ハッキング

八末 梛

第1話 あなたの視界は俺のもの


“ハッキング”

検索してみた。


[他人のパソコンに不正に侵入して悪事を働く]


[ハックする]、あるいは[ハッキング]という言葉。

元々コンピューターのプログラムを書いたり作り変えたりすることを指していた。

「ハッカー」とは、もともとコンピューターについての深い専門的な知識を持っている人の意味で、他人のパソコンへ不正に侵入するといった犯罪行為を行うという意味合いはなかった。

だけど、そうした高い技術を悪用して、ホームページを改ざんしたり、パソコンに動作不良を起こさせるような犯罪が発生しはじめたり、そんな状況で、ハッカーやハッキングということが、悪いイメージとして使われるようになったらしい。

なるほど、でもイメージというのは人々からなかなか離れることはないだろうな。

いつまでもついて回る。自分もそう思っていた。


俺の依頼者もその一人だ。

どうも使い方を間違えている。

でも、俺にはハッキングしてほしいと依頼をしてくる。

何度も使い方の間違いを説明した。

でも、一向にわかってくれない。

だから俺も、そのままその使い方をするようになった。


俺はパソコンは得意ではない。

パソコンは見る専門、使う専門だ。

ユーチューブをみたり、SNSを見たり、たまに投稿するくらいだ。

だから、パソコンで何かをするということは技術的にはできない。

だけど、俺には特殊能力がある 人の目に侵入して、その映像を見ることができる、共有することができるということだ。


「人の目をのっとる」というのが正しい表現かもしれない。

別に目を盗むわけではないが。


人が見ている視線、その視線を共有する。


最初は離れた人にはできなかった。

自分にもある程度のアンテナみたいなものがあるようだ。

訓練すれば遠く離れた場所でも通信できようになるだろうかと思ったものだ。

相手を認識することができれば、人の視線を共有することができる。


いつ頃からだろうか。

初めて認識したのは大学の受験の時だった。


困っていた。

どうしても受かりたい。

でも答えがわからない。

あいつはすらすら書いているのに。

やはり俺には記憶力が足りない、と思った。

みるからに頭の良さそうな女子がいた。前の方に座っていた。

自分は考えるふりをしてその子を見ていた。

試験官から見ても特に怪しい感じはしないような、そんな自然なふるまいを心掛けた。 実際、その時はただ答えが思いつかなかったので、茫然とその女の子の後ろ姿を見ていただけだった。


すると、何やら目がかすむような感覚に襲われた。

そしてピントを合わせるような感じ。

目が悪くなって眼鏡やコンタクトを買いに行った人なら、よくご分かるだろ。

目玉にピントを合わせて大きくなったり小さくなったりするあの感覚。


そして焦点があう。

「パンッ」


何かがはじけたように、今まで見ていた目の前の光景がはじけとぶ。

目の前に現れたのは、自分の見ていた机の回答用紙ではなかった。

回答用紙の名前欄には「辻原 希美」と書いてあった。


なんだ、この視界は。

いったい、俺の視界が誰かに奪われたのか。

一瞬パニックに襲われそうになった。


しかし、よく見てみる。

自分が見ている視界もかすかに残っている。大きなワイプで誰かの視界を映しだされているのだった。


その人が前を向く。どうやら同じ会場だ。

どこだ、ビデオカメラの映像か? 徐々に場所の特定を急いだ。

そして、どうやら自分が見ていた女の子の視界のようだった。


冷静になり答えを見た。

自分の理解できる問題の答えは自分と一緒だった。

これは試してみようと思い、その答えを自分の答案用紙に書いてみた。

といってもその時は自分の答案用紙を見ることができなかったから、用紙にメモをしておいた。


これがカンニングと呼ばれる行為なのか。


でも決して俺は不正していない。

カメラを持ち込んでいるわけでもない、ただ見えただけなのだ。

そういい聞かせているうちに、自分の答案用紙に視野が戻った。

用紙にメモしていた答えを、解答欄に書き写し、俺はその場を後にした。


あれは夢だったのだろうか。試験中にひょっとしたら眠ってしまったのかもしれない。 でも、鮮明に映像が見えていたのだ。


俺は、また別の人で試してみることにした。


大学受験のテストの休憩時間。

みんな、それぞれの場所で弁当を食べている。

よし、今度はあいつの弁当箱をのぞいてみよう。


意識を集中した。

しかし何も変わらな他の人から見ると、自分がその人にガンを飛ばしているように思われたかもしれない。そんな感じで鋭い目で、その人をみていたと思う。


何がさっきと違うのだろう。

集中力なのだろうか。

あの時と今の違いは何だろう。

思い返してみる。


たしか、最初はぼーっつと見ていた。

目をつぶって開いた瞬間、画面が切り替わった。

「パンッ 」


そうだ。切り替えが必要なんだ。

ある一定のスリープ状態、そして切り替え。

すると目のハッキングが完成する。

そのはずだ。もう一度試してみる。


もう一度同じ青年を見る。

ぼーっつと見てみる。そして目をつぶる。

「バンッ」


自分のとは違う弁当箱が目の前に移る。

「よっし」


思わず心の声がこぼれていた。

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