七の宝〜天の巻

「この物語の登場人物の名前って、歴代の天皇からとっているんですね」


お、分かりましたか。さすが歴史オタク……あいや、歴史に造詣ぞうけいの深い事代ことしろすずさん。


「その他随所に色々遊び心も入れてますね。例えば凛ちゃんの飼い猫の名が、一条天皇が実際に飼っていた猫から取ったとか」


それもご存知でしたか。さすがです。


「時空さんの新しい技『霊鶏の蒼炎』は、神武天皇が窮地におちいった時助けに現れた霊鶏れいけいをもじってるとか」


なんと!そんな事まで見抜かれましたか。

おみそれしました。


「あと私の名だけは天皇では無く、事代主神ことしろぬしのかみの娘で神武天皇の正妃となる五十鈴媛いすずひめから付けたのですね」


す、鈴さん、それ以上はネタバレになりますので……


「事代主神は八百万神やおよろずのかみの一人で別名・大物主神おおものぬしのかみとも言われ……」


だ、ダメだ……止まらん……


「そもそも神武天皇の東征で最も大きな障害となったのが……」


わーっ!!わーっ!!


――プツン(筆者 強制終了)




「一体どういう事かしら」


小ぢんまりした書道部の部室に、尊の声が響く。

いつの間にか、此処が神器を有する乙女らの会合場所となっていた。


「さあ、俺にもさっぱり分からん……ポリポリ」

「鈴さんの古書に浮き出たという事は、やはりほのかが所有しているのでしょうか……ポリポリ」

「神器を二つもっすか!?……ポリポリ」

「……ポリポリ」

「ちょっとあんたら、何呑気のんき煎餅せんべい食べながら話してんのよ!……凛、あんたも音させない!」

尊の凄まじい権幕に、時空、柚羽、晶、凛の四人が一斉に喉を詰まらす。


「まあ、そう怒んなって。こうして仲間も増えたんだし、親睦を深めるのも大切な事だ。」

「その通りです……あ、時空さん、今お茶入れますね」

「渋いの頼む」

「だから、年寄りみたいな会話してる場合じゃないでしょ!」

急須を持って立ち上がる柚羽に、尊のげきが飛ぶ。


「……確かに、悠長ゆうちょうに構えている暇は無いかもしれません」

沈痛な面持おももちでつぶやく鈴に、全員の注目が集まる。

「どういう意味だ?」

鈴は、眉をひそめる時空の顔を見上げた。


「神器には凄まじい力が宿っています。それは使い方によってはこの世の支配すら可能な、一種の最終兵器と言えます。仄が、それを二つ所有しているのは間違いありません。道返玉ちかえしのたまを通じて、私にはその波長が見えましたので」


淡々と語るその言葉の一つ一つが、時空らの心に重くのしかかるようだった。


「その二つの神器が、あの双柱剣ふたはしらのつるぎなのかしら?」

尊が感情を抑えた口調で尋ねる。


「……分かりません。確かに道返玉の力で能力を開花させた点を見れば、神器の一部であるとは思うのですが……」

「一部……?」

時空が鈴の言葉尻を捕らえる。


「あれが……あの剣が、二つの神器の姿とはどうしても思えないのです……私が仄と出会った時見えた波長が、あの闘いでは一切見られませんでした」

その言葉に、全員の息を呑む音が聴こえた。

重苦しい空気が室内を押し包む。


「それじゃ……仄はというの?」

静寂を破るように尊が口を開いた。

「パワーアップした時空先輩ですら、拮抗きっこうした闘いだったのに……あれより凄い力を、仄は持っているってことっすか!」

晶が、たまりかねたように声を上げる。

柚羽と凛も、同意するように大きく頷いた。


「恐らくは……そうだと思います」

鈴は視線を上げると、皆の顔を見回した。


「元々私が仄の誘いに乗ったのは、彼女の持つその神器が見たかったからです。沖津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみを……結局、願いは叶いませんでしたが……」


今さらながら、その場の全員が事の重大さを認識せざるを得なかった。

ただでさえ束になっても勝てなかった伊邪那美仄が、さらに強力な隠し玉を持っている……

その事実は、これからの闘いがいかに困難なものとなるかを物語っていた。


「私たちも鈴さんの力で、時空さんのようにパワーアップ出来れば何とかなるのではありませんか?」

柚羽が、懇願するような口調で鈴に問いかけた。

「能力を上げる事は可能だと思います。ただ……」

「ただ……?」

言い淀む鈴を、時空が首を傾げて見つめる。


「私には、皆さんの神器の輝きを見る事が出来ます。その強弱は、そのままを示しています。輝度が高いほど、ということです。そして、言いづらいのですが……皆さんの神器には、時空さんほどの潜在能力はありません。道返玉を使っても、仄に対抗出来るだけの力を得られるかどうか……」

鈴は、苦渋の色を浮かべながら言い放った。

皆の口から、大きなため息が漏れる。


「じゃあ一体どうすれば……」

闘うすべが無くては、どうしようもない。

失意と落胆の空気がただよう。


「一つだけ手がある」


険しい表情の時空が、沈黙を破った。


「【十種神宝とくさのかんだから】は筈だ」

その言葉に、全員がハッとしたように顔を上げる。


「まだ見ぬ残りの二つを、仄より先に見つけるんだ」




「本当に見つかるでしょうか」

次の日の昼休み、時空は鈴を連れて校内を巡回していた。

「ああ。何故かは分からんが、今まで見つかった神器の継承者は、俺も含めて全てこの学校の生徒だった。残りも必ず此処の誰かが持っている筈だ」

神器を探し出すには鈴の古書、つまり道返玉を使うしかない。

近くにあれば、必ず反応が現れる筈だ。

他のメンバーとも相談し、交代で鈴を連れて捜索することにしたのだ。


「せっかくの休み時間なのに悪いな」

「そんな、やめて下さい。時空さんたちは私を救い出してくれた恩人です。そして今は、同じ【十種神宝】を有する仲間なんですから」

「そう言ってもらえると心強いよ」

頭を掻きながら笑みを浮かべる時空を見て、鈴はクスっと笑った。

「ホント、伊織の言った通りの人だ」

「え、何がだ?」

きょとんとする時空に、鈴も微笑み返す。


「伊織ったら、口を開けば時空さんの話ばかりするんですよ。主将はすごく強くて、すごく明るくて、すごく優しいんだぞって」

「そっか、あいつがそんな事を……」

時空は、照れ臭そうに頬を掻いた。

「私もこうして実際にお会いしてみて、改めて確信を得ました」

「え、確信って……!?」

「時空さんのです!」

驚いた顔で見返す時空に、鈴はやや興奮気味の口調で言った。


「ご存知ですか?神武という苗字の人って、全国に五百人ほどしかいないんですよ。しかも大半が『ジンム』では無く、『コウタケ』と読むそうです。その起源については、神武天皇に起因しているとする説が有力なのですが……だから時空さんのように、神武天皇と同じ読み方をする苗字は珍しいんです」

「神武天皇って……どっかで聴いた事があるな」

時空は、何かを思い出すかのように宙を睨んだ。


「私は……実は時空さんと神武天皇との間には、何か深い繋がりがあるのではないかと考えています。一連の事件が、【十種神宝】を中心に起こっているのがそのあかしです。私は、それが何なのかが知りたいんです!そして恐らくその答えが、全ての謎を解く鍵になる筈です」

鈴は両手を胸の前で組み、大きな瞳を輝かせた。


情熱的な子だ……


単に好奇心旺盛なだけではない。

豊富な歴史知識と卓越した洞察力も兼ね備えている。

自らの探究心を満たすためなら、この少女はどんな苦難もいとわないだろう。

その澄んだ瞳を見つめながら、時空は不思議な感覚にとらわれた。


生まれてからこの方、自分のルーツに興味を持った事など一度も無かった。

親に、自分の名前の由来について尋ねた事も無い。

ただ当たり前のように口にし、当たり前のように使ってきただけだ。

鈴の話では、自分は神武天皇とやらと何か因縁があるらしい。

どんな人物で何をした者かは知らないが、彼女がここまで公言するにはよほど重要な事なのだろう。

ならば、自分も知っておく必要がある。


「その……神武天皇について、教えてくれないか」


時空は、嬉しそうに頷く鈴と肩を並べて歩き出した。


それが、おのが運命をどれ程左右する事になるかも知らずに……

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