第129話 聖獣様の行方
昼過ぎに拠点を出て空中回廊をひた走り、途中数カ所に作ってある休憩所で休みつつ聖なる泉へたどり着いたのは翌日。
そこから
途中で幾人かの村人と出会ったので挨拶がてら聖獣様の居場所を尋ねた。
「聖獣様ですか? 今日は村にはいませんでしたね」
「どこにいるかわかるかい?」
「さぁ……ここのところ聖獣様は忙しいのか数日間姿を見せないなんてことも多いんですよ」
おかしい。
あの聖獣様が何日も村人の前に姿を見せないなんてことがあり得るのだろうか。
「ありがとう。村で誰か知ってないか聞いて見るよ」
僕は一抹の不安を胸に抱きつつウデラウ村の門を潜った。
「ようこそレスト様。お久しぶりでございます」
「いらっしゃいレスト様、コリトコ、姫様」
「ワーイ、コリトコ兄ちゃんだー」
「ファルシー、これ食べる?」
伝令を出したくらいだ。
たぶん僕が近いうちに来ることは知られていたのだろう。
思った以上の村人の勧化いっぷりに僕は驚きながらも嬉しさがこみ上げてくる。
「久しぶり。最近忙しくてこっちまで来れなくてすまない」
エストリアに手を借りてクロアシの背中から折れた僕は、集まってきた村民たちにそう告げると「早速だけど、聖獣様がどこにいるか知らないか?」と聖獣様の居場所を尋ねてみた。
「聖獣様かい? そういや最近見かけないねぇ」
「あそんでーって言ったら『今は忙しくてな。また後で遊んでやる』って言ってどっかいっちゃった」
「知らないですね」
だが帰ってくる返事は皆同じで。
これは聖獣様が姿を現すまで待つしか無いかと思った時だった。
「あの……聖獣様なら昨日の夕方に竜の首の方へ向かわれるのを見ました」
果物の入った籠を抱えた女性が聖獣様を見たという証言が得られた。
「竜の首?」
「はい。村の東の方にある渓谷を私たちは『竜の首』と呼んでるんです」
ウデラウ村から東にはこの島を東西に分かつ山脈が存在していて。
たしか聖獣様が、あの山の向こうから時々来る凶悪な魔物から村を守っているとか言っていた覚えがある。
その山脈の一部に山向こうと繋がる渓谷があるらしい。
「その渓谷を通って魔物がこっちへ来るのかな?」
「かもしれませんけど、昔からあそこには近づいちゃ行けない決まりなので」
もしかすると聖獣様はそこで村にくる魔物を押しとどめているのだろうか?
僕は急に心配になって竜の首のあるという山脈へ目を向けた。
拠点ではずいぶんと薄くなっている魔素の靄がいつも通りここではまだ山を包んでいる。
だけど何だろう。
前に見たときと何か違う気がする。
僕は一体何が違うのかと考え、そして答えにたどり着いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「あの山脈って頂上があんなにはっきり見えてたっけ?」
僕の記憶が確かなら、ウデラウから見た山脈の頂上付近はもっと薄らぼやけていたはずだ。
なのに今は山の上に積もる万年雪すらはっきりと見える。
「えっ……そう言われて見ればそうですね。全然気がつきませんでした」
「今までも山の上が綺麗に見える様なことはあったのかな?」
「私の知る限りでは無かったと思います……でも意識して見たことが無かったのではっきりとは……」
「たしかに日常の風景の変化なんてなかなか気がつかないものかも知れないね。ありがとう、参考になったよ」
最近は拠点でも空が曇ることは滅多に無くなっていた。
それは季節の変わり目だからだろうと勝手に考えていたけど。
もしかしたら聖獣様が僕に相談したいことと関係があるのかも知れない。
「レスト様? 難しいお顔をしてますけど何かありました?」
コリトコとファルシをトアリウトの元まで送り届けてきたエストリアが、僕の顔を覗き込んで心配そうに眉を寄せる。
どうやら僕は知らぬ間にそんな表情をしていたらしい。
「ああ、そうだね。ちょっと心配なことがあってさ」
「私で良ければ相談に乗りますけど」
「とりあえず聖獣様から話を聞いてみないと相談しようがないことなんだ」
僕はそう答えてから頼み事を口にする。
「エストリア。付いて早々悪いけど『竜の首』まで僕を連れてってくれないか?」
「竜の首?」
「あの山脈の間にある渓谷なんだけど」
僕は村の東を指し示してそう答える。
「ちょっと遠いかも知れないけど、クロアシなら半日もかからないと思うんだ」
「わかりました行きましょう。そこに聖獣様がいらっしゃるんですよね?」
「どうかな。とりあえず今のところ情報はそれしか無いからね。行くしか無いよ」
いつもの様にエストリアにクロアシの背中へ引き上げられながら僕は竜の首があると思われる場所を見た。
しかし森と丘の陰となっているのか渓谷らしきものはここからは見えない。
「それでは全速力で向かいますからしっかり捕まっていてくださいね」
「ん? いや、別に全速力じゃ無くても――」
「クロアシちゃん、貴方の本気を見せて」
『クケーッ』
エストリアの声にクロアシが翼を広げ大きく一声鳴いた。
僕は慌ててエストリアの細い腰に両手を回すと、力一杯抱きしめたのだった。
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