第3話 裏の裏は表である
今日も「辻原希美」がベンチで座っていた。前回と同じように小説を読んでいる。
「パンッ」
前回の続きを読んでいるようだ。相手はまだ俺に気付いていない。
よしっ、声をかけてみよう。
「こんにちわ」
ふと、彼女は顔をあげた。
最初は、誰という険しい表情を見せた。
「昨日はありがとう、あの小説を拾ってもらったのに、昨日はあまりお礼も言えず行っちゃって、本当にありがとう」
というと、彼女はニコッと微笑んでくれた。
「あっ、昨日の」
「本好きなんだね、何読んでるの?」
わざとらしくないか、ちょっとドキドキした。
「昨日拾った小説と同じ作家さんの小説読んでるの」
よし、ちゃんと気付いてくれていた。
「へえ、偶然だよね。結構この作家好きなんだよね。児童文学も好きなんだよね。あの感動する小説。毎回俺泣いちゃってるんだよね」
「クスッ」と彼女は笑った。
「私も感動系大好きなの。さすがに外で読んでいるときには泣かないけど、家に帰ったら思い出し泣きすることもあるんだよね」
任務完了。無事ターゲット確保。
まずはつかみはOKというところだろう。
知り合うきっかけはできた。彼女に近付くこともできた。
あとは、お礼をしないといけない。俺はそういうところは律儀なのだ。
ハッキングも人を傷つけるためにはしないように心掛けている。
犯罪もしない。
あの、最初のハッキングは犯罪と言われるのだろうか。
それならば、俺はあの一回で最後にしようと心に決めた。
使うのはあくまでも個人的な利用に限る、それを不正には使用しない。
見た情報は誰にも言わない。
自分の中で決めた個人情報保護のルールを適用した。
「ねえ、ちょっとこの後時間ある」
「うん、今日はあいているよ」
そうしてカフェに行った。
俺はブレンドを頼み、彼女はケーキセットを頼んでいた。
「ここのケーキ好きなんだよね」
「甘いものって女性って好きだよなー。よし、今日は俺がおごろう。」
そして彼女は本題に入った。
「お願いがあるの」
彼女は手書きで書いた紙を俺に見せた。
<あなたの方から見て、左前に座っている黒のシャツに、ジーンズを着ている男性をハッキングして>
そう紙には書かれていた。
「私気付いてたよ。お礼にお願い」
見られていたのは気のせいではなかった。彼女だった。
彼女の裏をかいたのではない、こちらが裏をかかれたのだった。
結局は元に戻ったということか。
いや、彼女のほうが一枚上手ということだろう。
すべては知ってるってことか、いつから気付いているんだろう。
「パンッ」
俺は彼女の要求に応えた。
何かの暗号のように見える。11桁の数字が見えた。
(14142135623)
それが何を意味しているかさっぱり分からない。
ただ、彼女に渡された紙にそれを記載した。
「ありがとう」
一体彼女は何者なんだろう。
そして、誰にも気付かれないようにしていたのにバレたということが
何よりも不安を煽った。
俺のこの能力を何のために使うというのだ。
そして、彼女を信頼してもいいのか。とりあえず、今は訳がわからない。
彼女と話し合う必要があるだろう。
「私は何者って顔だね。だよね、でも私は味方。信じて、後で全部話してあげるから」
「あっここは私が払っておくから、あと今後は私以外でね」
そう言って彼女はカフェを出て行った。
何もかも俺よりも先回りをしている感じだった。
家に帰ってからも落ち着かなかった。
一体いつから彼女は俺の存在に気付いていたんだろう。
あの小説の時、それともあの受験の時、それとももっと前から。
なんだかとても不安になる。
それにしても、あの11桁の記号は一体何に使ったのだろう。
そして、あのサラリーマン。一体誰だったんだ。
謎は深まる。
もういい、とりあえず今日は寝よう。
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