第4話 ルート2の犯罪は人のためにある
彼女はいつものように、またベンチに座っていた。
「おはよう」
「おはよう」
「何だか、顔色悪そうだね。昨日あんまり寝れなかったの」
誰のせいだよ、全く。
「なあ、教えてよ、えっと」
「あっ、私の名前知ってるよね、のぞみだよ」
「のぞみちゃん」
「呼び捨てでいいよ」
「あっ、のぞみね、分かった」
そんなことはいいから早く教えてよとは言えなかった。
「そうだ名前聞いてなかったよね」
「俺、ひろし」
「ひろしね、何を知りたいの」
もう何もかも教えてよ、もったいぶらずにという心の声をグッと抑えた。
「いつから知っていたの」
「うーん、いつだったっけ」
そして、上のほうを向いて思い出そうとしていた。
「私ね、心理学を先行してるの、犯罪心理学ね」
犯罪心理学とは、犯罪行為やそれをとりまく周辺事象の理解をするために、心理学的方法論を用いて解明する学問なんだそう。なんだか物騒な学問だ。
「世の中の犯罪をなくしたいの、どうしたらなくせるのかなって考えていたの」
「そうしたら、ここの大学受験の時にね、ひろしが目に入ったの」
そうか、俺もあの時のぞみが目に入った。ということはある意味で同時だったってことか。
「でね、なんか気になったの。犯罪を犯すタイプでもないし、だけど、何か隠してるんじゃないかって、あとちょっと私ね、人よりも敏感だから、見られてるってのがすぐ分かるの」
「あの時なぜか強いものを感じだの、後ろの方から、きっと君だろうなって思って」
「それで、君のこと観察してたの」
「そうしたら、誰かをじっと見つめて、目をつぶって、しばらくして、よしってガッツポーズしていた」
「何だろうって思って、しばらく君のこと見てたの。そうしたらね、何やらブツブツいってるのが聞こえて、なるほど、もしかしたら何か見えてるんじゃないかって考えたの」
「で、何日か見てたら、ひろしが見えているものは、照準をあてた人の目線の先だったことに気づいたの」
「そっか、俺そんなに独り言をつぶやいていたのか、心の中でしか言っていないと思っていたけど」
「ほら、あの痴漢をやっつけだでしょ、あの時確信したの。あっ、この人見えるんだって、それで、この人を仲間に入れようって」
「そうか、それも見てたんだ。って、仲間ってなんだよ、仲間って」
「それが本題ね」
「昨日、暗号みたいの教えてもらったでしょ、あれはパスワードだったの」
「何の」
「あの人の金庫のだよ」
「それって犯罪じゃん、彼は一体何者」
なんだか妙なことに巻き込まれてきたぞ。
「あいつはね、とっても悪い奴だよ、人をだまして金を巻き上げて、その金でクラブとか通って豪遊してるの。許せないでしょ。だから、そのお金を奪って、だまされた人に少しでも返してあげようと思って」
意外と大胆なことを考えているんだな。
「それで、これからどうするの」
「あそこはね、入り口も暗証番号で管理しているの。だから、今度は暗唱番号を見てほしい。それで手伝ってほしいの」
もう乗りかかった船だ。俺はこの船にのることを決めた。
その人の事務所は、街中の少しはずれにあった。
事務所に入ってくるのをのぞみと待った。怪しまれないようにカップルのふりをして、その周辺で待っていた。
「来たよきた」
俺は集中する、そしてあいつを見る。
「パンッ」
「31415926535」
11桁の数字だった。しかもどこかで見たことのある数字。そうだ円周率を使っている。
あれっ、ひょっとして、もう一つの数字、ルート2だ。昔、覚えたよな「ひとよひとよにひとみごろって」
「ありがとう。じゃあ、とりあえず下ごしらえして今夜決行ね」
そういって夕飯を食べることにした。
何を食べるんだろうっと思っていたら、彼女はカツ丼のチェーン店を選んだ。
「チェーン店はすぐに出てくるから、またなくていいよね。そしてげんかつぎもしておかないとね。今日は勝つんだよ」
受験じゃないんだから、勝つために、カツか。
完全武装で顔も隠していた。
手袋も抜かりない。ここらへんは犯罪心理学を学んでいるからなのか、犯罪で足がつかないようにしているのだろう。そして、ここにはセキュリティーもとくにしてないようで、警備員がくるということはないらしい。
扉をあけてすぐに金庫へと向かう。ルート2なんて俺の人生には一度も役に立つことはないと思っていたけど、まさかここで役に立つなんて。ゆっくりと間違えないようにルート2の数字をパスワード解除画面に打っていった。
「カチャリ」
金庫が開いた。
中には想像通りのお金が入っている。これでいくらくらいなんだろう。見当もつかない。
「だいたい1億円くらいだよ、それでも10kg程度なのよ。意外と少ないでしょ。さあ、二人で鞄につめて持っていくわよ」
まじかよ1億円。俺がいつもバイトしているところは時給1000円、だから10万時間働くってことになるから、4166日働いて。うーん丸11年以上寝ずに休まず働いてようやく手に入るお金だ。それが一瞬。嫌々、これは俺の金じゃない。騙された人に返すためのお金だ。
「おつかれさま、このお金はあとは、返しておくね。とりあえず、わかんない人の分はとっておいとく。何かのためにね。安心してよ、私は使わないから、あっ、ひろしのことも信用しているから」
そういってのぞみは帰って行った。二人だけの秘密の場所。
そこにお金は保管された。
それが、はじめての仕事、人のために役立ったのだろうか。
何だか今日は疲れた。
ゆっくりと寝れそうだ。
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