第5話 正義は相手のためにある 前編
「明日時間開けといてね」
久しぶりにのぞみと学校ですれ違った。
何やらいろいろと調べることが忙しくてバタバタしていたらしい。
きっと依頼だろう。
次は何に巻き込まれるんだろうか。
最近は上達してきたように思う。
以前のように相手をじっと見つめることなく、相手を見ただけで入り込むことができるようになってきた。これも日頃の練習の成果のおかげかもしれない。
さらに、一度見た人に対しては、この目でその人を確認しなくても、周辺にいる限りは読み込めるようになった。俺の能力はどんどん進化している。
「今日は何なの、もちろん奢りでしょ」
また、いつものカフェだった。
「ひろしはブレンドね」
「すいませーん、ブレンドとケーキセットで」
おいおいずるいよ自分だけ。まあ、ブレンドで我慢しよう。
「今日はね、最近ひろしも講義を受けてる文学部のあの助教授を見てほしいの」
嫌がらせを受けているという女子学生からの声が出ているという。だけど証拠がない。そして、そうした多くの学生がいつの間にかこの学校を去っているようだ。
俺はあいつの講義を受けている。このカフェは大学からそう遠くはない。
「パンッ」
見えてきた。
何をやっているところだろう。
学生が見えた。
あの娘は確か、どこかで見た顔だ。
そうだ同じ1年だ。
確か、そうだ。
サークルをいろいろ見ていた時に、テニスサークルで一緒になった娘だ。
やたら先輩連中から声をかけられたのを覚えている。
なるほど、次のターゲットはあの娘ってわけか。
でも、俺には映像しか入ってこない。
音のない世界だ。チャップリン映画を思い出す。
映像で感じるしかない。
次のステップは映像で何を言っているかわかるようになることかな。
「ターゲットは特定できたよ、さあ、これからどうする」
のぞみは頭が良かった。
1を聞いて10を知る女と言っても過言じゃなかった。
彼女はあの教授に脅されている、もしくはこれから騙されて脅されることになる。とりあえず、あいつの目的を探ることが先決。
あと、あの女の子みたいなタイプはきっと日記をつけてるはずだという。
だから、その日記を読めば手掛かりはつかめるんじゃないかということ。
のぞみは準備に余念がない。
だけど攻める時は一気にせめる。まさに孫子の兵法の使い手だ。
とりあえず、彼女にはのぞみに近づいてもらう。
そしておおよその睡眠時間も聞き出してもらう。
それから逆算した時間に入り込む。
今日は23時前に決行だ。
最近、眠い。自分が寝てしまわないか心配だ。
とりあえず目覚ましをかけておく。
「プルルルルッ」
ふと目が覚める。どうやら寝てしまったようだ。
「はい」
「ちょっと今どこにいるの」のぞみからだった。
「ごめん、ちょっと寝てた。急いでいくから。ちなみにどこにいるの」
彼女の家の近くのファミレス。もうのぞみはスタンバイをしていた。
到着した頃には、もう2杯目のドリンクを飲んでいた。
「さあ、早くやってよ、っていうか、時間は延ばせるようになったの」
今までの能力だと5分が限界だった。
でも、だいぶ要領がわかってきたから 倍の10分くらいは見ることができるだろう。
もう、日記は書き始めていた。
夜のバイトやっていることばらされると書いてあった。 親にばらすと。
父親は地方の議員をしているよう。所謂お嬢さんといったところだ。
お金には不自由してないだろうに何で彼女はバイトをしていたんだろう。
とにかく、彼女は脅されている。
そして、そのために、今度ホテルで会うように迫られている。
5月10日20時 ロビー
確か、渋谷駅から行けばすぐのホテルだ。
その前に食い止めないといけない。
のぞみには一つ案をもっていた。
あの教授の弱点をつく。教授にも家族がいる。
年下のかわいい奥さんとまだ幼稚園の娘。
きっとあの男も同じことをされれば、手を出さないに違いない。
そのために、何か弱点を探る必要があった。その弱点で相手の戦意を喪失させる。
ふと思った。のぞみは決して戦うことは望んではいないのだと。
相手をつぶすことが目的ではないんだと。ただ、争いをなくすこと。
そうした犯罪が消えればいいと思っている。犯罪者を裁こうとは思っていない。ちょっと痛い目に合わせる程度。
すべては被害者を救済するために動いているように思えた。
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