六の宝〜神の巻

皆が帰宅した後の教室に、伊邪那美いざなみほのかは一人座っていた。

まるで、時空ときが来るのを知っていたかのようだ。


「お久しぶりね。同じクラスなのに、なかなかお喋りも出来なくて」

「無駄話はいい」

あごを手に乗せ語りかける仄を、時空はあっさりと拒否した。

事代ことしろすずの件は、お前の仕業か」

仄は背もたれに体を預けると、薄ら笑みを浮かべた。

否定しないところを見ると図星らしい。


「一体、何が目的だ!彼女をどうするつもりだ!」

時空は、敵対心に満ちた視線を向ける。

「あら人聞きの悪い。私が彼女に何かしたわけじゃなくてよ」

その口調には、あざけるような響きがあった。

「どういう意味だ」

「鈴さんの方から、私にアプローチしてきたの。話が聞きたいと言って」

「いい加減な事を言うな」

「嘘じゃないわ。まあ、信じる信じないはあなたの勝手だけど」


正直、こいつの言葉を鵜呑うのみにする気は無い。

だが鈴の身柄を押さえられている以上、迂闊うかつに動けないのも事実だ。

何か、手だてを考えなくては……


「彼女は今どこにいる」

「私の家にいるわよ」


こいつの……家だと!?


困惑する時空の様子を楽しむかのように、仄は小首を傾げ微笑んだ。


「あなたも来る?」


その瞳に宿る挑戦的な光を、時空は見逃さなかった。

明らかに罠だ。

断れない状況を作って、誘い込むつもりだ。

やはり、こいつの狙いは……俺か!


「……分かった」


緊張した面持おももちで答える時空。

いずれにしろ、鈴の身柄は確保しなければならない。

今は、相手の誘いにのるしかなかった。 


「いいか、俺が行くまで鈴には手を出すな」

そう言って、時空は燃え上がる眼光で睨みつけた。

対峙たいじする二人の闘気が、目に見えぬ火花を散らした。



「私たちも行くわよ」


書道部の部室に、たけるの声が響き渡る。


「それって、どう見ても罠じゃない」

「また人質をとってきたのですね。なんと卑劣な!」

尊に続き、柚羽ゆずはも悔しげに言い放つ。

「仄の話しでは、鈴の方から付いて行ったらしい」

「そんなもの、口ではどうとでも言えるっすよ!」

時空の言葉に、あきらが腹立たし気に反論する。

「人質をとられた者がどんな思いをするか……許せないっす!」

自らの妹を同じ目にあわされた彼女にとって、それは許しがたい行為なのだろう。

隣で聴いていたりんも、唇を噛み締め大きくかぶりを振る。


「とにかく、今優先すべきは鈴さんの安全ね。なんとか無事に連れ戻さないと」

「ああ……それには、敢えて奴のふところに飛び込むしかない。危険を承知でな」

尊の言葉に頷くと、時空は仲間の顔を見回した。

全員が躊躇ためらうこと無く、大きく頷いた。



豪奢ごうしゃな洋館が、そびえ立っていた。

時空、尊、柚羽、凛、晶の五名が、門の前で唖然とした表情で見上げている。

あらかじめ教えられた住所に従い、伊邪那美仄の家に来ていた。


「まるで尊の家みたいだな」

「とんでもない。ウチの倍はあるわよ」

時空の漏らした言葉に、尊が反論する。

「一体、どんなご家庭なんでしょう?」

柚羽が、門の隙間から中を覗いて呟いた。


テーマパークのような庭園には、色とりどりの植物が花を咲かせている。

沿道の樹木が邪魔で、玄関が見えなかった。

呼び鈴を探していると、唐突に門が開いた。

全員が、ビクッと体を強張こわばらせる。

どうやら、向こうにはこちらが見えているらしい。


「みょ〜」


凛の抱えたミョウが、突然鳴き声を上げる。


(気をつけな。屋敷全体から、妙な気配がプンプン臭ってくるぜ)


動物特有の知覚で、何かを感じ取ったようだ。

時空らは顔を見合わすと、意を決して中に踏み込んだ。



玄関に立つと、自動ドアのように戸が開く。

外観にたがわず、中も豪華だった。

広大な玄関ホールには、アンティークな調度類──

天井には、きらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。

床に敷かれた赤い絨毯が、巨大な正面階段まで続いていた。

個人宅と知らなければ、一流ホテルと見紛みまがうところだ。


今のところ、出迎えも無ければ人の気配も無い。

まさかこんな大邸宅に、仄一人が暮らしているのだろうか。


「どうする?」


いぶかしげな尊の問いに、時空は躊躇なく階段を指差した。


「上に行こう」



階段を上り切った先に、扉の開いた部屋があった。

家具一つ無い空間の中央に、皆の視線が集中する。


一人の少女が、椅子に腰掛けていた。


褐色の本を抱えうつむいている。

赤みがかった頬が、興奮状態にある事を示していた。


「事代……スズか?」


時空が声を掛けると、ハッとしたように顔を上げた。

入室してきた面々を見て、大きく目を見開く。

まるで、探しものを見つけたかのような顔だ。


「……あなたは?」

「俺は神武時空……君を助けに来た」

「神武……ではあなたが……八握剣やつかのつるぎ

「…………!?」

その一言に、時空の顔が一気に強張る。

「なんだ!……どうして君は、そんな事を知ってる?」

反射的に身構えた時空に、鈴は持っていた本を開いて見せた。


「あっ!」


それを見て、最初に声を上げたのは尊だった。

続いて目にした時空も、思わず息を呑む。


──角形かくがたにそそり立つ刀身──


そこに描かれていたのは、紛れもなく八握剣の神宝図だった。


「あなたがこの神器の持ち主である事は、すぐに分かりました」

「それは……一体!?」


目を丸くして叫ぶ時空。


その問いには答えず、鈴はさらに頁をめくった。

見開いたそれを、今度は尊の前に差し出す。

そこには、品々物之比礼くさぐさのもののひれの図が記されていた。

同様に柚羽、晶、凛と、それぞれの持つ神器を指し示していく。

皆一様に、驚きの表情に変わる。


「俺たちの事は仄から聞いたのか?」

「いえ」

時空の問いに、鈴は首を横に振った。

「あなた方の事は、この本が教えてくれました」

言葉の意味が分からず、全員が顔を見合わせる。

「この本が……?」

時空は不信感に満ちた目で、少女の持つ本を見つめた。


「正確には、この本がしたのです。近くに神器があれば、本の中にのです。今見せた図は、どれもあなた方が来る少し前に現れました」

それだけ言うと、鈴は本を閉じた。

「だがなぜ、八握剣が俺の神器だと分かった?」

「それは……神器を察知すると、本が一瞬だけ輝きを放つのです。が、あなたの身体から出ていたので分かりました」

「君には、それが見えるのか!?」

時空の言葉に、鈴はぎこちなく頷いた。


「見え出したのは、この本を手にしてからです。ここで待っていたら、少し前に五つの光が本に現れたんです。開くと、五つの神宝図が浮き出ていました。それぞれの波長から、あなた方の持つ神器だと分かりました」

「驚いたな……」

時空は目を丸くして、鈴の抱える本を眺めた。

「君は、どこでそんな力を手に入れたんだ。その本は、一体何なんだ」

「これは……本の形をした神器……道返玉ちかえしのたまです」

その一言に、その場の全員が言葉を失った。


この本が……神器!?



「どうやら、説明は終わったようね」


突然の声に、沈黙が破られる。

いつの間にか、戸口に伊邪那美仄が立っていた。


「ね、事代さん。言った通りでしょ。私といれば神器の方から来てくれるって」


仄の言葉を受け、鈴は慌てて視線を逸らす。


「彼女ね、必死で神器のありかを探してたの。毎日毎日図書室にこもってね……可哀想だから、少し手助けしてあげたのよ。私と一緒にいれば、必ず本物の神器が見られるって教えてあげた。それで昨日から、ここで待ってて貰ってたの。あなたを誘ったのはそのためよ、時空」

仄は鈴のかたわらに歩み寄ると、そっと肩に手を置いた。


「……違うな」


真正面から仄の目を見て否定する時空。


「お前がそんな事で俺を呼ぶはずがない……本当の狙いはなんだ!」 


険しい形相で叫ぶ時空に、仄は肩をすくめてみせた。


「……そう、やっぱりそんな理由じゃだめか。まあ、今さら隠す必要も無いけどね」


仄はそう答えると、今度は真顔で時空を直視した。


「私の目的は、前にも言ったはずよ……継承者であるあなたを消す事だって」


その台詞と共に、仄の瞳が怪しく輝き出す。


「ちょうどいいわ、事代さん。ここまで来たご褒美に、その道返玉の本当の力を見せてあげるわ」


そう言うと、仄は両腕を前に突き出した。


白い閃光がまたたき、あっという間に仄の両手を包み込む。

光は長く伸びると、白いほこの形に変形し始めた。


間違いない!


あの時の武器だ。


時空の脳裏に、校舎屋上での死闘が蘇る。



そこからさらに、仄は別の動きを見せた。

ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、鈴の背後から本の上に手を置いた。


命脈めいみゃく降臨こうりん!!」


掛け声を合図に、目もくらむばかりの七色の光が本からほとばしる。

光は瞬く間に仄の全身を覆い、激しく渦巻いた。

やがて光が弱まり出すと、少しずつ輪郭が鮮明になってきた。

そこには、何かを両手に持つ仄の姿があった。


──


突然の変化に、時空らは息を呑むしか無かった。


なんだあれは!?


何が起こった?


「ふふ、驚いた?これが、この神器の力よ。道返玉は事が出来る。そう……今の私みたいにね」


楽しげに解説する仄の身体から、今までとは比べ物にならないほどの強烈な闘気が噴出した。


「さあ、皆さん、どうする?私を倒さない限り、この子は返らないわよ」


嘲笑あざわらうかのような仄の声が、室内に響き渡る。


まさか……


!?


時空の背筋に、冷たいものが流れ落ちる。

冷や汗だ……


思えば、決して不思議でも何でもない。

神器の事を口にし、人知を超えた力を持つこいつなら、持っていて当然だ。

悔やむべきは、その可能性を見抜けなかったおのれの無知さである。

時空の中に、後悔の念が湧き上がる。


それにしても……


時空は唇を噛み締め、鈴の本──道返玉を睨んだ。


能力を引き出す神器とは……


新たな力を得た仄の戦闘力は、以前の比では無い。

押し寄せる闘気が、それを如実に物語っていた。

両手に構える双刀が、そのあかしなのだろう。


あれが奴の神器なのか……!?


こいつと戦うには、自分たちも神器を使うしかない。

時空は、懐から神鏡を取り出した。


我はを待ち、は我を待つ──

今再び一つにならん──


青藍せいらんの輝きを放ち、八握剣が現出した。

正眼に構える時空の体にも、凄まじい闘気がみなぎる。


それにならうかのように、他の者も神器を取り出した。


尊のUSBからは、黄金の光がほとばしる。


柚羽の筆からは、深紅ふかべにの光がまたたく。


晶のスティックからは、深緑しんりょくの光が渦巻く。


そしてミョウと合体した凛の瞳には、紫紺しこんの光が宿る。


神器により覚醒した皆の体からも、闘気が溢れ出た。


「どうやら出揃ったわね……事代さん、これがあなたの探していたものよ」

仄の言葉を聞くまでもなく、すでに鈴の顔は驚きと興奮で紅潮していた。


「これが全部……神器!?」

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