六の宝〜明の巻

神器による戦闘は熾烈しれつを極めた。

時空らの繰り出す技はことごとく通じない。

パワー、スピードとも以前の仄の比ではなかった。

「どうしたのですか、皆さん。まるで止まって見えますよ」

あざけるような口調で仄が挑発する。

切り札の八咫烏やたがらすは全て紙一重でかわされてしまった。

神器の力で身体能力の向上した時空でも、相手のふところに入ることすら出来ない。


嵯峨家筆法御霊写さがけひっぽうみたまうつし!」


柚羽の呼び出す猛獣たちが次々と襲いかかるが、仄の振るう双刀の敵では無かった。

神速の太刀たちが死骸の山を築いていく。


裂閃ラスレイション!」

凍える拍動アイシング・ビート!」


凛と晶が左右から波状攻撃を仕掛けた。

カマイタチを伴う斬撃と絶対零度の冷気は、相手に近いほど有効範囲が広がるため逃れようがない。

見事なコンビネーションのなせる技だ。


だが……


風神扇舞ふうじんせんぶ!」


間髪入れず、仄の持つ左右の双刀が凄まじい勢いで旋回を始める。

巻き起こる烈風は、苛烈な摩擦音を伴って両方向からの攻撃をはじき返した。

自らの技を受けてしまった凛の身体から血飛沫ちしぶきが舞った。

一方の晶も両腕が凍結し動きが封じられてしまう。


なんて奴だ!

あの技も新しい能力の一つか!?


勝ち誇った顔の仄に時空が怒りの眼差しを向ける。


「駄目だわ。相手が強過ぎる!」

何度も光の波動を受け流され、打つ手の無くなった尊が悔しそうに叫ぶ。

「どうする?時空……」

尊と並んで構える時空も唇を噛み締めた。


このままではらちがあかない

何か手は無いか……

何か……


やがて何かを思い付いたのか、時空は前を向いたまま尊に話しかけた。

「尊、次に俺が仕掛けたら、俺の背後に向かって波動を打ってくれ」

その言葉に尊は目を見開く。

「そんな事したら、あなたが……」

「奴に一太刀ひとたち浴びせるには、どうしても奴の動きより速く間合いに入らねばならない。だから俺の縮地法をお前の波動で増幅させる」

「そんな……無理よ」

「迷ってる暇は無い。いくぞ!」

尊の返事を待たず、時空は姿勢を低くすると一気に飛び出した。

考えている余裕など無かった。

尊は両手を時空の後ろ姿にかざすと、ありったけの波動を放った。


波動光ライトニングウェーブ!」


光の波が津波のように時空に激突した。

「ぐっ!」

時空の口から呻き声が漏れる。

強烈な衝撃と痛みが全身を貫いた。

それと同時に時空のスピードが倍化した。

恐らく傍目はためには瞬間移動したかのように見えたであろう。


入った!


狙い通り仄が防御体勢を取る前に、時空はその懐に飛び込んだ。


神武至天流八咫烏じんむしてんりゅうやたがらす!」


すかさず会心の一撃を放つ。

手答えはあった。


が……


八握剣は仄の体に届いてはいなかった。


「惜しかったわね」

仄の口角が大きく吊り上がる。

よく見ると双刀の一つが


「…………!?」


あまりの衝撃的な光景に、一瞬時空の動きが止まる。


なんだ、この剣は!?


「これが私の新しい力。攻守に優れ、……双柱剣ふたはしらのつるぎよ」


双柱剣だと……!?


しまった!


捨て身の攻撃をかわされた時空の体は隙だらけになった。


「これで終わりよ……真龍飛炎しんりゅうひえん!!」


もう片方の剣から放たれたが時空の胸を貫いた。


「ぐうっ!!」


時空の胸と口から血がほとばしった。


「……トキっ!」

「……トキさんっ!」


遠くで尊と柚羽の叫ぶ声が聴こえた。



部屋の隅では鈴がその光景を見て震えていた。

皆どうかしている!

あんな動き……人間じゃない

まさか神器にこれほどの秘密があるとは思わなかった。

実物が見れると言う仄の言葉に惹かれ付いて来たが、

しかも当の仄は道返玉ちかえしのたまにより、圧倒的な力を身につけてしまっている。

鈴は自分がまんまとだまされた事に気付いた。

仄が自分を誘った目的は親切心などでは無い。

自分をえさに時空らをおびき寄せ、道返玉の力で彼女たちを亡き者にするつもりだ。

知らぬ事とは言え、自分はその片棒を担いでしまったのだ。

人殺しの片棒を……

鈴の中を筆舌ひつぜつし難い悔恨の念が広がる。


どうしよう……

このままでは時空さんが殺されてしまう。

自分を助けるために来てくれた人たちが殺されてしまう。

どうしよう……

どうすれば……

混乱した頭で必死に考える鈴の視界にが映った。


そうだ……

あの時仄は、道返玉は神器の新しい能力を引き出すと言った

力を増幅する事が出来ると……

現に仄はそれを得た力で闘っている


ならば


時空さんにも同じ事が出来るのではないか

仄と闘える力が得られるのではないか

でもどうすれば……

あの時、仄は何か叫んでいたっけ

なんだったか……

そう……たしか……


「ぐうっ!!」

呻き声に振り向くと、時空が胸を貫かれている光景が目に映った。

胸と口から血が迸る。

それを目の当たりにした鈴の瞳に闘気が宿った。


命脈めいみゃく降臨こうりん!!」


叫び声と共に本から七色の光が噴出した。

光は巨大な渦となり、たちまち時空の体をおおい包んだ。

あまりの鮮烈な閃光に、さしもの仄も顔をそむける。

やがてその渦の中に人影が見え始めた。

誰かがゆっくりと出てくる。

時空だ。

全身から迸る闘気は凄まじく、その眼光は文字通り輝いていた。

胸の傷は跡形もなく消えている。

そしてその手には……


蒼い炎の燃え盛るが握られていた。


「時空……!?」


尊の震える声がした。

他の皆はその光景を固唾かたずを呑んで見守った。


「待たせたな、仄。再戦といこうか」


微かに笑みを浮かべ時空が言い放つ。

その闘気は仄のそれとしても見劣りしなかった。

この時、その場の全員が時空が新しい力を得た事を確信した。

「見違えたわよ、時空。凄まじい力ね」

仄が感心したように言った。

「だから無駄話はいらんと言ってるだろ」

そう吐き捨てると時空は正眼に剣を構えた。

「いくぞ!」

掛け声一閃、時空は一気に仄の眼前に移動した。

仄の顔から笑顔が消える。

意表を突かれた焦りがそこにはあった。

壮絶な鍔迫つばぜり合いが展開した。

神速を超えたその動きに付いて行ける者など誰もいなかった。

お互いの刀身が放つ火花と甲高い金属音だけが木霊する。


永遠に続くかと思われた打ち合いが突然止まった。

気付くと部屋の両端に対峙する時空と仄の姿があった。


「きりがないわね」

「次で終わりだ」


お互いにそれだけ呟くと、その場で静かに構え直した。


自身の究極奥義による決着──


言わずとも二人がそれを繰り出そうとしている事は分かった。


暫しの睨み合いの後、一気に闘気が爆発した。


「真龍飛炎!!」


仄の剣から白き炎が放たれる。


霊鶏れいけい蒼炎そうえん!!」


時空の八握剣からも青き炎が放たれた。

それは紛れもなく彼女が得たであった。


お互いの放った炎は中空でぶつかり、強烈な疾風が巻き起こった。

皆飛ばされそうになるのを懸命に踏ん張る。

青と白の炎は混じり合い、渦巻きながら次第に縮小していった。


後には


剣を下ろした時空が一人立っていた。


「……仄は?」

まだ視界のかすむ尊が、頭を振りながら問い掛ける。

時空はゆっくり振り向くとため息をついた。


「姿を消した」



その日を境に仄は学校を休んだ。

本人からは風邪で体調を崩したと連絡があったらしい。

勿論、嘘であるのは明らかだ。

あの闘いの後仄は突然姿を消してしまった。

勝敗がついていない以上、そこには何か理由があるに違いない。

仄の家にも再び赴いてみたが、施錠されていて中の様子は分からなかった。

果たして何を企んでいるのか……

いずれにせよ様子を見るしか無い。



事代鈴は家に戻って行った。

時空らとも相談し、ひとまず真相は伏せる事にした。

家族には勉学のストレスから遠出をしていたと言い訳したらしい。

いわゆるプチ家出だ。

かなり叱責は受けたが、無事に戻った事でこの件はひとまず終息をみた。



「すみませんでした」

書道部の部室で、集まった五人に鈴は頭を下げた。

「私のせいで皆さんを危ない目に……」

「もういいよ」

時空が笑みを浮かべて言った。

「お前のおかげであの場を乗り切れたんだ。逆に感謝してるよ」

「……そんな」

「そうね。あなたが八握剣の新しい力を引き出したのは大きいわね。これからの闘いも有利になる」

尊も感慨深げにフォローする。

「そうっすよ。あの時の時空先輩カッコ良かったっす」

晶が顔を輝かせた。

目にハートマークが浮かんでいる。

その横の凛もやはりハートマークを散らしていた。

「それにしても伊邪那美仄って本当に卑劣ですわ。人の夢や願望を逆手に取るなんて」

「何かをしたいという欲望は、力にもなれば弱みにもなる。まさに諸刃の剣ね。好奇心が強いのもほどほどにしておかないとね」

憤慨する柚羽とは対照的に、尊が穏やかな口調で言った。


「実は……それだけでは無いんです」

強張こわばった表情で鈴が顔を上げる。

「え、どういうこと?」

尊が首を傾げ問い返す。

「確かに神器を見せるという言葉に惹かれてあの家に行ったのは事実です。でも見る事が出来たのはあなた方の神器だけでした。私が本当に見たかったのは別のものなのです」

そこで言葉を切ると、鈴は道返玉の本を前に差し出した。

「あの日……仄さんと初めて会った日、突然この本が反応しました。その時はまだ意味が分からず、私は無意識に本を開きました。すると今まで白紙だった頁に浮かび上がったんです」

「浮かび上がったって……一体何が?」

緊張した眼差しで問いかける時空に、鈴は輝く瞳で見つめ返した。


「二つの神器……沖津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみの神宝図」


水を打ったような静寂が辺りを包んだ。

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