第130話 迫る脅威

 僕は振り落とされないように力の限り抱きついた。


 もし彼女が獣人で無かったらそんなことをすれば大変なことになったかも知れない。

 だけど彼女はまったく平気な顔で手綱を軽く引く。


「出発!」


 そして彼女の言葉と同時にクロアシが一気に加速する。

 僕は回した腕の力を更に強め必至に振り落とされない様に足にも力を入れた。


 ものすごい速度で後方へ流れていく景色と、風圧。

 怖くて前を見ることは出来ないが、きっととんでもないことになっているに違いない。


 やがて村人が普段利用しているであろう道が終わり、森の中へ突っ込む。

 しかしクロアシの速度は一向に緩む気配は無い。


 さすが森の中を走ることに賭けては右に出る者のいないコーカ鳥だ。

 鼻先を木の枝がかすめる度に悲鳴を上げそうになる。

 だけどエストリアの前で……いや、後ろでそんなみっともないことは出来ない。

 といってももう手遅れな気もするがそこは譲れない一線という所だ。


 やがて森を抜け、整備もされてない山道に入る。

 ゴツゴツとした岩が転がり、その間を川が流れている。


 ふと顔を上げて正面に目を向けると左右に高く切り立った崖に挟まれた渓谷の入り口らしきものが見えてきた。


「あそこが竜の首でしょうか」

「だろうね!」


 風圧に負けない様に叫ぶ。

 しかしあそこに本当に聖獣様は居るのだろうか。


「このまま渓谷の中へいきますか?」

「余り奥まで行くと魔物がいるかも知れないぞ」

「その時はクロアシちゃんが教えてくれますよ」

「そっか、それならある程度奥まで行ってみよう」


 それで聖獣様の痕跡が無ければ戻って元の住処にでも探しに行こう。


「クロアシちゃん。魔物がいたらおしえてね」

『コココッ』


 心なしか速度を落とし、慎重に辺りを警戒しながら進み出すクロアシの背中で僕は聖獣様の痕跡を探した。

 しかし基本的に渓谷の地面は水が流れているところを除けば石が転がっているだけだ。

 これでは足跡もわからない。


『クケッ』

「えっ?」

「どうした?」

「クロアシちゃんがあっちに何かいるって言ってます」


 エストリアが渓谷の奥を睨む様に見ながら応える。

 もしかして魔物か?


「あれは!? クロアシちゃん、急いで!!」

『クケケケーッ』


 エストリアと同じように渓谷の奥を目を細めて見ていると、突然彼女が叫ぶ様にクロアシを走らせ始めた。

 慌てて僕はエストリアの服を掴んでかろうじて落鳥を免れた。


「あ、危なっ」

「ごめんなさいっ。でもあそこに聖獣様が倒れて――」

「なんだって!?」


 エストリアの視力は僕よりも遙かに良い。

 だから僕が見えなかったそれを見つけることが出来たのだ。


「聖獣様っ!!」


 クロアシが全速で駆けてくれたおかげで僕にもその姿が見えた。

 どうやら岩の上に倒れているようだ。

 そして見間違いでなければその体中に無数の傷を負っている様に見える。


「レスト様!」

「ああ」


 倒れている聖獣様の近くまでたどり着いたところでエストリアが僕を振りかえり逆に抱きかかえる。

 そしてそのままクロアシの背を蹴って飛び降りると、僕を聖獣様の元まで運んでくれた。


『おお……レストか……どうしてここにおるのだ……』

「聖獣様が呼んだんじゃないですかっ!」

『そう……だったか。しかしお主が来てくれて助かったぞ』


 聖獣様は首を地面から苦しそうに上げながら話し続ける。


『急いで村に……帰って……村人全員をお主の拠点……で守ってくれぬか?』

「いったい何があったんですか!」

『我のこと……は気にするな。それより時間……が無いのだ』

「そんなことを言われても理由がわからないと村の人たちを連れて行くことなんて――」


 そこまで口にした時だった。

 突然渓谷の奥から激しい破砕音が響いてきたのだ。

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