

そう言って赤角は、嬉しそうに八握剣を眼前にかざした。

生憎あいにくだったな。神器の事を熟知しておられるにかかれば、持ち主などすぐに分かってしまうのさ」

「あの方……?」

確か廃工場跡で闘った時も、コイツはその言葉を口にしていた。


一体誰なんだ!?


時空の脳裏を一瞬、微笑を浮かべる伊邪那美仄いざなみ ほのかの姿がぎった。


「さて、種明かしはここまでだ。そろそろ終わりにするか」

赤角はそう言い捨てると、静かに右手を差し上げた。

たちまちその背後に二つの黒いもやが湧き出た。

靄は渦巻きながら次第にその大きさを増していく。

やがて断続的な地響き音が辺りを揺らし始めた。


ズン……ズン……


何かの足音のようだった。

ほどなく靄から何かが姿を現した。

巨大な手だ。

続いて腕、肩、筋骨隆々の上半身が現れ、最後に顔が出て来る。

身の丈三メートルはある巨人の化け物だった。

手に棍棒を持ち、憤怒の形相で睨むその姿にはどことなく見覚えがあった。

「ククク……驚いたか。コイツらは俺様が使役しえきしている仁王におうだ」

二体の巨人の背後で赤角が自慢そうに叫ぶ。

と言えば、確か寺院の門前を守護するの事だ。

観光旅行で見た事はあるが、まさか生きた奴にお目にかかるとは思わなかった。

しかも彫像より遥かに凶暴そうな顔をしている。


コイツらは……ヤバイぞ!


時空の直感がそう警告していた。



「きさま、よくもだましたな……許さない!」

「待て、早まるな幽巳!」

怒りに我を忘れた幽巳が、時空の制止を振り切って飛び掛かった。

両手のリストバンドから噴き出た黒い霧が、少女の身体を押し包む。


「てやっ!」


掛け声と共に漆黒の甲冑かっちゅうが霧の中から現れた。

蜂比礼はちひれに覚醒した幽巳だ。

そのまま赤角に向かって突進すると、神速の正拳突きを繰り出した。

すかさず一体の仁王がその前に立ち塞がる。

鈍い音と共に、こぶしが巨人の腹部をとらえた。


が……


命中した拳は突き刺さったまま動かなかった。

いやそれどころか、ズルズルと引っ張られるように

「な、なんだ、これは!?」

もがきながら叫ぶ幽巳の体を仁王の腕が抱え込んだ。

万力で締め付けられ、甲冑の軋む音が鳴り響いた。

「ぐっ!」

幽巳の口から苦悶の声が漏れた。


「ヒャヒャ!どうだ馬鹿力で抱えられた気分は。コイツらの身体は見た目と違って粘性の流体物でできている。触れるものを全て取り込んで食っちまうのさ」

赤角が勝ち誇ったように腕を振り回した。

「一旦取り込まれたら絶対に逃げられん。大人しくエサになるんだな」

恍惚とした顔の赤角を睨みながら、時空は唇を噛み締めた。


くそっ、なんてバケモンだ……


時空は最初から解きやすく縛ってあったロープを外すと立ち上がった。

だが攻撃しようにも手段が無い。

八握剣は赤角の手にあり、覚醒していない状態では立ち向かっても瞬殺されるのがオチだ。

苦渋の表情で立ち尽くす時空の眼前に、赤角が立ち塞がった。


「やっとこの時が来たか」

囁きながら時空を見据える。

その目には憎しみの炎が燃え盛っていた。

赤角は笑みを浮かべると、八握剣を大上段に振りかざした。

「ヒャヒャ……皮肉なもんだな神武時空!どうだ、自分の神器で殺される気分は!」

赤角は歓喜の奇声を発して、時空の頭上に剣を振り下ろした。

直撃すれば、その尋常では無い破砕力で時空の身体は真っ二つとなる。


ガシッ!!


はたくような音が辺りに木霊する。

見ると、

その刃先には両手がかぶさり、直前で押さえ込んでいた。


神武至天流岩戸崩じんむしてんりゅういわとくずし!」


左右から挟み込まれた剣は微動だにしない。

まさに真剣白刃取りの体勢だ。

「な、なに!?」

動揺する赤角の隙を突き、時空はその腹部に蹴りを放った。

不意を突かれよろめく手から剣が離れる。

時空は剣を持ったまま、すかさず後方に退避した。


八握剣の奪還成功!


「な、何故だ!?何で八握剣を素手で止められた?」

赤角が信じられないと言った顔で声を震わせた。

あまりの動揺に判断力を失っているようだ。


道返玉ちかえしのたまを使ったんだ」

取り戻した八握剣を構え直しながら時空が言った。

「道返玉……だと」

「ああ……道返玉の特徴は神器の能力向上だ。それは言い換えれば、という事でもある。俺は鈴に依頼して道返玉を逆の事に使って貰った。……あまり長くは持たないが、何とか上手くいったようだ。神器の力が無ければコイツはただの剣に過ぎない。だから生身の俺の技が通用したのさ」

語り続ける時空の手の中で、八握剣が次第にその輝きを増していく。

本来の力が戻りつつあった。


「……お、おのれ。騙しやがったな!」

「それはお互い様だろ。コイツがお前の手に渡った場合に備え保険を掛けておいたのさ」

悔しそうに歯軋はぎしりする赤角に、時空は事も無げに言い放った。

「キィィィーっ、許さん!仁王よ、やれ!」

地団駄を踏みながら叫ぶ赤角の背後から、巨人の片割れが突進してきた。

巨大な棍棒が時空目掛けて振り下ろされる。


波動光ライトニング・ウェーブ!」


間一髪のところで時空の身体を黄金の光がおおった。

棍棒は光の壁を直撃し鈍い音を響かせた。

その隙に時空は大きく後方へ跳躍した。

先ほどより身体が軽く、全身に力がみなぎっている。

神器の力が戻ったようだ。


「助かったよ、尊!」


時空が声を掛けると同時に、黄金のローブをまとった尊が眼前に着地した。

「あなたの携帯を通して会話は全部聴いてた。急いでやって来たんだけど、少し遅かったようね」

仁王に羽交締はがいじめにされた幽巳を見て、尊が悔しそうに言った。

「一体なんなの、あの化け物は!?」

「話は後だ!とにかく幽巳を助けるぞ」

そう言って時空は八握剣を正眼に構えた。

「時空さん!」

「センパイっ!」

続いて覚醒した姿の柚羽、晶、凛、鈴が駆けつけた。

時空を囲むように並び戦闘態勢をとる。

「キキィィィっ!またお前らか。どいつもこいつも俺様をコケにしやがって……」

赤角がヒステリックに叫ぶ。

「今日という今日は絶対に許さん。思い知らせてやる!」

そう言い放つと、赤角は両手を差し上げ何やら呟き出した。

するとそれに呼応したかのように、公園の至る所に黒い靄が出現した。

木の上、遊具の中、砂場……

見慣れたその光景に、時空らの胸中を不安がぎる。

この靄は……まさか!?


やがて靄の一つ一つから次々とが飛び出してきた。

その数は数十体にのぼり、瞬く間に時空らを取り囲んだ。

まさに総力戦の様相だ。

「す、すごい数!」

柚羽もさすがに驚きの声を上げる。

「どうします!?先輩」

敵を睨み返しながら晶が問いかける。

時空はちらりと見回してから、跳躍すべく体を沈めた。

「お前たちは黒装束を頼む。幽巳は俺が助ける。ばかみたいな数だが何とかしのいでくれ」

時空の言葉に全員が無言で頷く。

「いくぞ!」


時空は一飛びで、幽巳を掴む仁王の頭上まで跳躍した。

そのまま八握剣を振り下ろす。

だが、その間にもう一体の仁王が割って入った。

振り下ろされた剣はその仁王の肩口を直撃した。

「くっ、しまった!」

さしもの八握剣と言えど、流体物でできた身体を分断するには及ばなかった。

肩に食い込んだ剣は微動だにせず、時空の手首もろとも吸収し始めた。



「ぐあっ!」

幽巳の叫び声がした。

見ると下半身の大部分が仁王の体内に取り込まれている。

逃れようと足掻あがく顔が苦悶に歪んでいた。

「幽巳!」

助けに行こうとするが、時空の腕も剣ごと仁王と融合し身動きできない。

「くそっ!」

周りを見回すと他の皆も苦戦していた。

尊は襲い来るものを光の波で弾き返し、柚羽は肉食獣を繰り出し応戦している。

晶と凛は背中合わせになり、冷気とカマイタチの波状攻撃を仕掛けていた。

どれも獅子奮迅ししふんじんの勢いだが、如何せん敵の数が多すぎた。

幽巳を助けるどころか、力の使い過ぎでどの表情にも疲労の色が見える。

後方に控えた鈴が、個々の神器の回復を計ろうとするが追いついていない。

時空らを囲む敵の輪は、確実にせばまりつつあった。


何とかしなければ……

幽巳が……


猛烈な焦りが胸中を締め付けるが、身動きできないこの状況ではどうしようもない。


「きゃあぁぁ……!」


断末魔の悲鳴が轟いた。

目を向けると、幽巳の頭が仁王の体内に沈んでいくのが見えた。

首……口……目……と消え、残るは左手のみとなる。

痙攣する指先がその苦痛の激しさを物語っていた。


「幽巳ぃぃっ!!」


時空は力の限り叫んだ。

大切な仲間の命を奪わんとする者への怒りが……

それを見てなすすべの無い自分への怒りが……

時空の全身を激しく貫いた。


バババァァァーン!!!


突如落雷のような轟音が鳴り響いた。

地面が揺れ、空気が波打つように震える。

それは異形たちの動きをも止めてしまう程凄まじかった。

「な、何事だ!」

途端に赤角の血相が変わる。

敵も味方も、その場の全員の視線が音のした方向に集中した。

思わず振り返った時空の体を戦慄が走る。


激痛に霞む視界の先に、瑠璃色るりいろの髪をなびかせながら宙に浮く霊那れなの姿があった。

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