四の宝〜明の巻

ガシっ!!


鈍い音が鳴り響き、ほのかの一撃がブロックされる。

矛先を両手で掴んだその人物は、そのまま後方へ投げ飛ばした。

恐るべき腕力である。

仄は身をひるがえして着地すると、平然と立ち上がった。


「あなた……足玉たるたまね」


仄は一目で、その人物── 一条いちじょうりんの正体を見破った。


「嬉しいサプライズね。今度は、あなたが私の相手をしてくれるのかしら」

時空ときさん、大丈夫ですか!?」

仄の挑発めいた言葉を無視し、凛は時空に呼びかけた。


「君は……?」

時空は苦しげな表情で問いかけた。

肩口を押さえる手から、血がしたたっている。

「凛です……一条凛」

「一条……りん!?」

時空が驚き顔になる。

「凛って……まさか、あの時の……」

「話は後です。まだ闘えますか?」

凛に支えられ、立ち上がる時空。

肩に添えていた手を離し、両手で剣を構え直す。

「ああ……もちろん」

その目に再び闘気が宿る。

凛は大きく頷くと、上体を沈め両手を地面に垂らした。


「では、いきますよ!」


そう叫ぶと、凛は仄に向かって疾駆しっくした。

両手の鋭利な爪が、キラリと光る。

瞬時に避けようとした仄だが、スピードでは凛の方がまさっていた。


裂閃ラスレイション!!」


凛の爪が、仄の上半身目掛け振り下ろされる。

間一髪で回避するも、仄の着衣が格子状に破断した。


「なるほど……

表情一つ変えず、言い放つ仄。


たった一撃で、私の技の特性を見抜くとは……

凛は攻撃の手を止め、その場で身構えた。


この人、恐ろしく強い……


「次は私の番よ」


一言呟くと、今度は仄が前に出た。

鋭利な刃先が眼前に迫る。

応戦体勢から一転、凛は大きく後方へ跳躍した。

矛先の届かぬ空中から、斬撃を放つ作戦だ。


「甘い!……龍牙天翔りょうがてんしょう!!」


そう叫ぶと、仄は矛先を頭上に差し上げた。

刀身が白くきらめいたかと思うと、柄の部分が一瞬で数倍の長さに伸長した。

到達した矛先が、凛の脇腹を直撃する。


「くうっ!」


予想外の攻撃に、体勢を崩した凛はそのまま落下した。

かろうじて身をひるがえすが、降り立つと同時に血が噴き出した。

体力が、血と共にがれていくのを感じる。

大きく肩で息をしながら、凛は仄をにらみつけた。


「大丈夫か、凛!?」

背後で、心配そうな時空の声がした。

「大丈夫……です」

荒い息で答える凛。

言葉とは裏腹に、激痛で顔が歪む。


全く……なんて武器なの!


凛の裂閃ラスレイションは、相手が打撃をかわした場合も有効に働く。

付帯効果で発生するカマイタチが、斬撃となって襲い掛かるのである。

つまり、相手の武器が届かない範囲から攻撃できるわけだ。

だが、あの伸縮する矛はそうはいかない。

一瞬で、こちらに届いてしまう。

どこから狙っても、攻撃する前にやられてしまう。


一体、どうすれば……


「……時空さん」

凛は、脇腹を押さえながら話しかけた。


「私に考えがあります。もう一度あいつに仕掛けますので、合図したら攻撃してください」

「一体……何をする気だ!?」

凛の決意を秘めた口調に、ただならぬ気配を感じた時空が問い返す。

それには答えず、凛は時空の顔を見てにっこり微笑んだ。

「ちょっとした作戦です」

それだけ言うと、凛は正面に向き直った。

「いきます!」

掛け声と共に、真正面から仄に向かっていく。


「何度やっても同じことよ」

不敵な笑みを浮かべ、仄は矛先を凛に向けた。


龍牙天翔りょうがてんしょう!」


飛びかからんとする凛目掛け、矛が伸びる。

切先が凛の右肩を直撃し、貫通した。


「ぐ……!」


苦悶のうめき声を上げ、凛はそのまま両手で矛の柄を掴んだ。


「今です!時空さん!」


凛が絶叫する。


仄がハッとしたように、矛を元に戻そうとする。

だが、


「ちっ……!」


初めて、仄の顔に焦りが見えた。


!」


そう言って、にやりと笑う凛。


「あなた、最初からこれが狙いで……」


仄の台詞が終わらぬ間に、凛の背後から時空が踊り出た。


神武至天流八咫烏じんむしてんりゅうやたがらす!!」


時空の放った居合術が、矛を分断する。

同時にブロンドヘアが、空中に舞い散った。

矛を手放した仄は、大きく後方へ退避した。


「お見事……いいコンビネーションね」


そう言って立ち上がると、仄はくるりときびすを返した。


「今日のところは帰るわ……また会いましょう」


背中越しに手を振りながら、階下に姿を消す。

気付くと、分断されたはずの矛も消えていた。


本来なら追撃すべきところだが、時空も凛も満身創痍まんしんそういの状態だった。

後を追うどころか、歩く事もままならない。


「凛、大丈夫か」

仄が去ったのを見定めてから、時空は凛の方に目を向けた。


そこには地面に座り込む凛と、血塗ちまみれで横たわる一匹の猫の姿があった……



「全く、何考えてるの!」


肩に包帯を巻きベッドに腰掛ける時空に、尊が怒鳴り散らす。

闘いの後、治療のため保健室に来ていた。

保健医には、階段から転げ落ちた事にしてある。


「なんで言ってくれなかったのよ。一人で太刀打ち出来る相手じゃないのは分かってるでしょ」

「そうです。一言おっしゃって頂ければいつでも駆けつけましたものを……なにせ二人の絆は山よりも高く、海よりも深いのですから」

尊と並んで立つ柚羽も、胸元で手を合わせて言った。

「……ちょっと、二人の絆って何よ」

尊がむっとした表情で食って掛かる。

「それは、私と時空さんの神器の相性が良いという意味で……」

「相性って……そんなもの根拠も何も無いでしょ」

「我が嵯峨家に代々伝わる伝承です」

「それはあなたの家の問題でしょ」

「これは運命なのです」

「なにドラマの決め台詞みたいな事言ってんのよ。馬鹿馬鹿しい」

「ば、ばか……!?」

「ま、まあとにかくだ!」

二人の仁義なき闘いに、時空が割って入る。

「二人に相談しなかったのは謝るよ。すまなかった」

素直にこうべれる姿に、尊と柚羽も口を閉ざすしか無かった。

「確かに、今の俺では仄には歯が立たない。それが今回よく分かった。あの時凛が助けてくれなかったら、どうなっていたか……」


「その凛て子だけど……」

時空の話しに、尊が眉をひそめる。

「その子も神器の所有者だって言ったわね」

「ああ。確か仄の奴が……足玉たるたまとか言ってたな」


足玉たるたま……」


尊はポケットから携帯を取り出すと、何か調べ始めた。

「ああ、あった」

尊が差し出した画面には、拡大された神宝図が映っている。

「ああ、これだこれ!闘っている時の凛の額にも、同じ紋様があった」

その図柄を指差して、声を上げる時空。

「そう……どうやら、四つ目の神器に間違いないみたいね」


「でも、一つ分からない事があります」

尊に続いて、今度は柚羽が眉を顰めた。

「その凛さんが元の姿に戻った時、そばに猫が倒れていたのは何故なのでしょう」

それについては、時空も同様の疑問を持っていた。

あの闘いの後、姿形の戻った凛は、猫を抱えて行ってしまった。

確認するどころか、礼を言う暇さえ無かったのだ。


「仕方ない。本人に聴いてみるか」

「お呼びするのですか?」

「いや……もうそこにいるよ」

柚羽の問いに、時空は保健室の戸口を顎で示した。

驚き顔の尊と柚羽が、同時に振り向く。

「入って来いよ、凛。そこにいるのは分かってる。怖がらなくていい」


時空の誘いに導かれるように、戸口から丸眼鏡の顔が覗いた。

ためらいながら、ゆっくりと入室する。

その手には、小さな猫が乗っていた。


「お、そいつ……もう治ったのかい?」

目を丸くする時空に、凛はぎこちなく頷いた。

「……あの後すぐに……病院に連れて行こうと思ったんですけど……あっという間に治って……」

「みょ〜」

たどたどしく話す凛の胸で、猫がひと鳴きする。


「時空を助けてくれたんだってね。ありがとう」

尊が礼を言いながら笑いかける。

柚羽も隣で微笑んだ。

少し気持ちがほぐれたのか、凛も伏し目がちに微笑む。


「あなたが……凛さん?」

「一条凛です。一年Aクラス……この子はミョウと言います」

「よろしくね、ミョウ。それで……あなたも神器を持っているって本当?」

尊の質問に、凛は一瞬言葉を詰まらせた。

問うような視線を時空に向ける。

「大丈夫だ、凛。実は、ここにいる皆、神器を持ってるんだ」

その言葉に、凛は目を丸くした。


「これが俺の神器……八握剣やつかのつるぎだ。お前はもう、知ってると思うけど」

時空はふところから御守袋を取り出すと、中の神鏡を出して見せた。

それを見て、小さく頷く凛。

続いて、尊は物之比礼もののひれUSBを、柚羽も生玉いくたまの筆を差し出した。

凛の目が、さらに見開く。

「……それじゃ……皆さんも……不思議な力を……」

それらを食い入るように眺めながら、凛が呟いた。


「皆、神器に選ばれた仲間なんだ。お前も含めてな」


時空が、優しい口調で締めくくる。


仲間……


凛の中で、その言葉が心地よく響き渡った。


私も……仲間……!?


これまで、友達と呼べる存在などいなかった。

恐怖心が先に立ち、みずから避けてきたからだ。

だがそんな自分を、時空さんは仲間だと言ってくれた。

この人たちは、優しく話しかけてくれた。


嬉しい……


凛の胸に、暖かいものがこみ上げる。


「私の神器は……これです」


そう言って、凛はミョウを抱え上げた。


「…………!?」


全員が声を失う。

まさか……生き物の神器とは……

想定外過ぎて、誰も言葉が出なかった。


「子どもの頃、捨てられていたのを拾って……」

「……その……猫ちゃんが神器だって、なぜ分かったんですか?」

まだ信じられないといった表情で、柚羽が質問する。

「この子が……自分で言いました」

即答する凛の顔を、三人はまじまじと眺めた。

「やっぱり……おかしいでしょうか……」

「あ、いやいや、そんな事ないよ!」

「そうそう、ありですよ。あり!」

表情を曇らせる凛に、尊と柚羽が慌ててフォローする。


「まあ……なんだ」

時空が、頭を掻きながら後を続けた。

「助けてくれて、ありがとう。それと……これからもよろしくな」

時空が、屈託のない笑顔を向ける。


日の光のような笑顔……


凛は頬を赤らめ、小さく頷いた。


「お前もな、ミョウ」


時空は笑いながら、ミョウにも声を掛けた。


(あいよ、相棒)


「え、今、しっ、しゃべっ!?」


「な、なんで、どうして!?」


「えぇぇぇぇぇっ!!」

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