第2話 君は俺に騙される
最初は何度か失敗することも多かった。なかなかうまくいかない。
集中すること、そしてタイミングをつかむこと。
「パンッ」
切り替わる。でも充電が必要。
ずっと見ていると、目がものすごく疲れてくる。
長時間しようと思うと頭痛がとまらない。
何度か挑戦してみるとだいたいのスパンが見えてきた。
およそ見ていることができるのは5分程度。
それ以上は我慢比べになってくる。
そして、最低3時間以上は休息が必要だ。
連続ではできない。3時間すぎると頭が冴えてくる。
何かテクニックがあるのかもしれないが、今の自分にはそのスパンでやることで、その後に支障がない生活ができるのだ。
「焦点をあてる、無になる、目をつぶる、パンッ」
ほとんど失敗しなくなってからは、1日1回だけハッキングすることにした。
毎日の自主練といった感じだった。
誰にも言えない、そして誰にも言ってはいけないと思った。
第一、人は自分の視野を乗っ取られたくないだろう。しかも無断で。
そんなことができるといったところで、信じる人もどれくらいいるだろうか。
これは自分だけの秘密として、誰にも気付かれないように秘密裏に行ってみよう。
あいつは今どこにいるんだろう。
この特殊能力のおかげて俺は大学を受かることができた。
いや、この特殊能力というより、あの辻原希美のおかげかもしれない。
お礼を言いたいところだが、相手からしたらお礼を言われる筋合いはないだろう。
しかも、そのことがバレてしまうと少々厄介なことになるからそれはやめよう。
でも、俺がこの大学に受かったっていうことは、きっと彼女も受かっていることだろう。
どこにいる、集中集中。
でも、俺はどこにいるかを探し出す能力があるわけではない。
ただ、キョロキョロと辺りを見回してみた。
だけど、いない。
目の前に見えた青年をハッキングした。
「パンッ」
スマホを見ている、何やらニュースのようだ。えっ、あの歌手が事件を起こしたんだ。なんだか、こういうハッキング越しにニュースを見るって感覚。電車に乗ったときにおじさんが見ている新聞を盗み見している気分だった。でも、続きがきになる。でもこちらに主導権がない。歯がゆい。今日はこのくらいにしよう。
何日か過ぎた頃、ようやく「辻原希美」を見つけた。
まずはゆっくりと観察してみよう。どうやら、まだ友達はできていないようだ。
真面目そうな感じ、一人でベンチで小説を読んでいる。
一人の時間を大切にできる娘、小説が好きな娘、真面目な子。
今はまだそんな情報しか手に入れてない。
どんな小説を読んでいるんだろう。よし、見てみよう。
「パンッ」
何か知っている、この小説。うーん、何だっけ?
きっと上のほうにタイトルが書いてあるはず。あれ、見えそうで見えないな。あっ、そうだ。思い出した。
児童文学だった。
よく読んでいる小説のひとつ。あの作者の書き方が好きだ。
彼女も好きだということは、きっと子供好きに違いない。
そうだ、俺も別のあの作者の小説を持って行って何気に読んでみようかな。
翌日、俺はちょっと彼女に近づいてみたくなった。
家にあった小説を持ってきた。
彼女の前を急ぐふりして走り去る。その時に持っていた小説やノートを落とすという古典的な方法。よくテレビでそんなシーンを見たことがあった。わざとらしい気もするが、それは演技次第だろう。
そして、俺はさりげなく小走りして、時計を見ながらその場を走り去ろうとした。急いでいる、そんな演出。一旦走り去る、そして落とした荷物を拾うために戻る、そして彼女に落とした小説を拾ってもらう。すべてが完璧だ。
「落としましたよ」と言って彼女は拾ってくれた。
「あっ、ごめんなさい、あれ、やばい」
そう言って渡された小説をもらった。
「ありがとう、あっ、またお礼は今度、ちょっと急いでるんで」
そう言って、俺はその場を去った。我ながら何てすばらしい演技力なんだろう。
でも、これで彼女に話すきっかけができた。
「あっ、こないだはどうも、小説拾ってくれた人だよね」と言って近付けばいい。そうしたら向こうも警戒しないだろう。しかも、拾った小説は彼女の好きな小説。きっと俺にも興味をもってくれているはずだ。
そう考えているうちに、今日はまだ自主練していないことを思い出した。
今日のターゲットはどうしよう。
あのサラリーマンにしようかな。
「パンッ」
あれ、なんだか、動きが怪しい。
片手がもぞもぞしている、スマホを持っている。そして景色。スカートの中。
あいつ盗撮している。
思わず見てしまった。ごめんね、あのサラリーマンの前の女の子。
あれ、誰かに俺も見られている。
ふと、そんな気がしたが気のせいだろう。
それにしても、どうしたらいいだろう。
そうだ。
視界を自分のものに戻して相手を追った。
ターゲット確認、うまく伝えるには。
そうだ、わざとぶつかって相手のスマホを床に落とそう。
そして盗撮と叫んでその場を離れよう。
そうしたらきっと誰かが、その画面を見て、警察に伝えてくれるはずだ。
「盗撮」
そう叫んで、その場を後にした。
たまには、自分の能力も人に役に立つことはあったようだ。
でも、と思った。
なんだろう、あの感覚。自分が見ているのに見られている感覚。
きっと気のせいに違いない。ちょっと疲れているのかもしれない。
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